最終話 語り継がれぬもう一つの物語
いつしか空は夕焼け色に染まっていた。
ずいぶんと牧場にいたようだ。
何となく胸の中がモヤモヤするようでスッキリしないまま、カインは家路を帰る。
(そういえば、何も言わないまま学校から直接牧場に行っちゃったな…。母さんが心配しているかも…)
家の明かりが見えてくるにつれ、カインは日常に戻ってきたような安心感を覚えて胸の中が暖かくなる。
(とりあえず魔王や女の子の件は忘れよう)
そう思い入り口の扉の前でひと息つくと、どう母さんに謝ろうか考えながらカインは扉に手をかけた。
「ただいま」
「あらカイン、お帰りなさい!」
予想に反して上機嫌な母の声が出迎える。
カインは不思議に思いそっと家の中をのぞいた。
「…………」
テーブルの上には暖かい夕食が用意されており、すでに父が上機嫌で酒を呑んでいる。
そしてその隣のカインの席には、昼間に会った女の子が座って当たり前のように夕食を頬張っていた。
「おぉカイン、お帰り!」
父がカインを見て上機嫌に声をかける。
「まぁ、お父さんたらすっかり酔っちゃって!」
母が台所からサラダを運びながら笑っている。
女の子も笑顔でそれを眺めながらさらにスープに口をつける。
そこには、幸せそうな家族の姿があった。
「…………」
カインは絶句してそれを見守った。
(あれ? あの子魔王の一部とかだったよね? 決して僕の生き別れの妹とかじゃないよね? あれ?)
頭の中で必死に考えるカインを見て、母は微笑みかけた。
「いやだわカイン、何を突っ立っているの? 早く手を洗ってご飯にしましょう?」
「……母さん、その子は誰?」
カインの問いかけに母は、あぁ、と思い至ったように女の子の後ろに移動して、そのまま女の子の両肩に手をかけた。
「夕方にカインを訪ねて家に来たの」
「それで?」
カインの問いかけに母はにっこりと笑った。心なしか、女の子の両肩に置いた手にぐっと力がこもったような気がした。
⦅せっかく可愛いお嬢さんが遊びに来てくれてんだもの。一緒にご飯を食べようと思って!⦆
「カインのことを想ってわざわざ遠いところから来てくれた女の子を逃がしては、この先奥手なカインにお嫁さんなんて来てくれないと思ったの。だから、確保しておこうと思って!」
「母さんっ、建前と本音が逆になってるよ!!」
「ちなみに保護者の許可はとってるよ」
叫ぶカインに、父が意味のないフォローをいれてきた。
正直いらない。
(もしかして洗脳とか!?)
思いついた可能性に、カインは思わず険しい目つきで少女を見つめた。
少女は申し訳なさそうな顔でカインを見つめ返してきた。
『ごめんなさい。クッキーの感想をどうしても聞きたくなっちゃって、おうちの周りでカイン君を待っていたらお母様に見つかっちゃったの。なんだか凄い精神的圧力をかけられながら質問されて、つい本当のことを話してしまったらそのままおうちに連れ込まれちゃったの……。本当にごめんなさい……』
頭の中に響く半分涙交じりのような声で謝罪され、黒幕は本当に母であることを察したカインはぐったりとうなだれた。
『いや……、なんか、こちらこそごめん……』
何となしに心の中でした返事は少女に問題なく伝わったようで、少女はほっとしたような笑顔をカインに浮かべた。
そのままカインはすすめられるままに手を洗ってくると、皆と机についてなごやかな夕食をとった。
カインは夕食をとりながら少女を観察していたが、基本少女は無口なようで、父と母が機嫌よく話すのに対して笑顔で相槌をうつだけだった。
いや、父と母に圧倒されているだけのようにも見え、カインは明日ビュートにいろいろ確認しなくてはと重い溜息をついた。
カインたちが夕食を取っているころ、蜘蛛の巣と埃まみれの魔王が玉座の間でビュートから報告を受けていた。
「魔王様、先日分離したばかりの少女、カイン殿のご両親に強引に拉致されました」
「!!」
魔王は予想外の事態に声もなく驚いていた。
