アマネ班 ①
茜色の空が黒へ近付き街に街灯の灯りが照らされていく。
人々の営みが昼夜で変わる間際の時刻に内覧と撮影用の一室内で焦りを隠さない勢いでキーボードを叩きながら会話をしているアマネがいた。
時折スマホから聞こえる声に返事をし、内容を調べながらキーボードを打ちマウスを走らせていく姿に余裕は一切なく、その表情はどこか泣きそうでもあった。
終わらない・・・仕事がまったく終わらない・・・。
泣き言を浮かべるアマネには痛い程に理由はわかっていた。
元々掛け子、出し子の管理しかしていない自分に特殊詐欺上がりだからと任された仕事に慣れていないからだ。
本来なら小言と共に作業状況を伝え、指導者となる人を付けて貰い、分担等の業務改善をすべきだが上司であるアンリが怖いから全て自分で抱え込んできた結果パンク寸前に陥っていた。
苛つきから髪を強く掻きむしり、あ〜、と声を虚空に流しながら天井を見上げ乾いた笑いを作る。
買い取ったインフルエンサーアカウントにより成功者を装いSNSで企業応援代行を始めて1週間。
反響は多く応募者事の面接や各財務状況、企業案や開業までの流れや国や県、市町村の補助金の精査と提出書類制作と激務に忙殺されていた。
そしてこれらの仕事は面接や問い合わせが来る度に増え、その中から実りとなる者はより親密に誘導していかなくてはならない。
過労死より先に病んで自殺しそう・・・。
見上げていた天井に弱音を思う時、部屋に響いたドアフォンのチャイム、に顔を戻し、玄関の映像を監視カメラとドアフォンのカメラ映像をPC画面で確認する。
「サラさん?」
ガチャガチャとドアノブに触れる音の後に再度鳴ったチャイムに慌ててマイクに返事をしたアマネはドアへ走る。
ヤバいヤバいヤバい。急がないとドアが破壊されちゃう!
壁にぶつかりながら廊下を駆け扉に辿り着いたアマネは鍵とチェーンロックも外しドアを開けた。
「お、お疲れ様ですっ!!」
「おぉ、なんだなんだいるじゃないか。そんな息切らして大丈夫か?」
「だ、大丈夫です!こっちに顔を出すなんてどうされたんですか!?」
サラを迎えようと壁際に避けたアマネはその後ろで会釈をしている石田に気付いた。
「お疲れ様です二代目。
連絡したのですが返事を頂けなかったので万一を考えサラさんに来てもらいました。」
「ま、万一って・・・逃亡・・・とか?」
「いえ、無頼連合からの報復の方ですね。暫くはヤンチャなガキ共の小競合いが続きますので。」
「あぁ・・・すいません。ちょっと立て込んでて自分のスマホ見れてなかったです。」
ポケットを擦るも出てくるのは仕事用として渡された飛ばしのスマホだけで部屋へと振り返りながら首を傾げる。
「昼食まではあったから・・・充電中か。」
「紛失もなく安心しました。上がっても大丈夫ですか?」
「あ、はい。もちろんどうぞ。」
玄関を閉じチェーンロック共々鍵を閉めた石田を部屋へ招いたアマネは普段より僅かにピリついた雰囲気を感じ取り改めて首を傾げた。
「なにかありました?」
「え?あぁ、すいません。少し神崎から叱責を受けまして・・・不甲斐ない気持ちが表に出ていましたか。」
「叱責ですか?石田さんが?」
「山崎がアホの折檻にラズを使ってサボってたんだとよ。その程度で怒るなって私からも言っとくから気にすんな。」
ケラケラ笑いながら応対用のソファに寝転んだサラは収まりの良い姿勢を探し身体をもぞもぞと動かし続ける。
「最近のアンリはちょっと荒れてるからな。羽伸ばしに出かけさせたから戻って来る頃には穏やかになるさ。」
「そうであれば良いのですが・・・それでもこれ以上の管理不足は許されませんので。」
