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閑話休題21『グランデール獣人国の消滅』

 その日、そこを監視していた少女は日課の薬草のスケッチをしている途中、大きな変化を感じた。ヨルムンガンドはジオゼルグから『永遠の乙女』部隊を借用し、様々な証拠収集と勢力分布を確認し続け、グランデール獣人国を調べ尽くしていた。下手をすれば彼女の方が現地人より詳しいかもしれない。

 その中で彼女は大きな集団の移動を確認。その移動から膿を吐く病巣の1つ、財務派閥と商会関係者がアルジャレド通商連合国へ逃げ込もうと考えているようだ。

 その財務派閥は細い渓谷を馬車の集団で爆走している。それをヨルムンガンドの眷属のようなものである植物が見ていたのだ。ヨルムンガンドは描き終えたスケッチを持っていた魔法の鞄に収納、ゆっくりと歩み出す。彼女からすれば特に大きなことでもないのだ。自滅に気づけていなかった連中がやっと動いただけのこと。その備えは大分前に終わっている。ゆっくり歩きながら、グランデール南西側の渓谷に向けて歪んだ笑顔を向ける。


「業は還る。自然も還る。お前らも……あるべき場所に還る」


 ~=~


 グランデール獣人国南西部、国境の渓谷にて……。


 数台の馬車隊列に私兵らしき獣人が騎獣を駆り、厳重な警護体勢を構えている。しかし、その時は唐突に訪れた。戦闘を駆ける私兵の男の頭部がいきなり跳ね上がったのだ。本人は頭部を落とされたことも気づけず、視界が回転し、自身の体との切断を認識した直後に……馬車の車輪によりブラックアウトする。

 狂宴は幕を上げた。ヨルムンガンドの仕掛けた準備は鮮やかに花を咲かせる。真っ赤な大輪をそこかしこに。

 護衛の獣人の殆どは自分が殺されたことにも気づけなかった。渓谷の細い道を進む途中、木漏れ日差し込む紅の森から何かにより攻撃されているのだ。ものの数十秒で護衛であった私兵は全滅。馬車を走らせる御者には瞬殺される護衛の死は確認できても、叫ぶので精一杯。状況を馬車内の主人に伝えることもできず、様子をおかしく思った主人が連絡用の小窓を開けた瞬間。御者の胸が貫かれ、主人の肥え太った獣人の首が飛んだ。馬車内にはその男の家族も居た。だが、逃げられることはない。

 自然の守護者である土地持ちの魔人は無慈悲だ。ヨルムンガンドがそこへ姿を現す。彼女は馬を自由にし、その財務官僚たちの私財やまだ使える馬車や武器、鎧などを集めた。残りは森から伸びて来る太い樹木の枝が森へ引き込んでいく。こうして、獣人国に残されていた病巣の1つが取り除かれた。彼女はいつもの無表情をより一層深めた虚無の状態で紅宮に帰って行く。

 これはまだ一つ目。彼女はすぐに動いていた。まだ、清めねばいけない憑き物はあるのだから。


 ~=~


「ん~。動いた~」

「むぅ? 今度はどう?」

「今回も~渓谷~。じゃ、いこうか~」

「う~い」


 グランデール獣人国の中で最も凶暴な派閥。防衛軍の派閥だ。その筆頭は王弟と言う男。王弟でありながら軍務大臣という身分を持ち、ラザールのトオネルと繋がっていた。トオネルを支援し、その裏でエギルと奴隷売買をしていた張本人である。財務関係は甘い蜜を吸っていた仲介業者で、頭の悪い魔境荒らしを雇い、金回しに利用していた件の殆どがこの王弟のバルトルトというクズの所業。

 この辺りは軍部の資料を丸々取りさらったジオゼルグが調べた結果だ。

 そのバルトルトも財務官僚が逃げ出していることを知って追走していた。ただ、バルハルトと財務官僚とでは立場が違う。財務官僚の場合はアルジャレド通商連合国に国籍があるのだ。アルジャレドは通商連合国と呼ばれるだけあり、商人の国だ。商売人が商売しやすいように優遇され、合議制の国家体制ながら腐敗が浸透しており、賄賂政治は常。一国の財務ともなれば隣国との繋がりくらいはあるだろう。塩の専売関係もそれに関係しているのだろうと、ヨルムンガンドは読んでいる。

