賭場荒らし ①
遠く光に彩られた横浜ベイブリッジを眺める港にて大きく伸びをしているアンリは乗っていた車のシフトノブをDに入れクリープ現象により海へと進ませていた。
数秒程しタイヤの空転音と車体下を縁で削る異音の後に大きな落水音が届き笑い声を作る。
「っし。証拠隠滅も済んだしそろそろお迎えも来る頃だと思うんだけど・・・。」
「良いんです?盗難車とはいえまた帰りに乗ればよろしいのに。」
「コンビニの駐車場でエンジンかけっぱなしをパチったから鍵がないんだよ。CANインベンターは持ってきてないし直結は面倒だもん。」
「では・・・帰りは公共交通機関ですか?私、あまり密集されると殺したくなるんですが・・・。」
物騒だね。と苦笑したアンリは首を横に振る。
「帰りはまたコンビニ巡りしてエンジンかけっぱなしの車を盗むから大丈夫だよ。
いつの時代も自分は被害に合わないと勘違いしている馬鹿はいるんだ。本当助かるね。」
「ふふ、アンリさんはこっちでも悪い人ですね〜。素敵ですよ。」
「いやいや俺は人よりほんの少しだけ物事に寛容で寛大なだけさ。それが悪か善かは主観による思い込みだよ。」
港出口への堤防へ促したアンリはスマホに表示されている時刻を確認しながら歩みを進める。
「この国ではカジノは違法でね。
経営者は、繁華街の店舗とかマンションとかに偽装して半年位で移転しながら営業しているんだ。」
「どこの世界も違法営業者はフットワークが軽いものです。」
「行動力と情報がなければやっていけない業界だもん。
で、資金が豊富なとこは紹介者無しは門前払いだし、証明がしっかりしている者じゃないと入れないの。」
差し出されたパスポートと労働ビザを受け取ったラズは記載されている出身国や生年月日を見る。
「偽造品ですね・・・出来は良いんです?」
「安物だから普通って感じ。出入国審査はアウトだけどICチップとかは一通り模倣してるから専門職でもなければ見破れないよ。」
「そうですか・・・まぁ見破られたら皆殺しにすれば問題ありません。」
「殺る前に確認はしてよ。場を離れる時間位は必要だから」
「わかっています。闘争も逃走も私だけならどうとでもなりますが、アンリさんの身体能力はその・・・。」
「ラズ達が異常で俺が普通なの。
思想も行動も能力も全てが標準の一般人です。」
普通とは?と思いつつも出入り口前に停めてある車から男が出てきた事で思考を止めたラズは一歩前に出る。
「待って大丈夫、友人だよ。」
「オー神崎さん。コンバンワ。おひさしブリデス。」
「今晩はMr.ジョー。
先日は石田さん達の挨拶回りを受けてくれてありがとう。何か問題があれば何時でも言ってほしい。」
「ノーノー神崎さん。手土産付きいつもアリガト、今日は・・・。」
会釈をしているラズに目を止めたジョーは全身が粟立つ感覚を覚え咄嗟に距離を取った。
「神崎さん?」
「こちらはラズだ。サラの友人で護衛として連れてきた。」
「今晩はジョーさん。カジノへの紹介者役ありがとうございます。」
「オ、オー。OK、OKよMs.ラズ。言葉、日本語?英語もいけるカ?」
「母国語と言える程ではありませんがどちらも大丈夫ですよ。」
握手と共に幾つかの言語でやり取りを行う2人を見守るアンリはある程度の挨拶をおえた頃を見計らい手を叩く。
「じゃあ行こうか。神奈川と東京近郊の二泊三日間よろしく頼むよ。」
繁華街内にある少し築年数を感じさせるビルの地下に元BAR店舗を改築したカジノがある。
テナント入口には複数の監視カメラが備えられ、顧客はアプリを用いた認証と受付により入店するシステムだ。
新規の紹介時にアプリとスマホ番号の登録、パスポートや免許証、マイナンバーカード等による連携をし、紹介者には僅かとはいえ報酬も出している為、平日でも賑わいがあった。
カジノ内に入ってすぐのバーカウンターでは軽い喫食や喫煙も可能となっており、遊戯区画はテキサスポーカーやBJ、バカラを主にしたテーブルが数台とスロット台やルーレット台も導入した比較的バリエーションが豊富な店だった。
普段であれば思い思いの遊戯を楽しむ者が散り散りとし、時に熱くなり過ぎた者や歓喜を表情に浮かべた者が情報交換やあやかりをしているのだが今日は違っていた。
室内の客達は皆、とあるポーカーテーブルを遠巻きに囲む見物客となっていだからだ。
先程から大勝ちしている男は、早期で降りない時は必ず勝ち、コールやレイズとなれば他の客が次々に降りてしまう程に場を支配していた。
「・・・。」
「次はまだかなディーラーさん?」
「失礼。お客様の幸運に目が奪われていました。」
「おや、君が女性であるならそれを咎めはしないが・・・男性の視線は求めていないんだ。すまないね。」
インカムを用い指示を受けているディーラーは苦笑と共にカードを切りながらチップの山とアンリを見る。
指示を聞き終わる時間を稼がなくでは・・・。
そもそもコイツはなんなんだ?何をしている?
