13 果たせない約束をしよう
暗くなった公園には俺たち以外に誰も人はいない。
幸は鞄を俺に押し付けてブランコを漕ぎ出した。
なんだよーブランコで遊びたかっただけかよー俺らもう高2だぜー。
そう茶化してやろうと思ったのに、幸の雰囲気はそんな言葉を許してくれなかった。
13 果たせない約束をしよう
鞄をブランコの隅に置いて、幸の隣のブランコに俺も腰掛けた。
幸は黙々とブランコを漕いでいて、中々話を切り出そうとしない。
でも俺は幸が言い出すまで何も聞かなかった。時間がないとか、早く帰らないといけないとか、そんな事を言い出せる空気じゃなかった。
幸は俺に何かを伝えようとしてる。しかも重大な何かを。
それはきっと俺にとっていい報告じゃないんだろう。だから幸はこんなに言うのを戸惑ってるんだ。
この状態が15分くらい続いたかな。
幸はブランコを漕ぐのを止めて、今度は俯いてしまった。
勢いのなくなったブランコは振り子の運動も小さくなり、自然に動きが鈍くなっていく。
ついにブランコがほとんど動かなくなり、幸と俺の視線の高さがつりあった。
じっと見つめる俺に幸はゆっくりと顔を上げる。その表情は困ったような、でも安心したような……一言で言えば複雑そうな表情だった。
その表情を見て、ますます自分から言い出す勇気がなくなってくる。
“どうかしたのか?何があったのか?”
彼氏として彼女の異変に気づいてるのに、声をかける勇気が出ない俺は何て小心者だろう。
心の中で自嘲気味に呟けば、胸のつっかえは痛みを増した気がした。
そんな顔をさせたいわけじゃないんだけどな……いつだって幸の一番叶えたい物を叶える事が出来ない。
それは俺の自信を失わせていくには大きすぎる事柄だ。
「あのさ春哉」
「ん?」
ゆっくり言葉を搾り出した幸。
絶対に聞き逃してはいけない。直感的にそう思った俺は、体ごと幸の方向に少し傾け、話を聞く体勢に入る。
幸は俺の態度を見て、また困ったように笑った。
「聞き流してくれてもいいんだけどさ。あんま真面目な顔されると困る」
「じゃあ幸が上手いこと冗談めかして言うことだな」
「あたしが口下手なの知ってるくせに性格悪いね」
軽い冗談を言い合えば、少し気分が楽になったようだ。幸は少しだけ笑って俺を見てくれた。
ラーメン屋までは普通だったのに、幸は一体どうしたんだろう。
でもその答えはこれから幸が俺に告げるんだ。俺が早まってあれこれ言うことはない。
お袋のお陰と言えば響きが悪いが、精神疾患の人間との付き合い方は、そこらへんの高校生よりも上手いって自覚してる。
まずは話し始めるのを根気良く待つんだ。話を遮っちゃいけない。全部お袋が通ってる精神内科の先生の受け売りだけどね。
でも俺の思いが通じたのか、幸は再び重い口をあけた。
「あたしが二重人格って前にも言ったよね。本当の人格のほうの幸はずっと眠ってるって」
「うん、聞いた」
「最近ね、記憶が飛ぶんだ。ほんの一瞬なんだよ。1分~2分くらい、もっと短いかもしれない。1日に何回もあれば3日に1回しか来ない日もある」
「うん」
「なんだか良く分からなくて先生に相談したんだよね。あ、先生ってあんたのおばさんも通ってる精神内科のね」
「後藤先生だな」
「そう。でね、言われたんだぁ」
“何を?”
そう言うのは躊躇われた。
幸もそのまま言葉を閉ざしてしまった。何となく、何となくなら想像できるんだ。
それは本当なら最も嬉しいことであって、悲しいことではないはずなんだ。泣いて喜べることのはずなんだ。
でもきっと俺と幸にとっては不幸以外の何物でもない。
なんで今の時期に?なんでやっと恋人らしくなれていってるのに?なんで今更?