 その上で財務官僚が脱出を企てた後、30分としない間隔で騎馬を駆り追走。どう考えても平和な未来は見えてこない。バルトルトの資金繰りはこの財務官僚からの物もある。逃がすわけにはいかないのだ。


「絶対に始末するぞ。者ども! 急げ!」


 既に死んでいるとは露知らず。王弟バルトルトは騎馬を駆り、槍を握りしめる。現在は国王を名乗っている訳ではあるが、このバルトルトは王家の秘所には入れなかった。あの逃亡用の通路はおろかか、国王の私室や玉座の間にすら。

 そして、何故かは解らないが急に各所の施設に入れるようになり、彼は亜然とし、怒りに囚われた。王としては優柔不断で凡才だった兄に成り代わり玉座へと座った。しかし、それを機に国は大きく傾き始めるのだ。王族の秘密の通路の中ほどにある宝物庫も……何故だか開いている。バルトルトは嫌な予感を覚え、中に急いで入る。そこには何もなかったのだ。彼は逃げ出したセラを真っ先に思い浮かべたが、……どうしようもない。行方を追えどもようとして知れず。今の情勢ではこれ以上の追跡はできず、他にしなくてはいけないことは多い。アルジャレドから交易品や塩が買えない。生きなり現れた山により魔境の素材は手に入らない。まず資金がない。

 そして、追及された財務が逃げ出した。彼は財務大臣が何かしら知っていたのだと確信。違うのだけど……。

 走る彼は唐突に違和感に気づいた。自身と共に走っていたはずの騎馬兵が一人もいない。そんな無茶な飛ばし方はしていないのだ。それなのに……逃げた? そんな違和感を感じる中、彼は強烈な寒気を感じ、正面を見る。


「お粗末~お粗末~……」

「他の人の行方、知りたい?」


 2人の少女の声が聞こえ、紅の森の中から実際に2人の少女が現れる。真紅の衣服をまとう少女は……何やら錫杖のような物を振る。すると、再び森から大量の獣人の首が、樹木に貫かれた状態で現れた。バルトルトはその厳つい顔を恐怖に歪めている。先に逃げ出していた財務官僚とその家族、中には子供の生首まである。殺されてから時間も経っていないようで、まだ血が滴っているのがまた生々しい。

 彼と共に追いかけて来た騎馬兵の首が今度は彼のうしろから放り投げられる。後ろには先ほどから少女の意のままに動く太い樹の幹が揺らめいていた。

 バルトルトが振り返ると、褐色の少女が無表情にどこからか大獲物を出す。異能か魔法の鞄か……。バルトルトは生存の方法を考えた。この狭い道、背後には太い樹木、前には術師の少女と剣士らしい少女。この時既にバルトルトが生き残れる可能性は、深い渓谷に身を投げる以外に残っている策はなかった。たった数%でも可能性が残っているとしたら。それしかなかった。

 彼は最終的に最も無様は死を選ぶこととなる。ジオゼルグとヨルムンガンドに背を向け、グランデール側へ馬で突進したのだ。その後、流れるようにバルトルトは死までの数秒を過ごす。馬を器用に避けた木の幹はバルトルトの体を宙空へと撥ね上げる。彼はそのまま又から脳天までを尖った幹に貫かれ、数秒間痙攣した後、息絶えた。


 ~=~


 それから数日後、国軍に追い詰められていたレジスタンスの残党により、ある程度住民は纏まりはするが、殆どの国民はこの地を去った。城の門扉に晒されたバルトルトの死体や、奇怪な森の枯死など。この土地に何やら良くないことが起きていると考える者は多かったのだ。

 同時にラザーク方面の山が消え、アルジャレド方面の呪いと言うのも綺麗さっぱりなくなり、国家としての基盤を維持できなくなり『グランデール獣人国』は消滅した。誰もこれが魔人の仕業だとは知らない。これがどういう理由で巻き起こった事柄なのかも知る者は……獣人国には一切いなかった。この一連の怪奇は長く語り継がれることとなる。

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