2話 隠し部屋と結界
カインたちが村に着くと、小さな村の広場に村人全員が集まっていた。
カインと父の姿を見て、村長が険しい顔でかけよってきた。
「とうとう、この日が来たな…」
「あぁ、やはり避けられぬ運命のようだな…」
村長と父が深刻な表情で話すのをどこか上の空で聞きながら、カインは広場を見渡した。
どうして広場に皆集まっているんだろう?
…どうして皆、僕の顔を不安そうに見ているんだろう?
「さぁ、運命のときはきた! 皆、命をかけてカインを守るぞ!!」
「「「おぉ!!」」」
村長の勇ましい宣言に、村中の老人から子どもまでが雄たけびをあげた。
「え? え?」
カインは、自分だけがこの事態に理解できていないのだと気付いた。
「さあ、カインこっちよ!」
戸惑っているカインの手を、村の子供たちのお姉さん役でカインが淡い恋心を抱いているイサベラが引っ張った。
見れば子供たちも、カインを気にしながらも同じ方向に向かおうとしている。
カインは誰かに説明してほしかったが、皆の緊迫した顔を見ればそれどころではなさそうで、誘導されるままに村長の家に駆け込んだ。
体格のいい少年たちが、大きなソファをどかしてカーペットをめくった。
そこには、隠し扉があった。
カイン以外の子供たちは驚くこともなく、すばやく隠し扉を開けるとはしごをつたって降りていく。
いつもは泣き虫の村一番チビの女の子も、泣きそうなのをこらえながらどんどんとはしごを降りていく。
「さぁ、カインも早く!」
最初にソファを動かした男の子たちがカインをうながした。
「え…お前らは降りないの?」
カインはいやな予感に、握り締めたこぶしがじっとりと汗ばむのを感じた。
「俺たちが残らないとここを隠せないし、いざというときは剣でここを守らないといけないからな!」
「嫌だ! なにが起きてるのかさっぱりわからないけど、一緒にいかないと嫌だ!!」
訳がわからぬまま泣き叫ぶカインを、なだめるように少年の一人が肩をたたいた。
「いいか、カイン。お前にはこの世界の運命がかかっているんだ。なにがあっても生き延びろ!」
「意味がわからないよ!」
「さぁ、行け!」
「カイン、何してるの!? 早く降りていらっしゃい!」
カインは少年に背中を押され、梯子を上ってきたイサベラに手を引かれ、泣く泣く隠し通路に入っていった。
完全にカインの姿が見えなくなったのを確認し、少年たちは元のようにカーペットとソファを戻した。
そして玄関のほうを鋭い目つきでにらんだ。
「さて、俺たちで伝説の勇者を守るとしますか!」
カインは手を引かれて歩き、やがて扉をくぐると広く明るい部屋についた。
そこには、上に残った少年以外の村の子供達全員の姿があった。
「いったい、何が起きているの…?」
カインは誰でもいいから説明をしてほしかった。
「説明はあとよ! カインは小さい子供たちと一緒にいて! さぁ皆、練習したとおりに動くわよ!」
イサベルの掛け声に、カイン以外の子供たちがいっせいに返事をした。
「カイン、こっち…」
泣き虫のチビに手をひっぱられ、カインは3人ほどの小さい子供たちの中に入る。
「何これ!?」
そこには2つほどの水晶玉があり、ひとつは呪文を唱えている羊たちの様子を、ひとつは村の様子をうつしていた。
村の広場には、鎧をつけ剣や槍や杖を装備した村人たちの姿があった。
「父さん、母さん!?」
そこには鎧に身を固め、子供よりも大きく幅広い刃のバスターソードを片手で持ち上げている父と、白い魔術師のローブに身を包み杖を構えている母の姿があった。
カインは一度も両親のそんな姿を見たことがなかった。
「カイン、しーっよ!」
まだ舌足らずな子供たちに注意され、カインは口をもごもごさせながら黙った。
「ちた!」
羊たちの映る水晶に、動きがあった。
なんと、見るもおぞましい目のうつろなゾンビや猛々しい獣のような化け物、骸骨たちがむらがってきたのだ。
空にも、翼の生えた化け物や、鳥形の化け物が群がっている。
「ひぃぃっ!!」
カインは悲鳴をあげたが、その隣でちびっ子たちは真剣な表情で水晶を見つめている。
冷静なちびっこたちを見てカインは我を取り戻し、顔を赤くしながら水晶をのぞきこんだ。
羊たちの周りには何か透明な壁があるようで、化け物たちは鋭い鍵爪で切りつけたり、強い酸性の体液をかけて突破しようとしているのが見えた。
しばらく化け物の集団はもがいていたが、透明な壁は強固にその場を守っていた。
訳がわからないなりにカインが安堵のため息をついたそのとき、化け物の集団に変化があらわれた。
「?」
カインが息をとめて見守る中、化け物たちが割れて黒いローブの何者かが前に出てきた。
その黒装束は化け物たちよりも一回り大きく、なにやら尋常ではない雰囲気をかもしだしている。
「あ!」
黒装束が長剣を抜いた。
それは刀身が持ち主と同じく真っ黒の剣で、水晶越しにも禍々しい気が伝わってきた。
目にもとまらぬ速さでその剣を一閃した瞬間、何もなかった空間に、透明なガラスの破片のようなものがキラキラと化け物たちに降り注いだ。
割れた結界がめくらましになっている間、二足歩行の羊たちは猛スピードで森の中へと逃げていった。
「森の住人たちの結界が一太刀で破られるなんて!!」
見ていた子供たちが悲鳴をあげた。
森の住人てなに? 結界ってなに? あの化け物はなに?
カインの心の疑問を答えてくれる人はいなかった。
「村に魔物が来るぞ!」
誰かの声が部屋に響いた。