閑話休題18『獣人族の御嫁さん会議+4人』
獣人族の居住区に新たな移入者が加わった。元王族の中で穏健派であり、身分に分け隔てなく接する珍しく人気のある王族のセラとその娘のケイラ。加えて元近衛のアルマ、キティ、ミアーだ。
しかし、今回の会議の中心はアルマを中心に回る。いきなりの飛び入りが何故仕切り役かと言うと、年功序列がこの会議室のルールだから。この会議は緊急招集である。何故かと言うと、なんとなんと、獣人族総代表の九尾族、ホノカの懐妊。先日移入したセラ元王妃が妊娠したことが発覚したからだ。獣人族は大きく沸き上がった。特に実情を知らない男性陣が。その現場を知る若い子女はとても複雑だったけれども、お祝いは本心から言える。
この会議の一抜けがホノカになったことは、それを推し進めた若い娘達の中でも予想はできていた。しかし、まさかこんなに早いとは思いもよらなかっただろう。それにいろいろな意味で規格外な魔人組程ではなくとも、それなりに体力に自信のある獣人族の娘達でも集団戦を挑まざるを得ない相手に対し、1人味方が減ったのだ。初期、獣人族の娘達はクロの戦闘力を過小評価していた。そして、最初の内に少人数で相対し、絶望を見た。……後から聞いて絶望したらしいが同族の魔人でも1対3以上からが基本だと言うのだからやってられない。
「なぁ、それで何故私が司会なのだ? コスズ、君がやればいいだろう」
「この会議は年功序列制なので。よろしくお願いします」
「……それは私が年増だと言いたいのだろうか? まぁいいだろう。それで? ホノカ殿とセラ様がご懐妊。これ以上に何を話す必要がある? 私の考えでは現状戦力の全てを持って特攻する以外にないと思うぞ?」
アルマのこの言葉にケイラ以外の全員が『それは解っている』と、言いたげな厳しい視線をアルマに向ける。アルマは歴戦の武将でもあるが、こういう空気で視線を集めることは慣れていない。……軍議で厳つい男の獣人からの視線は慣れていても、女性の視線ともなるとまた違って居心地が悪いようだ。
すると、今度はコスズの横に居るその妹である化け狸型獣人のコノハが言う。『それでも全滅は必至。だから、大人の技を……教えて欲しい』と。
最初はそれに思い至らなかったアルマも、考えてようやく理解した。しかし、アルマは大人げないと解っていながら怒りのままに語気を荒げて暴露する。そもそもこの会議はクロという1人の男性に対して妻である女性が集まる会議。その全てが結婚経験が無い訳ではないだろうが、それほど男性経験が豊富ならば既にここには居ない……と。
コスズが苦笑いしながらアルマを宥め、再び会議は進行。獣人の奥様方を呼んで聞けばいいと言う結論に至る。……が、その晩、獣人のお嫁さん連合は壊滅する。もちろん、新加入のアルマ、キティ、ミアー、ケイラを含め。疲労困憊で起き出し、各々の仕事に向かう。体がもたない。そう思う獣人の若い娘は多かった。それだけ暴走状態のクロの猛威は激しいという事だ。
「生き残りは無し。作戦もほとんど力技でぶち抜かれたが……。意見のある者は居るか? あるならば挙手を願う」
完全にお通夜に来たような状況だった。詳しく語ることはしないが、魔人の体力が桁違いなのである。そもそも魔人という生物が通常の生物とは違う選ばれた生物であるという前提があるからして……。勝てるわけがない。……獣人の若い娘たちは諦めるという方向に舵を切ることにするのであった。
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そこからはもうグダグダと世間話の集会となる。これは毎回そうだ。
一応ここに居るのはある程度の職位である者や、各部族の代表の娘である。長同士では対面やプライドがあり言いにくいこともここでならすり合わせができる。若い娘とは言ってもセリアナがある程度選んでいる優秀な子女なのだ。そんな少女達がこのような機会を無駄にすることはない。
