制裁 ①
日が登り、空を抜ける風と共に暑気を含むある朝。
夏の暑さから少しラフな服装と鍵付きのショルダーバックを肩に掛けたアマネは、1日経過した事で打ち身の痺れや鈍い痛みを押し殺しアンリ達の待つガレージ付きのセーフハウスに辿りつき額の汗を拭った。
到着した事を連絡し、暗証番号を入力しガレージのシャッターを上昇させると直ぐ声が届く。
「仕事中だから開けきるなよ。潜ったら早く降ろせ。」
「あ、サラさん?」
「早く降ろせ。ご近所さんに見せるもんじゃない。」
上りかけたシャッターを潜り直ぐに下降ボタンを押したアマネは椅子に座らせ拘束された男とその口を掴むサラを見る。
椅子の手摺に両腕を拘束された男は爪が剥がされ、手の甲には釘が打ち付けられたまま助け求める声と片目しかない視線をアマネ送る。
僅かの間とはいえ、サラの万力の如き力で顎を掴まれた事により付け根が負荷に耐えられずヒビ割れ、痛みから目がチカチカと火花を散らし脱力したように顎を外した。
「うわ・・・誰です?この人?」
「マナが管理してる風俗店に引き抜きした馬鹿だ。」
口元を掴んでいた手を離したサラは作業台のトレーと三脚で固定されたカメラを示す。
「報復を頼まれたから見せしめに拷問をな。この後、歯を全て抜くんだがやるか?」
「い、いえ!?全然、ほら私素人ですし!??」
「ラズに比べれば私も素人さ。なにより治療じゃないんだ。雑に扱って問題ないぞ。」
作業台のトレー上にある割れた爪や赤黒い肉片、そしてスプーンにより繰り出された眼球を確認したアマネは口元を押さえ目を逸らす。
その見慣れた嫌悪と恐怖の表情に肩を竦めたサラは上階への扉を示し言う。
「・・・上行ってろ。アンリがコイツのケツモチと交渉中だから静かにな。」
「すいません、本当すいません。私グロ系は・・・。」
「グロ・・・?」
会釈をしながら二階への階段がある扉を潜るアマネに首を傾げたサラは抜歯用のペンチを作業台から取り思う。
人の形を保っているコイツがグロ判定か。
砲弾や銃創で肉が裂け筋繊維も骨も抉れてなければ脳漿が飛散している訳でもないんだがなぁ。
まさしく聞いていた通りの戦地は遠く、銃声が届かぬ平和な国だ。
戦地や死体や争いこそ日常としていたサラは苦笑する。
「あぁいう甘い奴がそのまま生きられるってのは国が豊かだからだ。人生を歩む日々に死線も紛争もなく真っ当に過ごせるのは贅沢な権利。
実に残念だがその当たり前のようにあった価値をお前は手放した。だからこうなっている。」
悲しい事だな。と手にしたペンチを使い前歯から順に抜歯を始めた。
階下から聞こえる悲鳴混じりの絶叫から逃げるように階段を駆け上がり室内への入口に辿り着いたアマネはノックをし扉を開く。
そこには、椅子の背を抱えるように座りスマホから距離を離しながら通話をするアンリがその端末から届く怒気混じりの悪態を受けている姿があった。
「ん?あぁ・・・。」
アマネを確認し、手振りで静かにするよう示したアンリはソファーを指差した。
それに頷いたアマネは持っていたバックを置き会釈を返した。
「んなに黙ってんだ神崎っ!!?」
「あぁすまないね。貴方の声が恐ろしくて萎縮してしまったんだよ。」
「てめぇがそんなタマか!?いいからうちのモン解放しやがれっ!?ぶち殺すぞ!!」
「それが出来るならこうして貴方に彼の処遇を報告しないって。
こっちは内密にバラして処理だって出来たけど、揉め事が嫌だから誠意を持って貴方に連絡した。その辺りを汲み取って欲しいなぁ。」
再び絶え間ない怒声がスマホが届き、腕を伸ばし物理的に距離を離したアンリは頰を搔く。
「水田さん。先に手だされたのはこっちだよ?下に泣きつかれたら俺だって動かなきゃメンツが立たない。」
「だからなんだ!クソガキが一端を気取って俺に口利いてんのかっ!?あぁ!?」