「あの子は魔王様の一部であったことが信じられないくらいに純粋ですからね、戸惑っている間に家に連れ込まれてしまいました」
「……あれは生まれたてであったからな……。もう少しここで世の中というものを教えたほうがよかったかもしれん……」
ビュートは蕩けるような笑顔で、憮然としている魔王をなだめた。
「そんなことをしてはあの方も変態に染まってしまうでしょうから、ちょうど良かったとわたくしは思いますよ。あの純粋さは結構カイン殿の好みだと思いますし……。最初からあの少女のお姿でカイン殿をお招きすれば宜しかったのに、恥ずかしがって魔王様のお姿でお茶会などなさるからややこしいことになりかけていましたし」
「そう! それだよ! お前、わしを縛って倉庫の隅に放り投げやがって!! てっきりそういうプレイかと思って期待して待っていたのに、そのまま本当に放置しやがって!!」
ちなみに、ビュートは少女がカイン宅に拉致されたことを報告しようとして倉庫に放置したままの魔王を思い出し、引っ張り出してきたのが先ほどのことだった。
ぶつぶつ言い続けている魔王をよそに、ビュートはそっと目を閉じて少女を確保したときの勇者の母の言葉を思い出す。
『せっかくカインが苦労して魔王を倒したのだもの。この子は戦利品としてもらってもいいでしょう!?』
進化したビュートでも気圧されそうなほどの圧力を発していた勇者の母に、少女は二度と魔王城に帰ってくることはないだろうと思いを馳せる。
(お二人とも、お幸せに……)
「とりあえず、嫁入りのご挨拶にでも行くかなぁ…」
「500年ほどそっとしておいてあげましょうよ」
「えぇ、つまらんなぁ…」
魔王の不満げなつぶやきに、美と愛の守護神になりつつあるビュートはにっこりと微笑み返しながら己の命をかけて二人の未来を守ろうと誓った。
その後、勇者のいる村には聖属性と魔属性の超強力な結界が張られ、永久的に村を守り続けたという。そのことを知るのは、村人たちのなかでもごく一握りの人だけだった。
魔王が倒された後も伝説の勇者のいる村では、決して世に語られることのない勇者と魔王の恋物語が続いていくことだろう…(ナレーション:byビュート)
「ちょっと! 何だか綺麗にまとめているけど色々とおかしいでしょぉぉおおお!?」
「いやあねぇ、カインったら何もない所に叫んじゃって。あ、お塩はそのくらいで。さっぱりした味付けのほうがカインの好みだから」
「はい! お母様!」
「何か勝手に進行してる……」
「カイン、奥さんが強いほうが家はうまく回るって早いうちに納得しとけ。先輩である父から贈る言葉だ…」
「…………」
いろいろとアレだけどこれでお終い!
「本当にこれで終わっちゃうの!?」
「あ! 『二人は幸せにいつまでも暮らしました』が抜けていますね! …カイン君!」
「……なに?」
二人はじっと見つめあった。
「いろいろと順番がおかしくなっちゃいましたが、ボク、頑張ります。二人で……その、幸せになりましょう……」
「……うん」
どちらともなく伸ばした手が重なる。
赤い頬に負けないぐらい重なり合った手は熱く、二人はそっと照れたように微笑みあった。
そこでカインはあることに気が付いた。
「…あれ? 今『ボク』って言わなかった?」
少女…にしか見えない相手は、握った手にさらに力を込めて微笑んだ。
愛らしいとしかいいようのない笑顔に見とれつつも、手に伝わる予想以上の力にカインは怖気ついた。
「え…、君って女の子? それとも男の子なの!?」
そっと目を伏せ頬を染めながら、少女と思しき存在は答えた。
「…それは、初夜の時にわかりますよ…」
今度こそおしまい! 若人らに幸あれ!!
「いやぁあああ。こんな展開のまま終わらないでぇええええ!!」
「ボクっ娘」なのか「男の娘」なのかは、あなたのおいしいほうで完結させてください。世界は、幾つもの選択肢に満ち溢れているのですから!!(逃)




