荒事担当者の戦い
廃ホテル地下駐車場で車内で寝ていた中村は土屋からの連絡を伝えるスマホの着信音と明滅に一度伸びをした。
暦上の秋を疑う熱帯夜にエアコンを操作しながら液晶に視線を落とし頬を掻く。
「ん〜?外ではしゃぐ馬鹿を仕留めろ・・・?」
誰の事だ?と思った瞬間、入口側から一際大きい喧騒と怒号が届きドアを開け車外へ出る。
「おーカチコミかぁ?何処の馬鹿だおい?」
逆立つ短髪にラフな姿の中村はストレッチをしながら頬を緩めつつ近くにいた奴を捕まえ聞く。
「楽しそうじゃねぇか。何処の馬鹿がきてんのよ?」
「中村さん!?何処にいたんすかっ!!」
「うっせぇなぁ寝てたんだよ。で?誰よ?」
「神崎夫妻っすよ!!車で突っ込んできて撥ねられた奴等も何人か・・・。」
「ハッハッハ!!おいおいぶっ飛んでなぁあの2人は。」
咳き込む程笑いながら手を振り車に戻った中村はハンドルを握る。
まじかよ面倒くせぇなぁ。神崎夫妻は2人共にヤベェが怪物サラはまともに相手出来ねぇ。
脳裏に浮かぶのはこの廃ホテル内のワンルーム貸し切りで行われたアングラ興行だ。
街の喧嘩自慢を派手な肩書で紹介し殴り合いさせるだけの見世物とは一線を画した、決して表に出せないアングラ系興行で有名なのは参加者全員が覚醒剤を用いる通称アイスファイト。
メタンフェタミンの薬効効果により痛みを感じ辛くなる為、勝者も敗者も負傷者しかいない過激な戦いが売りの興行だが、それに刺激を受けた総長が『武器有り、薬物有り、ギブアップ無し』の有り有り無しルールを売りとし、部屋中の壁や天井、窓にピンホールカメラを設置し金持ち相手へのネット観覧ビジネスを始めた。
こちらも毎回参加者に障害が残る負傷や時に死人を出すカルト的人気を誇る過激派興行だがその前回覇者が神崎夫妻だ。
「あん時はどっかの組織との仲裁に参加だったか。一応穏健派のあいつらなら今回もそっち系かねぇ?」
一度深呼吸をし、ピンホールカメラの映像越しで見た暴威そのものと形容すべきパワフルな暴れっぷりのサラを思い返す。
場も悪い、準備も不足、状況は不明、だが覚悟は出来た。なら殺す気でやれば2割程度の勝機はあるかな。
口元に浮かべた笑み指でなぞり短期で終わらせる手順を頭に浮かべた中村は意を決しアクセルを踏み抜いた。
喧騒と熱気が夜空に染み込む外へ出た土屋とアンリは地下駐車場へ続く通路から届くエンジン音と付近の者が避難を示す言葉を聞いていた。
「中村か?」
「かもね。こんな人混みで運転なんておっかないねぇ。」
地下駐車場を繋ぐ坂を跳ぶ勢いで疾走するメタリックブルーを見たアンリは排気ガスにハンカチを鼻に当て思う。
おいおいこの雑踏の中で、停車中の車体の狭い通路をこのスピード・・・轢くつもりか?
「クク、誰か知らんがやれる奴だ。」
ポツリと溢した言葉にアンリと土屋が視線をカイネに向けた瞬間、悲鳴と怒号とナニカが撥ねられた鈍い音が耳に届いた。
周囲を囲んでいた者が飛び跳ねるように横に逃げた時、ライトを消した車が突っ込んで来る光景を視界の端に捉えたサラは感嘆と興奮に頬を上気させていた。
ブレーキによる路面や駆動の擦過音が無い事も、運転席でハンドルを握る男の決意の視線も正確に認識し、ようやく現れた敵となる人間だ。と結論をした瞬間、膝に触れた車体から伝わる運動エネルギーを受けた宙を舞う勢いでボンネットを転がり地に叩きつけられた。
撥ねられた事による回転と強い衝撃による脳へのダメージは混乱となり正確に状況を把握出来ないまま身体を動かしていく。
痛っっっつぅぅ~!?久しぶりの痛みだなおいっっ!!
