神崎の流儀 ③
薄雲に隠れていた月が光を地に降ろしつつある峠の廃ホテルは悲惨な事故現場と化していた。
至る所から聞こえるうめき声と救助や治療を指示する声と絶叫に近い嘆きと怒号が向けられている車内でエアバッグと座席に挟まれたままのアンリは目立った負傷が無い事に安堵し言葉を作る。
「全員無事かな?」
「あぁ、後部座席組は酒を溢した程度で問題ない。」
「帰りはクリーニングだな。寺内君は・・・お寝んねか。夜も遅いから寝かせてあげたいが事故車に置いてけぼりにして車両火災とか怖いよね。」
突っ込んだ周囲の車から様々な防犯ブザーが鳴り響く音に顔をしかめ言葉を続ける。
「さて、そろそろ仕事に入るとして・・・サラは外の子達と適当に遊んであげて。
人質を確保するからカイネは護衛で付いてきて。」
「オーライ。人質の確保はお前がやれよ。」
「アンリアンリ。どの適度まで許容するんだ?」
「敷地内にいる者なら無礼講さ。文字通りの『鬼』ごっこで遊んであげて。」
クハっと笑い声を溢したサラはドアを蹴り破り外に出ると開放されたかのような笑い声を作る。
「ハッハハハ!!いいぞいいぞ今日の私は上機嫌だ!!クハハッ腕に覚えがある奴はかかってこい!!」
「おーおー、その調子で馬鹿共相手に遊んでな。おらアンリさっさと行くぞ。」
「ん、寺内さんを外に捨てたらすぐ行くよ。」
ドアを開け外に出たアンリは、防犯ブザーの騒音や喧騒、怒号を浴びながら苦笑する。
「はいはい。文句がある人も先ずは救助活動からね!この車の鍵はさしっぱなしだから後は頼んだよ。」
朗らかな笑顔で手を振り、風化しつつある建物方向へ身体を向けたアンリは手頃な位置に転がっていた女の髪を掴むとカイネに言う。
「人質はこの娘でいいや。足も折れてるみたいだし逃亡出来ないでしょ。」
「だな。土屋とやらはあの廃墟か?」
「多分ね。いなければ呼び戻して貰えればいいよ。」
いこうか。と女の髪を引っ張り進むアンリは手元から聞こえてくる怒声を無視しながら進む。
髪を引く事で痛覚を与え、反射運動として身体を浮かせた余地を移動に使いズリズリと進ませていたが掻きむしられた自身の手を見て髪を離した。
「痛いんだけど?」
「っせぇ!?私の髪を掴むんじゃねえ!?」
「骨折しててその気迫は大したもんだ。
俺のエスコートが気に入らないなら蹴り転がす事にしようか。」
安全靴である事を示す為に2、3地を蹴り鈍い音を作る。
「今日の用件は土屋さんだけでね。君も他の人もどうなろうとどっちでもいいんだ。
だから選んでいいよ。先程のわかりやすい人質風の扱いがいいか、抵抗できなくなるまで暴力を振るって人質にした方がいいか。」
「ちょっ・・・本気かよ?」
「急いでいるのでね。選べない欲張りさんには両方にした方がいいのかなぁ。」
言葉と同時に折れた足を強く踏み付けたアンリは、歯を食いしばり声にならない悲鳴と身悶えをする女を覗き込む。
「考える時間はまだ必要?」
「か、髪・・・髪でいいです!!」
「いいです。とは強要みたいで気分がよくないね。罪悪感を感じてしまう。」
「うぅ・・・髪を掴んで下さい。」
「うん了解した。前向きな同意が得られたようでなによりだよ。」
改めて髪を掴んだアンリは抵抗無く地に擦りながら付いてくる女とケラケラ笑うカイネを連れ廃墟入口を目指す。
「わがままなレディの頼みに応えていたら時間をロスしちゃったよ。面倒が増える前に早めに行こうか。」
「クク、もう3人来てるぞ。」
「え〜?対応早いなぁ。」
振り返り、車体を動かそうとする者達と怒声と鉄パイプやバット、角材を手にサラを囲む者とこちらを追ってくる数人を見て、はぁ、と面倒気に女を引き寄せ首もとに腕を回し固定すると息を切らせやってきた男達に言う。
