21 わがままは言いません (1)
ギルフォードから紹介を受けたジェラルドは、にっこりと愛想良く微笑んで一礼した。
「初めまして、エイデン嬢。ギルフォードから君の話はよく聞いているよ」
「初めまして、ジェラルド様。私も、ジェラルド様の剣の腕前、噂でかねがね伺っております」
「はは、光栄なことだね」
色気を漂わせ不敵に微笑む、黒髪で薄緑の瞳をした彼は『運命の紋章』の――攻略対象の内の一人だ。ギルフォードは感情を比較的表に出すタイプだが、ジェラルドは何を考えているか分からない。掴みどころがなく、浮ついていそうな雰囲気なのに、剣の天才というギャップのあるキャラクターだ。やはり、攻略対象ともなると天賦の才という特典は付き物である。
ゲーム内でジェラルドは、ギルフォードの気の置けない親友だった。ギルフォードルートで彼は、ギルフォードにもシャーロットにも気を利かせて、協力的な一面を見せていたのを覚えている。
(……悪い人じゃ、ないのよね?)
ジェラルドは、ジェナーを上から下まで値踏みするようにじっくりと眺め、ふうん、と意味ありげに呟いた。
(わ、悪い人じゃ……ないんだよね……?)
彼が何を考えているのか全く予想がつかない。その呟きにどんな意図が込められているのか思案していると、ギルフォードがジェラルドに言った。
「あまりお嬢様はジロジロと見ないでいただけますか。あなたの軽薄さがお嬢様に伝染っては困りますので」
「僕のことバイキンみたいに言わないでくれよ。酷いなぁ」
ジェラルドはヘラヘラと笑いながら両手を掲げ、自らの身の潔白をギルフォードに示して見せた。しかし、ギルフォードは眉を寄せながらジェラルドに何かを耳打ちした。お互いに何かを言い合っているようだったが、ホール内の喧騒にかき消されて内容までは聞き取れない。
(ふふ、2人は仲が良いのね)
2人の様子はとても親しげに見える。ギルフォードの年相応で青年らしい姿はどこか新鮮だ。
彼らのやり取りを微笑ましく見ていると、オーケストラによるワルツの演奏が始まった。ゆったりとした音楽に、男女が手を取り合いながら華麗なステップを踏み、中央へ集まっていく。
ギルフォードは、ジェラルドからジェナーの方へ体を向き直して手を差し伸べた。
「あの……お嬢様。もしよろしければ俺と、踊っていただけませんか」
緊張しているのが見て取れるほどぎこちない手つきだった。
(ギルったら、なんだか可愛い……)
ジェナーがギルフォードの手を取ろうとした時だった。彼女が誘いを受けるのを阻むように、横から令嬢が現れた。鈴を転がすような甘やかな声がギルフォードの名を呼ぶ。
「ギルフォードさん」
その声の主は、シャーロット・テナントだった。
髪色に合わせた華やかな桃色のドレス。ふんわりと下に広がるベル型のスカートには、小さな宝石がふんだんに散りばめられ、照明の光を反射して繊細な輝きを放っている。色合い、デザイン共に落ち着きのあるジェナーのドレスとは対照的に、華やかさを重視した彼女の装いは、彼女の持つ華やかさも相まって、大勢の人の目を引いている。
シャーロットは数人の令嬢を後ろに連れている。令嬢たちは、ギルフォードとジェナーを交互に眺め、ジェナーに対しては「気に入らない」と言わんばかりの表情を向けた。取り巻きの中にはヒルデの姿もあったが、彼女は関心がなさそうな顔をしている。彼女の顔を見て――身を引いた方がよい、という忠告の言葉が頭の中を木霊した。
「ギルフォードさん。よろしければ私と一緒に、踊っていただけませんか? ――ご迷惑で、なければ」
ギルフォードの反応を伺うように、控えめな様子でシャーロットは言った。
シャーロットはこのクレイン王国の第1王女であり、このホールの中で最も注目されている令嬢だ。そんな彼女が1番初めに声をかけたのが、名のある名家の子息ではなく、平民出身のギルフォード。会場内はひそひそと2人を噂する声でざわめいている。
シャーロットは遠慮がちに誘ってはいるものの、これは依頼という名の命令だ。王女という高貴な身分の者の誘いをギルフォードが断り、大衆の面前で彼女に恥をかかせるわけにはいかない。
ギルフォードは、シャーロットの誘いにすぐには答えず、ジェナーの方をちらりと見た。
このシーンは、ゲームで見たことがある。ゲーム内の悪役令嬢としてのジェナーは、恐れ多くも王女からの申し出を断るようにギルフォードに指示した。ジェナーにとって、自分よりも先に、他の娘がお気に入りの使用人と踊ることは許せなかったのだ。
周囲の人たちはそのジェナーの行動に呆れ返り、シャーロットの取り巻きも含め皆がジェナーを非難した。しかし、シャーロットだけはジェナーを非難せず、友人たちを諌めながら引き下がるのだ。慈悲深い彼女の行動に、ギルフォードのシャーロットに対するの好感度は上がり、一方でジェナーは周囲から不審感を抱かれるようになる。
「ギル、王女殿下と踊って差し上げて。私に遠慮することはないわ」
「お嬢様……」
ジェナーはギルフォードにしか届かない声で小さく囁いて背中を押した。
「大丈夫。私は平気よ。また次の機会に誘ってちょうだい?」
「…………」
今のジェナーは、悪役令嬢だったジェナー・エイデンではない。自分の私情を優先して誰かの足を引っ張ることをするつもりはないし、序列が重んじられる階級社会における、1人の令嬢としての分別はある。
(ギルが他の女性と踊ることは……少しだけ妬けちゃうけれど、ここで醜態を晒すほど、私は浅はかな人間ではないわ)




