4話 少年は旅立つ
村長の高笑いが収まった頃、一人の女性がしずしずと前に出てきた。
カイルの母だった。
母は身動きひとつとれないガウネルと向かい合う。
「…くっ、女よ。たとえ身動きとれずとも、このガウネル貴様のようなひ弱な生き物に倒せるほどの…」
「己の慢心を悔やみなさい…」
母はカイルが今まで見たこともないような底冷えのする瞳でガウネルを見据えると、杖を横に構えた。
また何かド派手な魔法が飛び出すのだろうか…。
カイルは水晶を見つめながら、いつでも目を覆えるように腕を前に構えた。
「ふっ…」
カイルの目には、杖が一瞬消えたように見えた。
「!?」
その後、首に刺さっているバリスタの矢ごと、ガウネルの首は真っ二つに切れて地面に落ちた。
一拍の間のあと、首から血が噴水のように噴出す。
カイルにはなにが起きたかわからなかった。
母は噴出する血をよけることもせず白かったローブを真っ赤に汚し、…薄く笑っていた。
カイルは思わず身震いをした。
「さっすが熊殺しのヒーラーだねぇ! 惚れ惚れする腕だぜ!!」
父がすぐさまかけより、血まみれでまだ微笑んでいる母の肩を抱いた。
すると母ははっと何か付き物が落ちたような顔をし、頬に手をあてて「いやだわ…」と囁き照れだした。
…全身血まみれで。
広場と隠し部屋に大きな歓声があがり、ちっとも訳がわからないカイルを一人置いて村の攻防戦は終わりを告げたのだった。
隠し部屋の子供たちも合流し、村じゅうの人間が広場に集まった。
「誰か僕に説明してくださぁぁああい!!」
カインは力の限り叫んだ。
村人の中から、寄り添った父と母が出てきた。
二人とも血まみれのままで、カインはちょっと呻いた。
父はカインの目の前に来ると、そっとカインの両肩に手をおいた。
カインの両肩に血がじわりと滲む。
「カインよくお聞き。お前は、伝説の勇者なんだ。」
「…なにそれ…」
父は厳かに続ける。
「お前が生まれたとき、教会でお前が伝説の勇者だとお告げをうけたんだ。」
「いずれ魔王が復活し、あなたは魔王討伐の旅に出ると…」
母も血まみれの顔で静かに話す。
カインは両親の血まみれの姿が気になり、話から意識がそれそうになるのを必死に我慢しながら耳に集中する。
「私たちはその予言をうけ、いずれ復活する魔王からあなたを守ろうと、いろいろと手を尽くしたわ」
「ま、まさか! この村を訪れる人が誰も居ないのは、この村に目くらましの結界が張られていたとか!?」
カインの脳裏には、呪文を唱えていた二足歩行の羊たちの姿がよみがえる。
「いや、それはここがド田舎だからだ!」
「あっそう…」
なぜか自信満々に言う父に、カインはなんだかがっくりした。
「そ、そういえばあの羊はなんなの!?」
「あれは森の住人と呼ばれる精霊の仲間だ。いつもは人前に出ずに森の奥深くで暮らしているが、お前が産まれたその日に、お前を守るために集まってくれた戦士たちだ。」
よくわからなかった。
その後母や村長から説明をうけ、今日の襲撃は魔王と一緒に復活した魔物たちが、カイルが勇者として目覚める前に殺そうとして襲ってきたということを理解した。
「どうして僕だけ自分が伝説の勇者だって知らされてなかったんですか?」
「産まれたときからお前は伝説の勇者とか言われたら重たいし、嫌になってぐれちゃったり、重圧に負けて『逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ』とかブツブツ言うメンタルの弱い子になっても困るから、知らせずに伸び伸び育てようってことになったの」
「誰ですかそれ…」
母はどこか違う世界を見るように、何かを超越した表情で語った。
「…僕はこれからどうしたらいいのでしょうか」
カイルは村のあちこちに転がっている魔物の死骸を見回して聞いた。
「あなたはこれから、お城に行って王様にあうの。そしてこの国に伝わる伝説のよろいと伝説の剣をもらい、魔王を討伐しに行くのよ。」
母はそう言って、血まみれのままカイルを強く抱きしめた。
「一人で?」
「そう一人でよ」
母は寂しげに笑い、カイルの頬をゆっくりと撫でる。
カイルの頬に血がべったりとぬられる。
「…皆で行ったほうがよくない?」
「寂しいでしょうけど、あなた一人で行かないといけないの…」
カイルはもう一度、そこらへんに転がっている死骸を見回した。
「村の皆がいたら十分魔王を倒せるような気がするんだけど…」
「魔王を倒せるのは勇者しかいないの」
母は拳を握りしめながら悔しげにつぶやく。
握り締めたこぶしには血管がビキビキと浮かび、ギリギリとありえない音をたてていた。
「そういえば、カイルが一人で行かないといけないっていうお告げはなかったはず!」
司祭が声をあげた。
村人たちがざわざわと騒ぎ出す。
「カイルが心細いそうだから俺たちもついていこうか! この魔物の死骸を片付けにゃ、村での生活はできねえしな!」
村長の声があがった。
村中から賛成の声が上がり、かくして伝説の勇者となる少年とその村人たちご一行は、城を目指して旅立ったのである。
これが少年と村人たちの、長い旅立ちのはじまりであった。




