閑話 魔導師団副長の憂鬱②
アルフィリオ視点、後編。
一度、コルネリオから通信があった。
『騎士団長と合流した。城の地下にある騎士団の塔までの通路が使われている可能性があるらしい。今から通路に向かうので、何かあったら連絡するように』
――そして騎士団の塔を見張り、深夜にさしかかった時間。
通信機に反応があった。
『――コルネリオだ。今『彼女』が塔へ向かった』
暫くして。
『こちらリーネ。ユーナの魔道具に反応あり。多分攻撃されてる』
淡々と告げられた。
『了解。こちらは救出に向かうので団員は全員その場で待機しているように』
コルネリオの指示に、動きそうになる足を止めた。
二人の団長がいる。双子が渡した魔道具もある。
なのに、焦燥感が募る。
自分がどうしてここまで動揺するのか分からない。
――戸惑いながらも、暫くして。
『アルフィリオ、騎士団の塔から地下通路に来てくれないかな』
コルネリオに呼び出された。
口調がいつもの飄々としたものに戻っていたので、大事にはならなかったようだ。
『他の皆はそのまま……、そのまま待機していてもらうけれどリーアは部屋に戻ってもいいからね』
コルネリオは途中言い直しつつ、そう指示をした。
やはり気になっていたらしい。
――騎士団・魔導師・魔術師それぞれの塔は内部の構造は似通っている。
入口から入ったすぐ横に地下への扉があり、開けてすぐ目に入る階段を下るとそこには通路が広がっていた。
薄暗いので、照明用の魔道具を使うことにする。
任務などでは、周囲を確認せずいきなり明るくすることは悪手である。だが自分を呼び出したということは、外の警戒はしつつも大体の所は終わったということだ。
そうでなければ基本非戦闘員の魔導師団だけを見張りに残す指示はしない。
少し進み、突き当たると、右側から明かりが差していた。
そこには数人の人影が見える。
近付くと、コルネリオが手を上げた。
「悪いね。今から私達は彼らの聴取を行うのだけど、ユーナが起きてくれなくてね……。彼女を魔導師の塔へ連れて行って欲しいんだ」
困ったように示されたのは目の前の部屋の中。
床に転がされた男が数人、同じ状態の女が一人。
そして、呑気に寝ている女が一人。
「…………」
イラッとした。
分かっている。魔道具の効果であることは。
しかしそれでも何やら腹が立つ。
先程までの焦燥感は何だったのかとすら思う。まあ、取り越し苦労だったならばそれで良かった。……ということにしておこう。
起きたら文句の一つでも言ってやろうかと思いつつ、アルフィリオはユーナを抱え上げた。
「――っ、どうして!!」
声を上げた人物を見ると、何故か悔しそうにこちらを見ている。
「どうしてそんな得体の知れない女なんか庇うのですか!!」
胃が冷えるような感覚がした。
……きっとそれは不愉快さであろう。
吐き気がした。
「――彼女は見習いとして、陛下が容認し、魔導師団長と騎士団長が書類を確認した。不備を問うのであれば、その全員を納得させるだけの理由を述べろ」
冷静に。
そう自分に言い聞かせ告げるが。
「その存在自体が!! 城内の者と同じ待遇を受けるなんて許されることではないでしょう!?」
お前は一体何様だ。
そう口に出しそうになったが、その前にジークハルトが手を出した。
ガッ、という音と共に、彼の剣が床を貫く。
「貴様に何の権限がある。どんな人間であれ、自分の言いなりにならなければ閉じ込め乱暴することが許されている訳がない。……辺境伯の孫娘であろうが、今までの罪も含め、貴様に相応しい罰を与えてやる。覚悟しろ、イザベラ=シュツラー」
罪人は青ざめた顔で目の前に穿たれた剣を見ているが、今更手遅れだ。
この場所に止まっている必要はないだろうと、アルフィリオは魔導師の塔へ向かうことにした。
騎士団の塔を出て、周囲を確認する。
誰もいないことを確認してから、一度抱えたユーナを下ろし、手のひらほどの大きさの紙を一枚取り出し、ユーナを抱え直した後、それに魔力を流す。
青い光に包まれた一瞬後には、魔導師の塔にある部屋の一つに移動していた。移動用の魔法陣が床に書かれている部屋である。