「は〜いそこでストップ。それ以上近づくとこの娘の眼球抉っちゃうゾ。」
「神崎てめぇ!!」
「おいアンリ、さっさと行こうぜ。そいつらになにが出来るんだよ。」
「女ぁ!てめぇも生きて帰れると思うじゃねぞ。」
「はいはい。凄まない凄まない。ちゃんとしてる人達は口より先に行動するよ。君達と違ってね。」
後ろに後退しながら女の目に近づけていた手を外し、充分な距離として5m程離れた所でコートのポケットからグロックを取り出し構えと同時に撃つ。
パンッと軽い音と共に男達の横を抜け停めてある車のガラスを破壊した。
「当然おもちゃじゃないよ。片手で撃って手首を痛めるのは嫌だけど当てなきゃわからない程君達はお馬鹿さんか試すかい?」
「ちょっ・・・待て、待てって。」
「おいアンリ。クソエイムのお前が無駄弾使うんじゃねえよ。狙って外せねぇんだろ?」
「うん。当てるつもりで撃って今のさ。
きっと大きな音が怖くて目を瞑ってしまう癖があるんだと思う。」
臆病だからね。と銃口を向けながら後退するアンリはそのまま室内への入口へ近づく。
「追ってくるなら誰でも殺す。
ついでに人質の役割を果たせないこの娘には暴行をしなくちゃならない。役立たずへの教育として後々まで障害が残るような手酷いやつをね。」
「神崎ぃ・・・。」
「今日は急いでるんだ。口だけのお子さまと戯れ合う時間は無い。
ほら、君も人質としての仕事をしなさい。」
ぐい、と髪を掴んだアンリに小さく悲鳴をあげた女は半泣きのまま震える声を紡ぐ。
「だ、大丈夫だから・・・ひっ、外で、来ないで、まだ・・・私・・死にたくない・・・。」
「助けようとした女性からの拒絶とは悲しいものだね。実に胸が痛むよ。
じゃ、そういう事で行動に命と責任を懸けられるようになったら入ってきなよ。」
先に中に入ったカイネが中にいた男達を制する鈍い打音を耳にしながら人質を盾に廃墟への入口を潜った。
武器を手にサラを囲んでいた男達は突如聞こえた銃声に身動きを止め廃墟側へ視線を向ける。
そちらには数人の尻餅をついた仲間と女を盾にした神崎達がいた。
「なにがしてぇんだてめぇ等は!?」
「なにって・・・私は遊びにきただけだぞ。アンリは仕事でカイネは暇だから来ただけだ。」
「ぶっ殺されてぇのか!!」
頭に振るわれた角材を受けるサラは、肩を竦め笑う。
「私の事を知らないのか?言葉通りの行動を取るなら棒キレ程度じゃあ届かないなぁ。」
「っざけんなぁ!!?」
怒声と共に四方から振るわれる武器を意にかえさず始めに角材を振るった男の襟を掴むと獰猛な笑みを口元に形作る。
「生涯最後の瞬間を楽しめ、私は日常を楽しむ。」
一息で振り回すと襟が破れ周囲の者を薙ぎ払いつつ車に叩きつけた。
「破れるような服着てるなよ・・・なんだ伸びてんのか。」
つまらな気にそのままスタスタ歩き泡をふいてる男の頭を踏み砕く。
高所からスイカを落としたような音と共に地に脳漿と鮮血が広がった事で周囲の者は鎮まり、反面高揚し始めたサラは口元から笑い声を溢していく。
「1人殺されたら引けないだろ?さぁ殺ろうか。」
周囲の反応は大きく2つ、悲鳴と共に距離を置き逃げ出す者と報復に燃える文字通りの無頼漢。当然、サラが好意を示すのは後者だった。
「いいじゃないか。男を魅せる時だ。カッコいいぞ。」
「うるせぇクソ女!てめぇは殺す。ボコって嬲ってぶっ殺してやる!!」
「逃げるんじゃねぇぞっ!」
「てめぇも神崎も連れも全員殺す!剥いて詫びさせて頭を割ってやっからな!?」
男達の怒声に一度距離を置いた者達も気力を立て直し自身の車や周囲から武器となるものを手に取り集い始める。
アンリが車で轢いた負傷者の救助や介助をしている者の中からもその怒気に当てられ立ち上がる者が続き、サラを囲む空気は夏の夜を差し引いても熱を帯びていた。