それはアルマやケイラも同じだ。無力感のあった先ほどとは異なり、様々な職域に入り込んでいる獣人族はその先々で集めた情報をしっかりと共有する。特に話題に上がるのがグランデール獣人国の話題であった。連絡員であったり、斥候職の娘など外部に関わりの多いメンバーから特にその情報は出る。
緊張感はあるが、どこか他人事であるその声にケイラやアルマなどは違和感を覚えているが……。それもそうだ。最近に移入したメンバーは彼女らでなくとも知らないのだ。魔人がどういう存在で、この領の技術力との差を。おそらく、獣人国が保有する王家の秘宝でも魔人の攻撃から国家を守り切ることはできない。それに武人肌のアルマは特にだが、直接戦闘を想定している。魔人の戦闘とは陣地を超える。そんなことはあり得ない。
「あの、もしかして……魔人の皆様は地形を変えることとかもできるのですか?」
ケイラのその質問に、『え? 何言ってんの?』と言った感覚の視線が向いて、ケイラも最初は……『そうだよね?』と、一度考えた災害級の被害をひっこめようとした。しかし、ケイラに返された返答はそれを遥かに超える答えだったのだ。
今回でる魔人は2人。それの監察としてクロが出るが、主戦力はヨルムンガンドとジオゼルグの2人だけ。
そこにコスズが気づいて、双方に前提の齟齬があることを伝えた。魔人は基本的に魔法やその特異性で地形を変える戦闘が常になると。それでも抑え気味なのだ。それもそうだと思う。まさか、クロが出れば国が一瞬で何もない荒野になるとは知らないのだから。アルマは生唾を飲んで目を回している。ケイラは考えを回しながら、今回でるヨルムンガンドとジオゼルグのことを聞いた。その後、ケイラは溜息をつきつつ、席を立つ。目を回していて使い物にならないアルマを引きずりながら、コスズに声をかけた。
おそらく、獅子王国……獣人国側から多数の難民が押し寄せると思うのでその支援を願い出に行くと。それについて頭をペコペコ下げる騎士の2人も出ていく中、その場に残った獣人の娘達は考えた。今度の人身御供はアルマに決めたと……。前回もそうやって作戦を立てた時は何とかズタボロになり、翌日の仕事が手に付かない程ではなかった。ホノカが抜けて人柱…げふんげふん。特攻隊長が居ないようでは均等にダメージが蓄積して再び同じ目に遭う。二の舞を踏むのはこの辺りでいい。……と、狡賢い種族の娘達は考えた。
「でも、ホノカさんはかなりタフでしたけど、アルマさんはどれくらいもちますかね?」
「う~ん。一応近衛騎士団長になったお方ですし、5回戦くらいまではもつのでは?」
「そう考えるとホノカさんって凄かったわよね……。さすが妖狐の血を引く方だと思いましたもん」
「それは思った。ホノカさんっていつもはホワホワしたのんびりお姉さんって感じなのにね」
「そのホノカさんが15回戦でしょ? それで気絶。私達は頑張って1人3回戦が限界じゃない。体力ある子でも二桁はむりでしょ? 行けそう?」
その場に残った子女はグランデールから来た騎士と、ケイラの全員を人柱にすることをここで密かに決めた。実はこの考えでこの後、とあるメンバーが抜けるまでは獣人族の組はそこそこ平和になる。クロの無尽蔵な体力に負けていた子女のトップバッターはアルマ。それに続く騎士のキティとミアー。ここまでは期待した程の耐久は見られず……。
しかしまさかの人物、ケイラが以前とは異なりかなりタフだった。何とホノカ以上にタフで、クールビューティな雰囲気とはかけ離れた夜の姿をここで見せるのだ。ただし、それも一時。1人が受ける回数が増えれば、それだけ当たる確率は増すに決まっている。ケイラもその後すぐに戦線離脱することとなる。安心したのもつかの間。獣人族の子女は再び阿鼻叫喚の中を戦う事になるのだった。