高速駆動する車との接触による強い衝撃を凌駕する生の感覚と感情の昂りから頭や身体の各部から流れる血を無視して立ち上がったサラは抑えていた殺意を周囲に撒き散らし嗤い声を作る。
「ハハッッ!?いいじゃないかお前!!戦いってのはそうじゃなくちゃなぁっ!!?」
道路と敷地の境でターンし再びエンジン音と共に疾走する車が迫る中、サラは重心を落とし浅く手を広げた。
先程まで囲んでいた者が隅に避難し邪魔がいなくなった事で速度をより出しやすくなった中村は1度目の衝突で殺しきれなかった事から2度目はより確実に、とアクセルをベタ踏みし、正面ではなく斜めへ吹き飛ばす角度で奥の車と挟み圧殺しようと決めハンドル操作を始めた。
疾走する車体は5秒とかからずサラと接触する距離、互いの視線が絡み合い共に殺意を膨らませる。
駆る車体を大破させる代償に怪物を轢き殺し、肉片と血を撒き散らす情景を思い、それを現実にする為の一手としてライトをハイビームに変え目眩ましとする。
接触のタイミングを測らせない事で対応策を削ぐ一手はもう一拍の間を置きクラクッションを追加する事で車体を武器とした中村は一連の行動を最良の策とした。
直近で大音量を向ける事で車体の接触より数瞬早い一撃とし、意識外の音による驚愕や緊張が生む反射運動により身体を固まらせ、回避防止と硬直した身体へ接触させる事でダメージを増大させる二重の意味があった。
「死ねぇやぁッ!!クソアマァァァ!!?」
叫びと同時に車体から伝わる衝撃により作動したエアバッグに視界が塞がれるも勝利を確信とする為、ハンドル操作で壁際の車列へと突っ込んだ。
ハイビームとクラクッションにより行動に一拍の遅れを認めたサラは、ダメージ覚悟の対応に思考を切り替えた。
衝撃を受け止める余地を作る為に両手を緩く前に伸ばし広げ、衝突の瞬間に曲がる肘や踏ん張りごと路面を砕き後退させられる事で数瞬にも満たない僅かな時間を溜めとする。
人が小枝を折る際に力を込めるように、
固く締まった瓶の蓋を開ける前に握り直すように、
懸垂時に息を止め全身を張り詰めるように、サラは人外の鬼としての膂力を持ってボンネットを抱え込むかの如く抱き留め変形させていく。
車体が持つ前進エネルギーにより路面を破砕しながら後方へ運ばれる動きを力任せに車体を持ち上げる事でスープレックスのように頭上に持ち上げると負傷箇所から流血が増し笑い声と共に背後の車列に倒れ込んだ。
反転しタイヤを夜空に向けた中村の車と巻き込まれた2台の車が半壊し、チン、キン、カン、と車軸やモーター、車体が奏でる音だけが聞こえていた。
10秒と満たない静寂の時間を打ち破ったのは車体を突っ込んだ姿勢から身体を起こしたサラの動きだった。
破れたジャージを確認し、所々のホツレを結び直しながら頭を振るその姿に、マジか。と声を溢した土屋にアンリは苦笑する。
「中村さんの加速距離がもう30m稼げていたならそちらに軍配が上がっただろうね。」
「そうかよ。あいつ本当に人間か?」
「貴方にとっては怪物かもしれないが俺にとっては掛け替えのない人だよ。」
鼻で笑う土屋が片手を上げかけた時、反転した車のドアが開き半身を血に染めた中村が地に滑り落ちてきた。
グシャ、と音をたて倒れ伏した姿が、数秒の間を置きゆっくりと立ち上がる動きに合わせたサラも身体を起こしていく。
「クソがぁ、700万かけた俺の車を・・・。」
「寝とけ。おもちゃから降りたお前に勝ち目は無い。」
「うるせぇぞボケが!!?」
気力だけで身体を起こした中村は気勢を吐き精神を立て直す。
車に積んでた武器は長柄物ばかり、それも反転した今じゃ取り出せねぇしこの身体じゃそもそも振るえねぇ。
それでも俺は無頼連合の荒事担当だ。
身体が動く状態で負けは認められねぇ。そんなカス同然の負けで引き下がりゃ他組織にも下のモンにもナメらちまうだろうが。
「ハァハァ・・・ふぅ~、っし。」
呼吸を落ち着けた中村は上着を脱ぐ事で重量を軽くし、捕まれる可能性を下げて尚、万一の勝機の無い相手へ矜持を示す一歩を踏み出した。




