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23 わがままは言いません (3)

 

 ジェラルドと別れたジェナーは、遠目でギルフォードとシャーロットを眺めた。シャンデリアに照らされた2人の立ち姿は、まるで絵画に描かれた一場面のように煌めかしく美しい。


 ホールにいる誰もが、シャーロットたちに羨望の眼差しを向け、ひそひそと噂をしている。


「……綺麗」


 ジェナーも例に漏れず、2人の姿に目を奪われていた。口をついて出た自分の言葉にはっとして、口元を片手で覆った。


 羨ましいだとか、本当は自分がギルフォードの隣にいたかったとか、そんなことを思ってしまうのは、身の程知らずでおこがましいことだ。シャーロットは国一の寵児であり、ギルフォードは大国テーレの皇子。文句の付けようのないほど――お似合いの2人だ。


 オーケストラの演奏が終わり、ダンスを披露し終えたシャーロットたちの元へ多くの令息令嬢が集まる。シャーロットは可愛らしい笑顔を浮かべて彼らと言葉を交わしていた。

 彼女は、ギルフォードの腕に華奢な身体をぴったりと寄せている。ジェナーはあんな風に彼と接触したことなどほとんどなかった。まして、他の女性が彼に擦り寄る姿を見て全く心が痛まない訳がない。ジェナーは目の前の光景から目を逸らし、ホールの外へと踵を返した。



 ◇◇◇



 バルコニーに出ると、運良くそこには人がいなかった。石造りの手すりに手をかけて、そっと目を閉じる。春の夜の匂いに、少し冷えた風が頬を撫でていく。優しい風が、乱れた心を落ち着かせてくれる気がした。


 その時。


「お嬢様。ここにおられたんですね」


 聞きなれた低い声音に振り返ると、ギルフォードが立っていた。


「……ギル……」


 ジェナーは風に吹かれて顔にかかっていた長い髪を手で避けて、彼の姿を確かめた。ギルフォードは、ジェナーの隣に並ぶように、手すりに腕を乗せた。


「……シャーロット様のことは、もういいの?」

「はい。すみません、お嬢様をお待たせしてしまいました」


 2人の間に沈黙が続く。お互い何となく体裁が悪いのだろう。すると、ギルフォードは手すりに頬杖を着いて、こちらを眺めながら小さくくすりと笑った。


「そのドレス、良い色ですね」

「ふふ、そうでしょう?」

「もしかしなくとも、俺のことを思って仕立ててくださったんじゃないですか?」


 やはり、彼の瞳の色を選んだのはあからさまだったのかもしれない。本人にもまんまと意図が見抜かれてしまい、照れくさくて顔が熱くなった。


 ジェナーが決まり悪そうに頷くと、ギルフォードはからかうようにまた笑った。


「……本当に可愛い人だ」

「…………っ」


 真っ直ぐにそんなことを言われては、反応に困ってしまう。恥ずかしさでいっぱいいっぱいになっていると、彼は続けた。


「お嬢様のこと、不安にさせてしまって申し訳ありませんでした。きっといつか、あなたを良い形で迎えることをお約束します。だから、俺を信じていてください」


 いつか、というのはギルフォードがテーレに呼び戻されたその後のことを言っているのだろうか。彼はまだ、自分の素性をジェナーに打ち明けてくれていない。

 もし仮に国に戻ったとしても、なおジェナーを選びたいと思ってくれているのだろうか。


 ここで下手に喜んだりして、彼にプレッシャーをかけるのは不本意だ。


「あまり気負いすぎないでね。ギルはよく頑張っていると思うの。……私はね。あなたがどんな未来を選んでも責めたりしないわ。だから、ギルは自分自身のために臨機応変な選択をしてね」


 必要があれば、自分が切り捨てられても構わない。自分ではなくシャーロットを選んでもいい。ジェナーはそう思いながら口にした。すると、ギルフォードはほのめかされている意図を察して、眉を寄せた。


「お嬢様は、そんな風に気を遣われて俺が喜ぶとでもお思いですか」

「え……?」

「お嬢様が物分りが良いふりをされていることくらい、俺には分かっているんですから」


 どこまでも労りに満ちた優しい声に、鼻の奥がツンと痛む。


「あなたが俺のことをとても想っていてくださるのも分かっています。ですがどうか、少しは俺のことも信用してください」


 そして彼は、神妙な面持ちで付け加えた。


「何しろ俺は、()()()()ですので」


 ジェナーは目を瞬かせた後、ふっ、と吹き出した。


「…………生徒会長は関係ある?」

「俺のアイデンティティなんですから」


 ジェナーは憂鬱だった気持ちを忘れ、ギルフォードと笑いあっていた。いつだってそうだ。彼といると、いつの間にか穏やかで楽しい気分にさせられる。


 ギルフォードは、ジェナーが楽しそうに笑う顔をしげしげと眺め、手すりにもたれ掛かっていた体勢を起こした。


「……髪、伸ばしたんですね」

「ええ。そういえばギルといた頃はもっと短かったわね」


 ギルフォードと過ごしていた時は、最も長かった時期でさえ、胸にちょうどかかるほどの長さだった。今は金色のウェーブのかかった髪が腰の辺りまで広がっている。


 ふいに、ギルフォードの手がジェナーの顔へ伸びてきた。その手はどこにも触れることなくすんでのところで止まる。しかしジェナーは、彼が長くなった髪に触れようとしたことを理解した。


「……触れても?」

「…………!」


 ギルフォードが艶っぽい表情で尋ねる。わざわざ確認を取られると余計に気恥ずかしいものだ。主人に対する配慮なのか、それとも反応を見て楽しんでいるのか。ジェナーは赤くなりながら、こくんと頷いた。


 ジェナーがそっと目を閉じると、ギルフォードは優しい手つきでジェナーの髪を撫でた。ジェナーの髪は艶があって指通りが良く、彼の節ばった指を抵抗なく受け入れる。彼の指にしばらく弄ばれ、髪を1束すくい上げられたところで、おずおずと目を開ける。


 ギルフォードは、ジェナーが見ていることを承知した上で、すくい上げた金色の髪に唇を落とした。


「……!?!?」


 ジェナーは声にならない悲鳴を上げ、勢いよく後ずさる。ギルフォードの指から髪がすり抜ける。


「あ、あな、あ……あなたななななな何を……!?」

「あんまり綺麗だったもので――つい」


 そんなうっかりがあってたまるものかと内心で抗議するものの、言葉にならない。ギルフォードは初心なジェナーの反応を見て、また楽しそうにくすくすと笑った。


 顔を赤くしたジェナーは、しばらくギルフォードに小言を言った後で、彼の服の裾を摘んで小さく呟いた。


「……私、ギルのこと信じて待ってるわね」


 ギルフォードは、ジェナーの呟きを受け取り、穏やかな声で「はい」と答えた。

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