こちらがイカサマでブタ役を配ろうものならカードを見透かしているかの如く即座に降りやがるせいでチップの回収が出来ない・・・。
「このままじゃクビになる。そんな表情をしているね。」
「っ!?」
「いけないよディーラー君。この場は日常を忘れ興じさせる場だ。
君が仕事中である事は理解しているがこちらにまで社会を意識させないでほしい。」
「重ね重ね失礼しました。」
カードを切り終え配ろうとした瞬間、アンリは席を立つ。
「飲み物もらうから今回は見物かな。俺にカードを配らなくていいよ。」
「は?か、かしこまりました・・・。」
周囲やテーブルに着いている者から一瞬のどよめきが広がり、本来アンリが受け取る筈だった手番になった男が配られたカードをみて静かに伏せた姿から室内の全員が『また』イカサマを避けたのだと理解した。
給仕役のウェイターが運んできた飲み物を受け取るアンリはゆっくりとグラスを傾けながらゲームを眺める。
ん〜飲み物にクスリを混ぜるかと思ったけど・・・まだ余裕なのかな?
でも神奈川のカジノは都内に比べれば少ないからジョーさん行きつけを荒らし過ぎるのも悪いしなぁ。
囲む者達の中に紛れているジョーと目配せをするとスマホを示されていた。
それに従い起動したスマホのTelegramにはそろそろ出る事と予約したホテル名と部屋番号があった。
了承の返事を打ち込んだアンリはゲームが終わる区切りで自席に戻り言う。
「ふむ、ディーラー君。そろそろ帰るんだが換金に『手間がかかる』程ではないよね?」
周囲の者達がいる中、前もって釘を刺された事でインカム越しの指示が許可を出した事でディーラーは頷く。
「・・・勿論ですお客様。すぐに手配致しますのでお待ち下さい。」
「代金は払うから適当なバックにでも詰めてくれ。」
「かしこまりました。」
直ぐに換金スタッフがテーブルに山のように積まれたチップを回収していく。
「さて、ラズは〜いたいた。」
ん~。と伸びをしながら立ち上がったアンリは空にしたグラスをウェイターに返しながらスロットマシンで遊戯している背を見つける。
「おーいラズ〜帰るよ〜。」
「あら、もうそんな時間ですか。ではこちらを換金して頂くのでお待ち下さい。」
「お、ラズも楽しめたようだね。目押しが出来るなら当然か。」
「はい、この程度の回転なら止まっているようなものですから。
とはいえ基盤が当たりを示すまでは必ず柄がズレるんですよ。ムカつきますよね?」
「そういう筐体でゲームだから暴れないでね。」
換金スタッフがラズのチップを回収していく間にバーカウンターに移動した2人は待ち時間に壁に寄りかかり幾つかの言葉を交わしている。
「荒らさなかったのですね。」
遠巻きにこちらを伺うスタッフや客に時折手を振るラズは殺気だった雰囲気が無い事に残念そうに呟く。
「ここはジョーさんの遊び場だからね。それに遊戯施設も豊富だから潰すのはもったいない。」
「豊富ですか?この程度で?」
「闇カジノで調整が必要なスロット台やルーレット台がある所は珍しいよ。
ほら、移転が多い業態だから運搬が楽なカード系がメインの方が管理が楽でしょ。」
「あぁなるほど。アンリさんも戻られたら賭博場でも経営されたら如何です?」
「嫌だよカイネとか連日来そうだし。」
同意を示し笑うラズと談笑をしていると換金をおえたのか2つの鞄を抱えたスタッフが来る。
目の前で止まり一礼をしたスタッフが差し出す鞄を受け取るアンリは会釈を返す。
「ありがとう。ラズ、行こうか。」
「金額の確認はされないのですか?」
「そこは君達を信用しているとも。そもそもチップの数も覚えてないから確かめようが無い。
ただ・・・この中身が偽札だったら君達にとって不幸だが、見世物としては面白い事になる。」
「・・・っ。私共も信用第一ですので。」
「ふふ、であれば疑う事もない。では楽しい時間だった。」
深々と下げられた一礼に見送られた2人はドアガードマンが開けた扉を潜り宿泊するホテルへ向かった。




