緊急出動
僕とツェーヴェ、スルト、タケミカヅチ、ゲンブ、……いつの間にか従魔化していたヴュッカがエリアナの執務室に呼び出された。そこには嬉しそうにタケミカヅチに抱き着くテュポーンと凄く真剣な表情をしたエリアナが居る。
この段階で僕とツェーヴェは大方の予想を付けている。愚王が何かしらやらかしたのだ。
マシな方としてゲンブの遅延工作を無視して、総勢の半数とこの大雨に中をラザーク王国へ出兵したか……。こちらならそれほど問題ない。僕らはタケミカヅチの縄張りからファンテール王国軍に従軍した、アラクネをテイムしたテイマーを注視していれば良いだけ。だけど、もう片方ならば一刻の猶予もない。僕ら魔人が本気でことに当たらねば、下手をすれば周辺国家が全て壊滅してもおかしくないような状況になる可能性もある。
僕らは迷宮の中に居るから問題ないけれど、何の関係もない人々を数十万人の単位で巻き込む。ラザーク王国、エルフ王国、アルジャレド通商連合国などの最も近い国は確実。その外側にある国も巻き込むだろう。魔境へ手を出すというのはこういう事なのだ。人類のおよそ想像もつかない被害をもたらす。それが大暴走なのだ。
「ファンテール王国軍が魔境黒の森の外縁を削り取るために出征しました……。皆さんには申し訳ないですが、出陣をお願いします」
「言われるまでもないね。大暴走が次のフェーズに移った時の被害を考えたら明白でしょ」
「そうね~。人間の生き死に干渉するのは嫌だけれど……。人の文化を見れなくなるのは困るわ~」
「スルの畑はスルが守る!!」
「俺はとーちゃん達に任せるぜ」
「妾はタケミカヅチに付き従うのみよ」
「私も~、頑張りますよ~」
「……と、いう事です。エリ姉様。我々は総意をもって、鋭意出征いたします」
……となって、僕らは各々の方法で移動開始。
まず先行したのは段違いの飛行速度で移動できるタケミカヅチとテュポーン。……と、スルト。まさかのスルトが一番速かった。あの子は張り切りすぎるとこういう事をするから目を離せない。爬虫類状態でフニフニ尻尾と両手両足から、高圧縮状態の魔素の焔を吹き出し、1人飛んで行った。
僕も翼はあるけど、正直遅い。飛翔スキルがあるからないよりはマシって程度で、空中戦とかは論外。ツェーべとヴュッカは空中に水のレールを敷いて人型のまま滑っている。ゲンブは正座のまま水の上を滑ってる。……凄くシュール。
僕が一番遅いので、正直困るんだよね。……怒られたくないけど、これをやるか。『黒焔』。いつだったか生えていた固有スキル。何が条件で生えたのかも不明だから、どんな効果を持っているのかも不明。とりあえず、スルトが心配だから、僕は黒焔を利用して超加速を……ウッヒャァァァァ!!!!!!
「あの子は何をやってるのかしら……」
「クロ様が凄い勢いで飛んできましたね~」
「父上、今黒い焔を纏ってませんでした?」
「大方、新しい固有スキルを使ったのよ。スルトが1人で飛んでっちゃったから気にしたのだと思うわ」
「あ~……、有りそうですね」
結局、僕はすぐにスルトに追いついた。そして、スルトと2人でミズチの大河を境にブレス攻撃と、爆裂魔法で空を飛んできた虫の魔物を撃ち落している。数が多すぎる!! なんて規模だ。というか、こんな大暴走の規模になっているとなると、もうかなりの町村が壊滅しているだろう。逃げる余裕もなくね。
後方から、タケミカヅチの咆哮が聞こえる。
先に行けと? おっけ~。
僕とスルトは揃って地面を蹴り、急加速。この速度もなれると楽しい。……というか、大暴走を引き起こしたのはいいけど、なんでこんな規模になってるんだ? 大暴走は基本的に水面に水滴が落ちるように広がっていく。大暴走の伝播が加速するのはかなり後の段階のはずなんだ。まずは最初は浅層の魔物が反応し、次々に連鎖して内部の危険な魔物にまでその波がつあ悪のだけど……。僕とスルトは着地を利用して、大型の虫魔物を貫いて倒し、スルトはハンマーで、僕はsocomMK109で的確に頭部や胸部、即死しないタイプ以外を優先的に落としていく。
スルト、後方からヴュッカとゲンブが到着し、ここは任せて欲しいという旨を受ける。ヴュッカはいいけど、ゲンブはどう戦うの?