自力での転移は無理でも、道具があれば転移は可能だ。
ただし、大量に魔力を使う。
ティダリアの魔導師団・魔術師団の中で、人を含む生物の転移が自由にできるのは現状、コルネリオだけである。
ただ、生物以外であれば転移陣での運搬ができるようになってきてはいる。
生物も転移できる装置の開発も進んでいる。そちらは検証段階まであと少しだ。
本来であれば、転移など逆に面倒だ。しかしユーナを魔導師の塔まで運ぶには遠い。自分の体力では途中で力尽きる。
あと他の団員に見られるのが嫌だ。
とはいえ、塔に残っている双子には見られてしまうのだろう。一番見られたくない相手だが、ユーナの目が覚めないのだから仕方がない。
再度ユーナを床に下ろし、魔法陣に組み込まれている魔石の一つに魔力を流す。
新たに陣が起動し、今度は魔導師団長の執務室のある階へ移動した。
ユーナを抱え直して中に入ると、リーアは自室に帰ったらしく、リーネだけが残っていた。
彼女は入ってきたアルフィリオを、次いでユーナを見た。
「お帰りー。見事に爆睡してるわねー」
「……ちゃんと目覚めるんだろうな」
「危険がなくなったと判断したら術は解除されるようにしてあるから大丈夫だと思うけど、まあ急拵えの試作品だから何かしら不具合はあるかもねぇ」
不安しかない。
しかし、ユーナが保護されてすぐにコルネリオから守護用の魔道具制作を頼まれたのだ。時間がなかったと言われてしまえばどうしようもない。
ソファの空いている場所へ、ユーナを座らせる。首が傾いたが、起きる気配はない。
「……アルフィリオさぁ、ユーナの扱いちょっと雑じゃない?」
「騎士団の塔からこの状態を抱えてきて丁寧な扱いができるわけがない」
「一息かつ断言……。せめてベッドに運んであげたら?」
「何処に」
「何処って、……あー、うん、『あれ』が準備してたわけがないわねぇ」
『あれ』とは即ち騎士団の塔で捕まったあの女のことだろう。
どう考えてもユーナのための部屋など用意している気がしない。
「仕方ない。僕の出番はもうないだろうし、城に行って客室を用意してもらってくる。ユーナは頼んだ」
「だったら私が行ってくる。アルフィリオは休んでなよ」
「……何を企んでる」
双子が自分たちと仕事以外のことに自主的に動くなど、怪しいにも程がある。
「失礼な。今回の件について説明するのが面倒くさいだけですー」
確かに、いきなり巻き込まれたのだ、説明は必要だろう。
しかし。
「客室の準備の方が面倒だろ」
「準備するのは別の人でしょ? 私は頼みに行くだけだしー」
他人に丸投げする気満々だった。
いや、確かに準備は城の人間がするのだけれど。
「ユーナ的にも、ちょっと前に顔を合わせただけの同僚より先輩の方が緊張しないんじゃない?」
……それはどうだろう。
主に会話をしていたのはコルネリオだ。
態度が良くなかった自覚もある。
「先輩なんだから後輩の面倒見ないとねー」
ニヤニヤとした笑みを浮かべ、リーネは執務室を後にして。
眠っているユーナと二人、残された。
「…………」
眠っている、だけだ。
怪我などしていない。
それなのに、視界に赤い色が過る。
気のせいなのは分かっている。
それでも。
――白い部屋で。
――白いベッドの上に。
――横たわる姿を。
今でも鮮明に思い出してしまうのだ。
『――彼女の魂は、縛られている』
重なるように、コルネリオの言葉を思い出す。
『術者の命令に、無意識に従ってしまうように魂に組み込まれている。ある種の呪いだね。私にも解除は難しい状態だ、最悪魂が壊れてしまう』
術者の正体は予想がついている。しかしコルネリオですら慎重になる相手である。簡単には解除できないだろう。
『そのうち詳しく調べるとして、今は条件が揃った場合に備えることしかできない。――その時は必ずくるだろうから』
その時。
もし、条件が揃ったら。
――この『後輩』を助けることができるのだろうか。
答えが出ないまま、アルフィリオはユーナの目が覚めるのを待っていた。




