閑話休題20『エルフという種族』
カレッサは悩んでいた。上の年代の妻集団が次々に妊娠していく。特にセリアナの妊娠には驚いた。無くはないだろうが……。その中で自分はまだだった。その理由は明白。エルフは打たれ弱いのだ。エルフは魔法と弓を操ることに長け、近接戦闘はけして得意ではない。他の種族と比べると貧弱で、肉体強化魔法で肉体を強化しても、元がひ弱なので限度がある。
それは無尽蔵の体力を持つ魔人のクロとの相性が最悪であることを意味するのだ。ランニングしたり、体力トレーニングをしてみたりはするが、相手が超越し過ぎていて焼け石に水なのである。そこでカレッサが考えたのは……ドーピングと戦力強化。
クロの嫁増加フラグは実は彼自身のせいでもあるが、本人はその理由となる記憶が無いので知らない。
カレッサの集めた志願者。セリアナの許可済みは10名。全員若いエルフ。もちろん女性。……カレッサからすると幼いとさえ言える。余談だが、全員カレッサの魔道具工房の弟子でもあるので全員優秀。
「お前らは全員100歳前後じゃろ? ワシだけ厳しくないかえ?」
「問題ないですよ。ヨルちゃんの作ってくれたこの薬を使えば……ふふふ。根本的な理由は解決しますからね~」
「いや、見た目……」
「大丈夫です。カレッサ様はハイエルフですからね。老いませんし。むしろ何をそんなにうじうじしているのかと聞きたいくらいです」
カレッサは無駄に初心な乙女なのである。見た目はとても美しい。エルフは種族的に細身な種族なのだが、カレッサはその中でも肉付きがいい。人族目線では普通にスタイルが良いと言う程度。
肌を見せることを未だに恥じらう3000歳はいつも後手になり、巻き込まれてグロッキーという手順で機会を逃し続ける。何度も肌を重ねているというのに……。それを弟子達がお膳立てしようとしているのだ。ただ、カレッサの幸せだけを願っている訳ではないのだ。弟子達はまた別の考えを持っている。最近のカレッサは仕事がおざなりだ。原因は解っている。カレッサは初期の移入者の1人で、クロとそういう関係になってそれなりの期間がある。その年齢が上の層が次々におめでたとなる中、1人取り残されつつあるから。弟子としては仕事を早くちゃんとやらせたいのである。
この若いエルフ達は今回から初参戦だ。
これがどんな結果を見せるのか、どんな惨状を招いたのかは、再びカレッサの自宅に集まったエルフ11人の表情でわかった。カレッサは晴れやかな笑顔だ。つまり、そういう事である。エルフの1人がヨルムンガンドから入手した薬というのが、実は長命人型種には効果的だったのだ。エルフは長命であるが故に、心のみならず肉体も繁殖という概念に鈍い。頭では理解していても体は着いてこない。こういう種族だと言われている。実際にそうだ。カレッサは気持ちが乗り切る前に撃沈してしまうのだ。それに投与されたのが、強力な発情薬。
『これは人族に使っちゃだめだからね。あくまでお母さん用。あと、お母さんが使わなくなったら皆は容量の半分がいいと思う。過剰な反応が出ると、次の日が辛いから注意ね』
この時のヨルムンガンドの注意をちゃんと聞いていればこの後にさらにエルフの若い女子が苦労することもなかっただろう。エルフと言えども皆が造詣深く、知識に富んでいるという訳ではない。エルフの若者……とは言っても人の10倍程生きるエルフの若者期間は長い。200歳くらいまでは青二才扱いである。この場に居る若いエルフはまだまだピッチピチの思春期真っ盛りのような少女なのだ……。人で言うとね。
実際は100歳も生きていればいろいろ達観もすれば夢も見なくなる。黒い現実や生き物の摂理も知ることになるわけだ。
カレッサが仕事をするようになったのはいいけれど、今度はカレッサがウザく感じるようになった弟子10名。仕事中ですら幸せそうな笑みで何やら呟いているのだ。昼食時などのろけ三昧。これまでのお通夜モードも問題ではあったが、気持ちが前向きになった分仕事の能率は上がった。今度はそのカレッサの行動で弟子の能率が下がるという面倒なことに……。そこで弟子達は考えた。自分達も同じように懐妊すれば、同じようにのろけ合いになるから相殺されて面倒ごとは減るのでは? ……と。
アホである。数日後、エルフは総じて聡い訳ではないという実例をヨルムンガンドは見た。
「だから言った。お母さんと同じ量のアレは濃すぎる。エルフとハイエルフは魔素の回転率も違う。エルフがアレをそのまま使ったらそうなるに決まってる。自業自得」
若いエルフたちはおバカなことに、薬の用法をヨルムンガンドに伝えられていた事を忘れ去り、カレッサが使った量を飲んだ。その薬の効果が元来発情に至り難いエルフの体を活性化させ、人族と同じくらいに持って行く薬だった。エルフは人間よりも魔素の吸入量が多く、循環間隔が長い。魔素が体内に滞留しやすく、肉体が変化しにくい……老化しにくい種族。それをわざと薬で加速させるのだ。奇異な変化が出てもおかしくなかった。
普通エルフはスレンダーなのだ。しかし、彼女らはどう見ても『ボンきゅっボン』のグラマラスボディになっていた。この程度の変化なら問題ないとさえヨルムンガンドはメモを取る。実はこの薬、人に使うとホルモンバランスを急激に崩すことにつながるので、下手をすると死ぬ。
それを聞いて、これくらいならと思う他なかった訳だが……。これから彼女らは大変なことになる。ヨルムンガンドのいう事にはこの薬は体内に長く残り、その間の魔素の循環間隔を変える薬。吸入量が多く、循環を加速させると情事発情状態であるので、彼女らはそれなりに大変な数日間を過ごすこととなる。やはり薬は用法容量を守り正しく使わねばならない物だと痛感。
「ほ~、最近様子がおかしいと思っておったがそういう事じゃったのじゃな~」
「はい。それはもう苦労しました」
「まぁ、死ぬでもなく、今では元通りではないか。問題は……、全員もれなくおめでたな事くらいか? 若いとは言え飛ばし過ぎじゃろうて」
あまり物事に動じないカレッサでも呆れて溜息が出ていた。大きく体形に変化が出ても元来魔法薬に耐性があるエルフだったので、元のスレンダーなモデル体型に戻った。代償としてやはり急激に体に変化が出たので、寿命が多少縮んだだろうとヨルムンガンドから改めて叱られた10人。
だが、その10人はただでは転ばなかった。ちゃんと全員が同タイミングで授かるというミラクルを起こすのだが……。この後はカレッサからの苦言が長く続く。
ここに居るのは優秀?なエルフ。いや、魔道具製作に関して優秀なエルフだ。ドワーフや土妖精から精密加工魔道具や従来の魔道具の整備を行う仕事がある。計画的に産休を取れるように一応の会議をしたはずなのに、全員が一気に妊娠した。エルフの娘達はこれから数日、引退した魔道具師や自分の知り合いの魔道具師を探し、なんとかして呼び込むのに奔走することとなる。
……この土地が異常なだけで、魔道具師は少ない。本来魔道具師の知名度があれば一生食うには困らない。むしろ多忙過ぎて面倒なくらい。そんな仕事にここの需要も満たせるだけの人数を急に用意できると思うだろうか? 何とか揃えました。意外と顔は広い。長生きな種族、エルフ。ここに母に知識を出してもらうためによく来るヨルムンガンドは心の中でつぶやいていた。
『エルフって意外とアホなのが多い?』
……とね。たまたまであることを願う。