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講和締結

薄暗い室内に滴るシャワーの音と共にゴボゴボとヒューヒューと声にならない声を漏らすナニカが痙攣と頭を振り続けていた。

そのナニカはバスルーム内の浴槽には全身をウェットスーツで身を包み、両手足を畳み拘束され、顔を布で覆われた男だった。

その男の首にはペット用の首輪がつけられ、バスルーム縁の手摺りに仰向け状態で大きく動けない用固定されている。


「ん〜?まだ元気そうだね。」


何かを喋ろうとした布に強めたシャワーを浴びせたアンリは藻掻き始めた動きに合わせシャワーヘッドを動かしながら取り出したスマホで写真を撮り斉村に送信すると言う。


「そうそう、貴方の運命が決まるだろうシゲさんとの面接日の連絡がきたよ。

色々考える事も多そうだからその日までここでゆっくり寛いでくれて構わないとも。」


布の中から返ってくる溺れかけた声はバスルーム特有の反響により暴れ縋る声を増幅させている。


その声より音と認識出来る抵抗を無視し、そろそろ先程連絡が来た客を出迎えなくてはと水量を調節しつつシャワーヘッドの向きを男の頭に固定した時、後ろからサラの声が来た。


「お〜い。アマネと土屋が来たぞ。」

「おや早い到着だね。上がってもらって構わないよ。」

「いや、アマネが勝手に上げてここにいる。」


サラが横に退き空いたスペースから顔を覗かせたアマネは、うわ、と声を漏らし一歩後退りする。


「なにやってるんです?ザキさん。」

「なにって亮君が逃げようと暴れたから教育代わりの水責めだよ。こうやってバスルームでやると固定もしやすくて掃除も排水も楽でしょ。」

「・・・ほう、面白い工夫だ。俺の所でもやるかな。」


アマネの横をすり抜け浴槽を覗きこんだ土屋はゴボゴボと頭を振る度に散る水飛沫が届かない距離で言葉を続ける。


「ウェットスーツは低体温症対策か?」

「それと糞尿対策だよ。長時間やると頭バクって漏らすから下に介護用オムツも履かせておくと色々手間がかからないの。

土屋さんの所でやるならドラム缶で良いんじゃない?片付け面倒でしょ。」

「浴室付きの部屋なんざ余らせてるさ。何せ廃ホテルだからな。」


そうだったね。と苦笑したアンリはタオルで手を拭きながら続く土屋の声を聞く。


「どのくらい続けるんだ?」

「普通は2日以上で止めるよ。長くても4日超すと死ぬから注意ね。

こうやって身動き出来ない状態にして空腹と不眠を強いるからその辺りでPTSDになれば終わりでいいと思う。

ほら、表面上は怪我させないから警察に相手され辛いし、事情聴取中フラッシュバックしてパニック障害を発症するから捜査も進み辛いと殺しが無しの追い込みにはオススメさ。

あぁ、尋問訓練を積んだ軍人さんだと余裕で耐えるらしいから期間は目安程度に考えてね。」

「オーケー勉強になった。ついでにお前がクソだって事もよくわかった。」

「それはなにより、そしてこんばんは土屋さん。

ここは彼の懺悔室、ゆっくりと告解の時を満喫させてあげたいんだが良いかな?」


あぁ、と返事をした土屋は扉に向かい、既にテーブルに合流しサラとカイネに給仕をしながら飲食を始めているアマネを見る。


グロ系じゃねぇとわかったらもう食ってやがる。自由過ぎるだろあの女・・・。


「神崎。」

「んー?あぁグラスと取皿ならワゴンの上にあるよ。」

「そうじゃねぇ。そうじゃねぇんだ馬鹿野郎。先に『無し』を確約させとこうじゃねぇか。」

「お、あぁうん、そうだね。契約書を用意してあるからちょっと待ってね。」


PCを立ち上げる時間に扉向こうから聞こえるゴボゴボと混じる嗚咽を消すように扉を閉めたアンリは、プリンタから2枚の紙を出力させて土屋へ渡す。

そこにはアマネの縄張りとなった市名と共同事業内容、分配比率、連絡手段が記され、最後にこの辺りでは聞かない本職の組の名があった。


「何処の組だ?」

「宮城県だよ。小さな組でほぼ名ばかりに近いんだけど親分さんに世話になった時の伝手があるから後継人のお願いを通しといたんだ。

ほら、流石にどっかの下です。って体がないと向こうさんに恥をかかせるからね。」

「にしてもずいぶん遠方だなおい。頭ごなしに話通したんならこの辺りの本職は面白くないだろうよ。」

