1話 魔大陸への上陸
翌朝、港には大漁旗を掲げた漁舟が所狭しと並んでいた。
長いこと海に出ることもなく港につながれたまま波に揺られるだけだった舟たちは、飾り旗をつけたことで命が吹き込まれたように見える。
漁師たちやその家族も港に集まり、皆でわいわい盛り上がっている。
漁師町のやや乱暴とも言える活気にカインは呆然と見守っていた。
そんなカインの背後に、大柄な漁師の男が近寄りいきなりバシバシと背中をたたいた。
「見ろよ! お前さんのおかげでこの村は活気を取り戻した。魔王がいようがいまいが、これならどんだけでもやっていけるぜ!」
背中の痛みと隣でがなり声をあげる漁師にカインが驚いていると、他の漁師もカインの回りに集まってきた。
「そうだ、この風はお前さんが運んできてくれた! ありがとうよ!」
「俺なんざ、銛で魔物を倒せそうな気がしてきたよ!」
「そしたら皆で魔物をさばいて食ってみるかねぇ!」
港にいっせいに笑い声が起きる。
カインはその様子を目をパチパチとしながら見まわし、やがてうつむいてボソボソと話し出した。
「だ、だけど、僕は何もしていません」
「かぁーっ! 勇者さまってのは奥ゆかしいもんだねぇ!」
白髪交じりの角刈り頭にねじりハチマキを巻いた親父が、見事に焼けた顔に白い歯をきらめかせながら豪快に笑った。
「俺たちにとっちゃ、勇者がいる、それだけで希望になるんだ! この港町を見な、あんたがこの笑顔をもたらしたんだ!」
カインは顔を上げて周りを見回した。
港町にいた子どもから老人までのすべての人たちが、笑顔でカインを見ていた。
カインは胸に熱いものがこみ上げてくるのを感じた。
そうか、僕が勇者であるということは、この世界の人たちの希望であるということなんだ…。
あまりにも身近にいた村人たちが強すぎたのと、あまりにも身に着けていた鎧と剣が変態すぎたので気付けなかった…。
カインは知らないが、野宿を続けていたためにいろいろな世界の人々と触れ合うこともなかったのも気付けなかった理由のひとつだ。
しかしこれは村人たちによる、勇者を政治の道具に使おうとする貴族や領主に会わせないためや、勇者だから何でも解決してくれると集ってくる人々からカインを守る理由があった。
感慨にとらわれているカインに、漁師の子供が声をかける。
「何もしていないって、アンタは昨日、大人たちが二日酔いでゴロゴロしている間に海の魔物を倒してくれたじゃないか! オイラ見ていたよ!」
とたんに周りの大人から歓声があがった。
海の魔物退治は単なる八つ当たりであったカインは、赤面しながら口をパクパクさせていた。
そして早く忘れてくださいと願っていた。
その後、何百年と語り継がれるとは知らずに。
やがて舟は港を出発した。
小さな舟が飾り旗をはためかせながら一斉に海をはしる姿は圧巻だった。
カインはそんな漁船団を眺め、そして各舟にのっている村人たちを眺めた。
まさか魔大陸にまでついてくるなんて……。
カインは村人たちに港町に残るように説得した。
しかし皆はカインのそばにいて見守りたいと強く希望し、カインもその熱意に負けた。
いや、どう考えても一番の足手まといになりそうなのは自分だよなぁ…という思いに負けた。
ちなみにマッチョ姫と子息と筋肉ボコボコ男は朝から姿が見えなかった。
誰もそのことに気がつかなかったし、最初から気にしていなかった。
やがて、舟の上にいるカインにも黒い瘴気につつまれた魔大陸の全容が見えてきた。
大陸というよりは中規模の島といったほうがいいくらいの大きさで、そのほとんどを覆い尽くすように禍々しい城が建っていた。
あれが魔王のいる城…。
カインは知らぬうちに拳を握り締めながら固唾をのんで見守った。
それは絢爛豪華な王城とは違い、まるで岩が盛り上がってできたような自然の要塞のようにも見えた。そしてその城の周囲に黒く目に見えるほどの瘴気が漂っており、気の弱いものであれば見ただけで気を失いそうなほど異様な光景であった。
やがて、船団は魔物に襲われることもなく魔大陸へと到着した。
何もいなかったわけではない。
空には鳥形の魔物が飛び交い、海には魚型の魔物が舟の側を泳ぎ、人々はいつ襲われるのかと周囲を警戒しながらの航行であった。
それゆえに、まるで魔王に誘い込まれいてるようで、カインは魔大陸に足を下ろしながら不気味なほどの静けさに身震いをした。
勇者一行を送り届けた漁村の民たちに安全な村に帰るように言ったが、勇者一行の凱旋をここで待ちたいと頑として首を横に振り続けた。
そこで司祭と魔法使いのじいさんが聖属性の超強力な結界を張り、その中で待つように指示をした。
カインは魔王城に向かいながら手を振る漁師たちをたびたび振り返ったが、魔物たちはじっと様子をうかがっているようで結界に近づくことすらしていなかった。
それはカインたちに対しても同じようで、魔物の気配があるものの姿は見せることなくカインたち村人一行はなんの障害もなく魔王城へと足を進めていった。
やがて一行は岩山のような城の入り口に到着した。
それは扉も門番もなく、岩肌に穴が開いているだけのなんの変哲もない洞穴に見えた。
カインはそっと外からのぞきこんでみたが、闇が深くてすぐ手前すら見えない状況である。
それはまるで得体の知れない怪物が口を開けて、哀れな獲物がみずから飛び込んでくるのを待っているような不気味さがあった。
カインも、そして村人達も思わず息を飲んだ。
いや、村人達はカインの反応を見守っているだけだ。
魔大陸についてから村人達は存在感を消してカインの後ろにくっついていた。
ここからは勇者であるカインの領分であったし、なにより緊張感を身にまとったカインに水を差したくなかった。
村人みんなで、カインの格好いい姿を心に刻むのに夢中だったのである。