「怒らないでほしいなぁ。血圧上がって血管切れちゃうよ?お医者さんに高血圧の薬増やされたばかりでしょ?」
「てめぇ・・・。」
「怒鳴らない怒鳴らない。俺は貴方も所属する組織とも敵対する気は無い。だからちゃんと誠意を払うとも。」
抱えた背凭れを揺らしながら言葉を続けるアンリは口端を歪に吊り上げ笑う。
「貴方のメンツを保たせる為に彼は生かして帰す。手土産も付けよう。」
「・・・続けろ。」
「手打ち金として彼を20Kのオール金歯にして返すよ。そっちで抜歯して換金してくれ。」
「20K・・・歯が32本とすりゃ約一本分か。」
「マネロンしなくて良い100万は一考の価値あると思うなぁ。組への上納金集め苦労してるんでしょ?」
数秒の沈黙後に水田の声が若干柔らかい声色へと変わり言う。
「もう少しサービスしろよ。」
「うーん。彼の生命保険とかそっちで変えれないの?あまり足元見られてもねぇ。」
「手打ち金をどこまで引っ張れるかが裁量だからな。」
「ふふ、正直な人は好きだよ。欲を隠さない人もね。」
数秒しっかり間を置いたアンリは声を落とし言う。
「彼を再起不能にしていいのなら見舞金と入院費としてもう二本付けよう。
リハビリ次第で社会復帰させたいのならサービスは無しだ。」
「・・・サービスを頼むかな。下手に喋れないようキチンと処理しろよ。」
「仰せのままに。では彼を病院に捨てたらまた連絡するよ。」
通話を終えたアンリは、疲れた顔でため息を溢しアマネに会釈をする。
「立て込んでいてすまないね。昨日はしっかりやれた?」
「は、はい。ケンさん達からお支払い金を預かっています。」
封筒を取り出したアマネの横を抜け冷蔵庫から缶ビールを取り出したアンリは手を横に振る。
「あぁ、それはあげるよ。近く貴女も部下を持つ。その活動資金にどうぞ。」
「えっ!?」
「え?って・・・一応貴女がこの組織のボス候補だからね?
そもそも俺はトップに立っちゃ駄目な立場なんだ。組織運営が軌道に乗ったら隠居しないとカイネ達に怒られてしまう。」
カイネ達?と首を傾げアマネは先程階下で聞いた名を呟く。
「ラズさん?もその関係ですか?」
「おや、サラから聞いたのか。まぁそうだね。
階下でやっているような面倒な仕事が増えたらいつか紹介する事になるかもしれないが・・・。」
うーん。と唸ったアンリはビールを飲み干し流しで缶をゆすぐ。
「非常に獰猛で残虐な性格をしている。端的に言うならシリアルキラーだから距離と警戒をおくように。」
「えぇっ!?そんな人連れて来ないで下さいよぉ。」
「ハッハッハ。大丈夫大丈夫、最近は穏やかだから週に一人位生贄に渡せば比較的落ち着いているよ。」
生贄?と首を傾げたアマネに下を示したアンリは微笑む。
「さて仕事に行くからアマネさんも酒を入れていた方がいいぞ。
心を壊さない言い訳の為に、そして万一警察に捕まり供述する時にもお酒で酩酊していた。って言えば状況判断能力の欠如で不起訴になるかもだからね。」
冷蔵庫を開けたアンリは缶チューハイを一つサーブし、自分とサラの分として数本保冷バッグにほうり込む。
「返り血浴びても良い着替えはある?ないならジャージ貸して上げるからちゃんと着なさい。」
「ザ、ザキさん〜。ちょっと本当に私グロ系無理なんですよ〜。」
「大丈夫大丈夫。俺もそうだったけど慣れれば気にしなくなるよ。順応って怖いね。」
隣の部屋から黒いジャージと長めの防水エプロンを2着取り出したアンリは、服の上からジャージを羽織り、防水エプロンを着る。
「準備出来たら降りてきてね。あぁ、強制はしないから降りて来なくても良い。
その時は・・・まぁいいか。じゃあ先に行ってるね。」
「はいぃ〜・・・。」
泣きそうな声のアマネにウインクをしたアンリは鼻歌混じりに階下に向かった。