「こう戦います。月光盾。チェーストーッ!!!!」
うわ~。スゲ~……。ものっ凄い力技。大きな鏡みたいな盾を構えたまま、小柄な女の子がしたと思えない突進で引きつぶしていく。ヴュッカはその後ろと左右を行ったり来たりし、ゲンブが轢殺・圧殺・殴殺しきれていない虫をご自慢の大鎌で輪切りにしている。このコンボむっちゃ殺人的や~……。
スルトが僕を突っつくので、再び空へ。
この飛行方法はめちゃくちゃ早い。馬車で一か月は掛かる道程を一時間かからずってのはおかしいと思うな~。まぁ、その辺を気にしても仕方ないので、僕とスルトは同時に着地。スルトは着地の瞬間に両手を上にあげながら片足で蹴りを入れるのが気に入ったらしく、絶対にこれからも続けると思う。決め台詞も絶対忘れないし。
(すちゃっ……)
(いやいや、スルト、どう考えても『ドッカ~ン』だから)
「んっしょ。そう?」
「よっと、そうそう。地面見てみなよ。大きな穴空いてない?」
「うん。空いてる」
「なんで空いてると思う?」
「それはどっか……うん。『ドッカ~ン』だね」
王都の目の前にある草原に迫っていた虫魔物の大群へ、無慈悲な真紅の閃光が閃く。
スルトの熱砲だ。僕もちょっと溜めは必要だけど、黒焔を魔素吸着弾に添着させる。スルトの熱砲で目前の団体は吹っ飛ばせたけど、まだまだ来るね。これはもう大暴走の第二段階に来ている。ごく初期なら浅層の魔物が引っ張られるだけで、人間でも大損壊となるかもだが生存は可能だ。しかし、中層のそれなりに強い魔物が大挙すれば、人間の防衛能力では対応は不可能。
簡単な説明をしてしまうと、魔境の魔物は強い。浅層の魔物の平均値がおおよそ人間10人と同等の強さ。つまり、浅層の暴走が始まった段階で10倍の戦力で抑え込めば、大暴走の初期で抑え込めるという事だ。これが人間のできる処置の現界。で、中層の魔物の平均って言うのは無い。中層はより特化が激しく、一概にこれとは無いのだ。フォレストリーグの件を考えると、1000人隊、一個師団を用意して一体倒せたら良いとこだね。
だって、地竜とかの連中が中層の浅いエリアに居るんだから。
お、溜まったね。スルトに僕の後ろに入るように伝え、僕はsocomMK109を両手で握って構える。たぶん、この一発撃つだけで、この拳銃の銃身が弾ける可能性がある。僕は自分の力をまだ理解しきれていない。簡単に使っていい力じゃないだけあり、僕も出しあぐねている面はあるけどね。それでも、自分の力くらいは理解しておかないとまずいのは言わずもがな。
「黒焔ッ!!!!」
ウオォッ…! 反動が激しすぎ、スルトが突っ張ってくれたから何とかなった。僕の銃、socomMK109も総ミスリル製だったのが幸いして、プスプスいってるけど、原型は留めてくれていた。それよりも、いつもなら騒がしいスルトが静かすぎる。……なんて思っていたら……その理由が解った。スルトは僕の後ろから砂埃すら起きない前方にできあがった、扇状の荒野を見て絶句していたのだ。スルトの熱砲でも駆逐しきれなかった虫の大暴走が一瞬で消え去った。現実は物語よりも奇なり……ってね。
スルトが思い出したように動き回り、僕の体を触りまわる。別にどこも怪我はないと思うけど?
かと思いきや、スルトには珍しく結構激しく泣き出した。この子も成長していくにつれて情緒を付けて来たのかな? 何故スルトが泣いているのかはよくわからないけど、僕は落ち着いて欲しい一心でスルトの柔らかいショートボブの髪を梳くように頭をなでる。うん。これからは娘に泣かれるようなことは控えないとね。
とりあえず、僕の気配察知では虫魔物の気配は感じない。僕らが到着する前に壊滅した町村や街のことは残念ではあるが、それは人間のやらかしたことだ。僕が大量の虫魔物を屠ったことで、王都の外縁を柵で固めていた重装備の兵団が歓喜の雄たけびを上げている。だが、残念ながら僕らは君達の味方とは限らない。
「スルト、落ち着いた?」
「うん。パパもこれからは無茶しちゃダメ。アレは、それくらい怖かった」
「解った解った。よしよし」
「うんむ。パパも無事でよかった」
僕とスルトは派手にやってはいるが、子供の姿だ。砂埃と距離でしっかりとは見られていないはずだ。スルトに穴を掘ってもらい。埋め戻しながらこの場を去って、隠れられる場所で僕の外套に2人ですっぽり入って大人しくする。予想どおりに王国軍らしき連中が草原を検分しだした。僕らを探しているようで、上官らしき人物が部下に区域を割り振って捜索を始めている。
ま、僕もスルトも人間の英雄になる気は一切ない。
特にスルトはリリアさんやエリアナの領地に住まう、心優しい人間以外には懐かない。この不思議ちゃんは意外と人を見ていて素行の悪い人間にはかなり辛辣だし。そういう意味で、外部でこの子がいきなりなれなれしい扱いをされることを許容できるとは思えない。今日はこのままやり過ごそうかな? ……と思っていると、空から物凄い怒気の塊が降りて来る。
その姿はいつにもまして壮麗で厳か……。また、怒りも加味しているからか、僕らですら近づき難い雰囲気がある。それと蛟モードのツェーヴェが水の塊の上から大軍を降ろしている。あぁ、ミズチの大河で阻まれていた軍勢か。それの一部のようだ。食料や衣料品などの備品を配りまわり、手当や救助を早速し始めている。何故、全軍でないのはよくわからないけれど……ツェーヴェの力量なら全軍運んでも余裕なはずなのにな。そして、ツェーヴェが吠えた。
「シュー!! シュシューーーールル……。我は蛟。河川と源泉の守り神だ。此度、魔境、黒の森に手を出した件、どのような高尚な理由があるのか、我が直々に問い正しにまいった。人よ、答えよ。直答を許す!!」
あ……。ガチギレモードっすね。僕の横でスルトが怯えている。スルトもツェーヴェに叱られるのは嫌だもんな。……叱られるのが好きなのは特殊な性癖の人だけだと思うから。スルトが正常。うん。スルトは正常だ。とりあえず、僕らはツェーヴェに注目が向いている内に、近くまで来ているゲンブやタケミカヅチ、ヴュッカ、テュポーンと合流しよう。それからこの現状をしっかりすり合わせないといけないしね。
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・成長記録→経過
クロ
オス 生後85日~90日
主人 エリアナ・ファンテール
身長110㎝
取得称号
NEW ・黒焔の英雄 ・良き父を目指して
取得スキル
NEW +魔砲術 +王の威厳
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