22 わがままは言いません (2)
ギルフォードはジェナーの言葉に頷き返した。彼はシャーロットに洗練された仕草で一礼し、彼女に手を差し伸べた。
彼の挙措動作の美しさに、シャーロットも後ろの令嬢たちも息を呑んだ。
取り巻きの令嬢たちは、ギルフォードがシャーロットの誘いを受けたことで勝ち誇ったような満足気な表情を浮かべている。しかし、シャーロットは違った。彼女は明らかに不満そうな表情でジェナーを一瞥した。まるで、あっさりとギルフォードに誘いを受けさせた対応に納得していないように。
(シャーロット様……?)
ジェナーはその時、シャーロットがジェナーが喚いたり駄々をこねたりすることを心の内で望んでいたのではないかと感じた。シャーロットは威嚇するようにこちらを見た後、ギルフォードを見上げて寛雅に微笑んだ。
「さあ、参りましょうか。――ギルフォードさん」
シャーロットは花のような笑顔で、ギルフォードにエスコートされながら歩んでいく。彼らを広間の中央へ送り出した後、ジェラルドはジェナーにこっそり呟いた。
「王女殿下にも、ああいった強かな一面がおありなんだね」
「…………」
「ギルフォードが君を誘っているタイミングで割り込んでくるなんてちょっとずるいよね。君が拗ねたりしてみっともない姿を晒すことを期待されていたように僕は感じた」
やはり、ジェラルドも先程のシャーロットの振る舞いとかすかに見せた不満げな表情に同じ感想を抱いたらしい。ジェラルドは、面白そうに笑っているが、それに賛同する意志を見せるのは彼女に対して不敬なので、沈黙を返した。
「エイデン嬢も気の毒だね。孤児だったギルフォードを拾ってやったのは君なのに、ぽっと出のお姫様に横からかっさらわれていく……なんて」
ジェラルドはジェナーを煽るように言った。
「王女殿下はね、皇帝陛下が目に入れても痛くないほどに可愛がっておられる。陛下だけじゃない。彼女の周りの人は、彼女を蝶よ花よと大切にしてるんだ。だから皆、王女殿下の願いを叶えてやろうとどんな手も尽くす。……君も、痛い目を見たくなければ身を引いた方がいいよ」
本日2度目の忠告だ。それまで彼の言葉を黙って聞いていたジェナーが、そこで初めて言葉を口にした。
「ジェラルド様は、勘違いをされているようです」
「……勘違い?」
「私は、ギルフォードを強引に傍に置こうだなんて、1度も思ったことはありません。大切にしているのは、彼の意志と彼の立場です。彼が他の女性を望むことがあっても、それが彼の意思であり、彼の立場を守るためならば引き止めるつもりなど、はなからないのです。……それに、私はギルフォードに恩を着せたくて、助けたわけではありません」
ジェラルドは釈然としないらしく、更に尋ねた。
「そうは言ったって、恋人を取られたら、王女殿下を恨んだりするんじゃない? いざとなったら君だって、ギルフォードにすがりついたりするかもしれない。他人を思いやるふりをして、結局は人は自分勝手な生き物さ」
「そういう気持ちには、なるかもしれません。ですが、私はギルフォードの恋人である以前に――誰かに依存したり執着するような生き方はしたくないんです」
もし、ギルフォードの心が離れていくことがあっても、それを恨んで醜態を晒すようなことはしない。自分の想いがギルフォードの重荷にはなってほしくはないし、どんな時も誇りある自分でいたい。
また、ギルフォードの気持ちに関わらず、何らかの事情で引き離されることが仮にあったとしても、すがりつくつもりはなく、彼が前を向いていけるように尽くすつもりだ。世の中は、気持ちだけで全てのことがどうにかなるわけではないのだから。ジェナーは自分のことを俯瞰で見ていた。愛よりも、立場と状況を優先すべきと判断すれば、そのようにするだろう。
ジェラルドは、意外そうにジェナーの話を聞いている。
「……私を冷たい女だとお思いになりましたか?」
自嘲気味に笑って尋ねると、ジェラルドは首を振った。
「エイデン嬢は、物分りの良い人だね」
「それが唯一の取り柄です」
「はは、別に褒めているわけじゃないけど」
ジェラルドはそう言って微笑むと、シャーロットたちの方へ目線をやった。その表情から感情を読み取ることはできない。
伏し目がちな瞳には長いまつ毛が影を落としており、数多の女性を虜にしてきたであろう色香を漂わせている。
(……これが家柄も良く武術の天才だなんて、天は二物も三物も与えちゃうみたいね。さすがは攻略対象キャラクター……)
ジェナーがぼんやりと、彼の怜悧な横顔を眺めていると、ジェラルドの視線がシャーロットたちからジェナーに移され、薄緑の瞳と目が合った。
「君さ、縁談の話をずっと断ってるんだってね?」
「!」
ジェナーは一瞬どきっとして固まった。
「どうしてそれを……」
「そう警戒しなくなっていい。ただの興味で聞いてる」
ジェナーは、自分を試すような意図はなく、純粋な好奇心による問いなのだと理解した。それにしても、ジェラルドはジェナーのことをよく調べているようだ。
ジェラルドの指摘通り、ジェナーは自分に来る縁談の話を断り続けている。17歳にもなれば、この国では婚約者がいてもおかしくない年齢だ。エイデン家にはジェナーの上に兄が2人おり、家の後継には問題ない上、両親はジェナーに自由恋愛を望んでくれている。――ということで、ジェナーはギルフォードの自立を待って、数々の見合い話を拒否しているのだ。
「確かに、それは事実です」
「名だたる家からご指名されてるって聞いたけど、ホント? 玉の輿もできるはずなのに、平民でなんの財産も地位も名誉もないギルフォードを待ち続けている。健気だねえ」
「…………」
ギルフォードはそれを知らない。察しの良い彼なら何か気づいているかもしれないが、彼に責任を感じさせないように黙っているつもりだ。もし彼がジェナーを選ばずとも、そのときは新たに将来を考えればいい。
「そのことは、ギルフォードには黙っていてください。彼にプレッシャーをかけたくはないので」
ジェラルドは悪戯に口角を上げて、ふうん、と小さく呟いた。
「……なんとなくだけど、ギルフォードの気持ちが少し分かった気がするよ」
「…………?」
脈略のない返事に、ジェナーは首を傾げた。やはりこのジェラルド・ヒューズという青年は、何を考えているのかつくづくよく分からない。