そんな最低なことを考えてるのはきっと俺だけじゃないはずだ。俺以上に幸の方がきっと戸惑ってる。
自分の出した結論を導くのが恐い。
まだ俺の結論が当たってるわけじゃない。早く幸の口から真実が知りたい。
間違ってるのは俺の方なんだよな。俺が早とちりしてるだけなんだよな。このまま俺たちは普通の恋人できるんだよな。
お願いだ幸。そう答えてくれ。
でもその願いは簡単に崩されていった。
「先生がさ……言ったんだ。きっともう1人のあたし……本物の“倉田幸”が目を覚まそうとしてるんだって」
「な、なんで……でもまだ仮定だよな!?決まった訳じゃ……っ!」
「そうだね仮定だね。でもきっと本当のことだよ。経験あるんだよね、記憶抜け落ちるのって。まだ幸が眠ってない時、無意識にあたし達の人格が入り混じってた時、気づいたら朝になってたとか夜になってたとか良くあったから」
「そんな……」
本人目の前に項垂れてしまった俺は最低だ。
悲しいのは幸のほうだ、なのに俺がこんな態度を取ってしまったら幸は気まずいはずなのに。
自分のことしか考えられなかった。あからさまな落胆はきっと幸を傷つける。
幸はもっと恐いだろう。自分の人格がどんどん無くなっていく感覚に晒されていくのは。
簡単に言ってのけたけど、記憶が抜けるってきっとすごく恐いことだと思う。でもそれを敢えて軽く言うのは俺に心配をかせさせない為だ。きっとそうだ。
幸はそういう所で優しいから。
普段は気なんか遣わないくせに、そう言う時だけ壊れ物を扱うかのような気遣いを見せる。
とりあえず何とか会話を繋げなければと思い、震える声で会話を繋げた。
「そ、それってさ……幸のおばさん知ってんの?」
「知らない。まだ仮定だから期待させるのも可哀想じゃない。だから先生と確信が持てるまでは秘密ってことにしてるの」
「いいのかよ……」
「いいよ別に。どうせ今言ったら母さんは病院に通えしか言ってこないしね。だぁれもあたしの事を必要としなくなる」
「幸……」
「あたしの存在なんか早く無くなれって言うんだよ。遠まわしに病院に行けなんて言ってさ、参っちゃうよね」
笑う幸が痛々しい。つか笑えてねぇよ。目が潤んできてるし。
顔上げて涙引っ込めようとするなよ。鼻まですすりだして分かりやすいっつーの。
そんな幸の姿を見てたらなぜか俺までもらい泣き。
ボロボロ泣き出した俺を見て、幸はかなり衝撃を受けたようだ。
「は、春哉!?」
「泣けよ馬鹿!泣いちまえよ!辛いことがあったら泣くのがいいんだ!そうやって我慢して溜め込むから精神やられちまうんだよ!」
「っ!」
幸の顔がみるみる歪んでいき、クシャッとつぶれた。
そしてブランコから飛び降りて俺にしがみついてわんわん泣き出した。
「消えたくないよ!消えたくないよぉ!まだ倉田幸として生きたい!春と一緒に居たいよぉ!!」
「俺だって幸と一緒に居たいんだよ!倉田幸じゃなくてお前と一緒に居たいんだよぉ!」
人目を気にせずにわんわん泣いた。
事情を知らない他人からしたら高校生の男女がブランコに座って泣いている姿は異常に映るだろう。
でもそんな事を気にしてる余裕は俺たちにはない。
どうやったら幸を助けられる?どうやったら幸とずっと一緒にいられる?
永遠なんて信じてなかった。
今まで出来た彼女だって好きだとは思ってたけど結婚なんてあり得ないと思ってたし、ずっと一緒にいろと言われたら考えられなかった。
でも幸は違う。ずっと一緒にいたいんだ。じいさんばあさんになっても一緒に居たいんだ。
若いから無茶をするって言われてもいい、世間がまだ狭いって言うのも認める。でもこれは俺の本心なんだ。それだけは否定させない。
それほどまでに思える存在である幸を救えない自分が歯がゆくて憎たらしい。
もっと頭がよければ何とかなったのか?もっと彼女に対する扱いが上手かったら満足させられたのか?
そんなの全く分からない。
ただできるのはこうして抱きしめて一緒に泣くだけ。ごめんな幸、情けない彼氏で本当にごめん。
そのまま暫く泣き続けてたら、いつの間にか涙も引っ込んだ。
幸は泣き腫らした目で俺を見つめた。
幸の涙を服の袖で拭きながら、俺は幸が再び言葉を出すのをひたすら待つ。今度こそは幸の望みを全て叶えてやろう。そう思った。
でも幸は何も話さなかった。そのまま俺にしがみついて肩に顔を埋めた。
どうやら何かを話す気はないようだ。じゃあ今まで待ってた分、俺がお前に話しかければいいな。
「幸、約束しようぜ」
「……何を?」
「ずっと一緒にいるんだ。別れるとかマジあり得ないから。これから何十年もずっと」
「難しい事言うね。先の事なんてわかんない。春哉が浮気するかもよ」
「しねぇよ。俺がしないからお前もするな。ずっと俺だけ見てろ」
重い。口ではそう言いながらも幸はクスクス笑った。
少しだけ和んだ空気の中、幸は再び笑うのを止めてポツリと呟いた。
「知ってる春哉、約束って言うのはその人の一部を縛るのと同じなんだよ。テレビで見た事ある」
「ふぅん……」
「だから重たい約束は身体が塞がれたように苦しくなる。そしてそれが忘れられない」
だったらその約束は最高じゃないか。
つまり重たい約束、果たせるかも分からない約束を交わしたなら、それを忘れることが無いって事だな。心のどこかにいつもあり続けるって事だよな。
それなら俺はうざったく感じられても、その重い約束を持ちかけるよ。
絶対にお互いがお互いを忘れませんようにって。
果たせない約束だったら幸はきっと忘れない。重く感じて鬱陶しくなるかもしれないけど決して忘れない。
そうしたら俺は幸をずっと手に入れる事が出来るんだ。
「面白いなそれ。じゃあさっき言った俺の約束は絶対実行な」
「だから重いって」
「それくらいがいいんだって。愛の試練だよ」
「あはは!馬鹿みたい。ばーか、春哉のばーか……」
さぁ、果たせない約束をしよう。
それで君の心に永遠に俺が居座り続ける事が出来るなら