PC画面を確認しアマネの仕事が当初の予定より遅れ気味である事を把握した石田は頷く。
「タスクを振り分けましょう。そもそも二代目がカモの面接に出ている時点でおかしいのです。」
「で、でも私のアカウントで集客してるから・・・。」
「顔出ししてないならこの際代役をたてましょう。そもそも貴女は反社組織の幹部ですからカモと会わないで下さい。」
うっ、と言葉に詰まったアマネは小さく、すいません。と頭を下げる。
「今回は神崎自体が特殊詐欺系の仕事の経験不足からのタスク調整ミスですから構いません。
ですが貴女はもっと堂々と部下に仕事を任せて良い立場です。」
「そうだぞ〜。その部下がヘマした時に責任を取るのが幹部の仕事だからな。普段は働かないで私と飲みに行こうぜ。」
「奢ってくれるなら行きます、毎日でも行きます。」
ふい、と逸らされた目線に抗議の声を飛ばす2人のやりとりに溜息を付いた石田は、自由に動かせる部下から適任となる者を脳裏に浮かべる。
カモの面接は華のある若い女・・・マナの風俗店から学歴だけの世間知らずを1人移籍し教育しましょう。
経理類とスケジュール管理、役所回りや補助金関係の書類制作はそれ系のアプリとAIに強い部下に任せてしまえば良い。
「後は・・・」と零れた言葉に2人の視線が向けられている事に気付き会釈をする。
「二代目直属の部下は山崎ですのでその下にいくつか部門と部下を用意させます。」
「ザキさんに許可取らずに良いですかね?」
「どうですかサラさん?」
「別にいいだろ。結果が伴うなら過程は気にしない。が私達の方針だ。
アンリだってそうしてきたし、これからもそうする。」
許可が取れた事に会釈した石田はスマホを用い幾人かに連絡をしながら言葉を作る。
「今夜、面接代わりに山崎配下のガキ共と飲みに行きます。そこで目星を付けた者を部門に割り振りますのでそれをお待ち下さい。」
「あ、ありがとうございます・・・。」
「いえいえ、ではこれでサラさんとお二人で親睦を深めて下さい。」
5万程の札を机に置いた石田は玄関へ踵を返し去っていく。
そのあまりにも手際の良い動きと対応に呆然と見送りをしたアマネは、玄関が閉まる音の数秒後に数日張り詰めていた焦りを薄れさせその場に座り込んでしまった。
「大丈夫か?疲れてるなら出前頼むか?ほら、あのUberとかなんとか。」
「あれ配達員によっては中身グシャるんで嫌いなんですよ。」
「そっか、なら外に食い行こうぜ。この辺で酒類豊富な店はどこだ?」
「幾つかありますけど・・・そういえば羽伸ばしって言ってましたけどザキさんはどちらに?」
「ラズと一緒に東京方面にな。観光がてら道中にある闇カジノを荒らしてくる予定だから2、3日はいない。」
うわ、と嫌そうに顔を顰めたアマネは外出の準備にタクシーを呼びつつ言う。
「その口ぶりだとサラさんも昔やったんです?」
「こっちに来る前に少しな。アンリは賭事に強いから手軽な資本金獲得場所だ。」
「あぁ~ザキさん勘が鋭過ぎますからね。」
羽織るものとポシェットを手にしたアマネはラフな格好のサラを見る。
「もう少し露出抑えません?酒の席でその姿は・・・ナンパされますよ?」
「寄って来る奴を酔わせて遊ぶのが好きなんだよ。
アンリもラズも嗜む程度にしか付き合ってくれないからオモチャは外で調達しなきゃな。」
ゲラゲラと笑うサラは立ち上がり伸びをする。
「タクシー待つ間コンビニでアイス食おうぜ。まだ季節限定品確認してないんだ。」
「サラさんって人生楽しんでますね。」
「何時でも死ねるよう好きに生きる。これが私の座右の銘だからな。」
粗野な雰囲気に似つかわしくない満面の笑みに苦笑したアマネは促されるまま玄関へ向かう事にした。




