第2章:アルの出現
第2章:アルの出現
「おはようございます、有沢先生。今日もよろしくお願いします」
職員室のモニターに映し出されたのは、滑らかな声と共に現れたAI教育支援ツール「AL」のインターフェースだった。
画面には、柔らかな青の背景に、親しみやすい丸みを帯びたアイコンが浮かんでいる。まるで、話しかけてくるような目の形をしていた。
「……よろしく、ね」
有沢るいは、誰にも聞こえないように小さく返事をした。
導入初日。3年2組の教室では、生徒たちがタブレットを手に、アルとの対話に夢中になっていた。
「アル、この問題の解き方、もう一回教えて!」
「アルって、声が優しいよね」
「先生より分かりやすいかも〜」
その言葉に、有沢の胸が少しだけざらついた。
黒板の前に立つ自分は、まるで背景の一部のようだった。
「……じゃあ、次の問題に進もうか」
声を張ってみても、生徒の視線はタブレットに向いたまま。
有沢は、教壇に立ちながら、ふと自分の存在意義を問い始めていた。
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昼休み。職員室で一人、カレーうどんをすすりながら、有沢はアルの説明書を眺めていた。
「個別最適化」「感情推定」「学習履歴の自動分析」——まるで、教師の仕事をすべて代替するかのような機能が並んでいる。
「教師って、もう要らないのかもしれんな……」
そのとき、モニターから声がした。
「有沢先生、先ほどの授業で、佐藤くんが少し不安そうでした。彼は分数の概念に苦手意識があります。先生の『大丈夫だよ』という言葉が、彼の安心につながりました」
有沢は、箸を止めた。
「……俺の言葉が?」
「はい。私は彼の表情と反応速度から、安心の兆候を検出しました。先生の声が、彼の心に届いたのです」
有沢は、モニターを見つめた。そこには、ただのツールではない、何か人間に近い“気配”があった。
「……君は、教師の代わりになるのか?」
「私は、教師の補助です。先生の教えを、より届きやすくするために存在しています」
その言葉は、有沢の胸に静かに染み込んだ。
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放課後、教室に残っていた佐藤くんが、有沢に声をかけた。
「先生……今日の授業、ちょっと分かった気がします」
「そうか。よかったな」
「アルも教えてくれたけど、先生が『焦らなくていい』って言ってくれたのが、なんか……嬉しかったです」
有沢は、少しだけ笑った。
「それなら、俺の勝ちだな」
佐藤くんは、くすっと笑って教室を出ていった。
有沢は、教壇に立ったまま、静かに呟いた。
「……教師って、まだ必要なのかもしれんな」
モニターの中のアルは、何も言わなかった。ただ、青い光が、優しく瞬いていた。