「一応、斉村さんを通じて瓦解した特殊詐欺グループのケツモチさんには話を付けてあるよ。

後日ご挨拶に伺う段取りも通してある。そのあたりはサービスで俺が片付けるから安心してほしい。」


契約書にサインをしたアンリに習い自分の名を記し紙を交換する。

同様にサインを終え封筒に丁寧にしまうアンリと適当に折って内ポケットにしまう土屋は全ての締結を示し握手を交わす。


「これでチャラだね。アミーゴ。」

「あぁ『無し』はついたなブラザー。こっちは負傷者も死人も車も破壊されて面白くねぇがな。」

「代わりに軌道に乗れば無頼連合は何もしなくて良い金策を得ただろ。

後は闇バイトを浪費する手法は紙では残せない契約になる。警察官が絡むからそこは了承してほしい。」

「あぁ構わん。連絡手段は今の契約書を通じてで良いんだろ?」

「うん。事故や事件に関連する証拠品を身代わり君になる闇バイトに運搬依頼として指紋付けさせたり、保管場所への移送中を監視カメラに映したり、場合によっては所持中に逮捕させる手筈が大まかな捏造方法。

辻褄合わせの為に身代わり君を使うには証拠品と発生時の正確な日時が必要だって事を周知させてね。」

「・・・となりゃ犯罪を擦り付けられる闇バイトはアリバイ無しが確定した奴か、お前の所で仕事させて稼働日時を把握してる奴や自宅待機させてるような。」


アンリの頷きを見て手を離した土屋は背を向ける。


「オーケー、実にオーケーだブラザー。俺の要件は済んだ。メシでも集るかな。」

「だね〜ほら、サラもカイネも席を詰めろよ。俺達が座れないだろう。」

「床で正座でもしてろ馬鹿野郎共。その視点から見上げる私こそ神だ。」

「はっ倒すぞエセシスター。何処の宗派だ?苦情言ってやる。」


あぁ?とドスを効かせた声と共にワイン瓶を掴み立ち上がるカイネと、上着を脱ぎ利き腕に括る土屋の間に入ったアンリは両手を広げパタパタとアピールする。


「待て待て駄目だぞカイネ、彼は御客様だ。土屋さんも挑発しないでくれ。」

「うるせぇどけアンリ!神罰として不信心者の頭を割ってやる。」

「物理的な制裁じゃねぇか。聖職者ってより輩だな。」

「輩はてめぇだろボケっ!!?」


間に入るアンリが必死に仲裁をする横でゆっくりと立ち上がったサラは両手に持っていたナイフとフォークを握り金属が擦れ圧着する悲鳴にも似たけたたましい音を奏でる。


「おい、アンリに怪我させたら殺すぞ。」

「あ〜耳が痛え。なんつー音だよ。」

「うるせぇ音は風呂場のアホだけで十分なんだよ。」


耳を押さえ距離を取る土屋とカイネに安堵したアンリは一息ついてサラから歪に変形伸びた2本の金属を受け取るも圧着した際の熱に驚きその場に落とす。


「熱っつ・・・でも止めてくれてありがとう。」

「なに、馬鹿に言葉を尽くしても無駄だ。時には暴力で解決した方が良い。そうだろ?」

「その暴力で解決しようとした2人が原因なんだけど・・・まぁいいか。サラはいつも素敵だって再認識出来たし。」


後、とテーブルでピザにタバスコをかけているアマネを見る。


「動じなくなってきたね。嬉しい成長だ。」

「・・・怪我したくないんでお任せしました。」

「それで良い。適材適所がわかる人の下で働ける部下達はきっと幸せだろう。」


アマネは、えへへ、と笑い席に戻ってきた2人の位置を詰めながら取皿やグラスを移動させ、サラに代わりのナイフとフォークを渡す。


「さて落ち着いた所でパーティーとしよう。ヴィンテージのワインもウイスキーもある。好きに楽しんでくれ。」

「神崎、俺の一杯目はビールって決めてんだ。あるか?」

「勿論、クーラーボックス内にグラスも冷やしてあるよ。クラフトビールも地ビールもあるから好きにしてくれ。」


テーブル下のクーラーボックスからグラスと缶ビールを取り出した土屋に全員が馴染んでるな。と思うが、先程のやりとりからキレやすい性格なのだとも理解出来たからこそ指摘せず掲げたグラスに合わせ乾杯をする。


この一夜をもって無頼連合との縄張りを巡り起きた抗争は、関係者全員の想定より早く小規模で収まる事となり、水面下での協調関係を結ぶ代わりに私怨を抱えた者達との小競り合いが続いていく厄介な関係が締結した。

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