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2話  暗黒面に落ちかけた勇者



「…とうとう明日ね」


 膝を抱えたままうつむいていっこうに話し出す様子のないカインに、イサベラがそっと話しかけた。


「う、うん」

返事をしつつもいまだ目を合わせようとしないカインに、イサベラはそっと微笑みかける。


「不安…だよね」

「…うん。でも、僕は世界を…いや、イ……村人を守るために頑張るよ!」

「うふふっ、カインらしいわね」

本当はイサベラのため、と言おうとしたが、カインはごまかした。




「でも、カインのそんなところ、好きよ」


 イサベラの言葉にカインはバッと勢いよく顔を上げた。

そして、カインを微笑んで見つめるイサベラの視線とぶつかる。

イサベラは驚いているカインの手にそっと手を重ねた。


「カイン、私はあなたを信じている。あなたなら魔王を倒せるわ」

「イ、イサベラ…」


 カインは思わず自分の手に触れるイサベラの手を握り返した。



「イサベラ! 僕が魔王を倒して、村に戻ったら……僕と付き合ってくださいっ!!」




 イサベラは目を見開いてカインの告白を聴いた。

カインは今度こそイサベラから目をそらさずに反応を見守った。


「…カイン、ありがとう…」

やがてイサベラはゆっくりと微笑んだ。


「カインの気持ちはとても嬉しいわ。でも、私はあなたのことを、大事な弟か妹のように思っているの」

イサベラも目をそらすことなくカインの気持ちにしっかりと答える。


(僕は弟…恋愛対象としては見れないってことか…。…いや、妹としてってどういうこと!?)

カインが気持ちの整理をつけようとしてよけい混乱したときだった。



「あれ、カインも外にいたのか? 奇遇だな!」

カインの背後から能天気な声があがった。

「…ジョーイ?」



 子供たちのリーダー役のジョーイだった。村が魔物たちに襲われた日、子供たちがいる隠し部屋を守っていた少年の一人である。

彼は快活な笑顔でカインに話しかけてきた。


「何だよカイン、お前も一緒に海を見に行くのか? やっぱ珍しいもんなぁ。イサベラでさえはしゃいで、夜に二人で海を見に行きましょうって言うくらいだもんな!」

カインははっとイサベラを見た。

彼女は意味深な笑顔でカインにうなずいてみせた。



 そうだったんだ……。

カインは落ち込むと同時に、二人ならお似合いだとあきらめがついた。


「僕は明日に備えてそろそろ寝るよ。イサベラ、ジョーイお休み!」

「え? カイン、行かないのか?」

「そう、カインお休みなさい。あなたに健やかな夢が訪れますように」



 やがて二人が寄り添いながら海のほうに行くのを、カインはそっと見送った。

そしてそんなカインの寂しげな背中を、建物の影から村の大人たちと港の大人たちがそっと見守っていた。


「いやはや、若いっていいものですなぁ」

「今から、カインの失恋を悼んで涙酒でもいたしますかなぁ」

「わしももう少し若かったら、どこぞのお姉ちゃんに告白でもするんじゃがなぁ」

「こら、ジジィ!」

「あのカインが告白なんてするくらいに大人になったのねぇ…。うれしいけど、少し寂しいわね…」

「…母さん、今夜二人目でもつくるかい?」

「あなたの早漏が治ってからね」


 ちょっぴり甘酸っぱくて切なく、そしていろいろなフラグがへし折られた夜だった。





 そして朝がきた。

カインはまだ皆が寝転んでいる集会所をでて、朝もやの立ちこめる海辺で深呼吸をした。

いよいよ、魔王と対峙する日が来たのだ。

カインはもやに隠れて見えない魔大陸を、太陽がその顔を照らすまでじっと見つめていた。



 そして決意を胸に集会所の前まで帰ってきたカインに、漁師の子供が駆け寄ってきた。

「ごめん、今日の船出は無理!」

「は?」



 いきなり両手を合わせて頭を下げてきた子供に、カインの引き締めていた顔は一気にくずれた。

「漁師のおっちゃんたち、昨日飲みすぎちゃって誰一人起きてこれないんだわ。だから、魔大陸に行くのは明日にしてって!」

「……それはしょうがないですね…。わかりました…」

そういえば太陽もずいぶん上に来たというのに、集会所のほうも静かだ。




 漁師の子供と別れを告げてカインが集会所に入ると、床には死屍累々と二日酔いの大人たちが転がっており、その隙間を縫うように水やお絞りを運ぶ子供たちの姿があった。

そのなかに二人で仲良く大人の看病をするイサベラとジョーイの姿を発見し、カインは無言で集会所を飛び出した。



 そして港まで駆けていき、感情の赴くままに海に飛び込んだ。

とたんに魚型の魔物がカインめがけてわらわらと寄ってくる。

鎧を着けたまま海に飛び込むのは自殺行為のようであったが、そこは伝説の鎧と剣。

息苦しさもなければ水による抵抗もなく、カインは半ば八つ当たりのように剣を振るって寄ってくる魔物を屠っていった。




 やがて海はカインの心情をあらわすように真っ赤に染まっていった。

よってくる魔物もいなくなり、気持ちもだいぶ晴れたカインはようやく海から陸へと上がった。

赤いしずくがポタポタと地面に跡をつけていくのを、カインは感情のない瞳で見つめた。

カインはじゃっかん暗黒面に足を踏みかけていた。



 そんなカインを、伝説の鎧と剣はただ静かに見守る。

鎧と剣は考えていた。

身も心も純粋な少年こそ我が主であるべきだ。


 そうかつては思っていた、しかしだ。

今の、ちょっとダークな面に落ちかけているカインもなかなかよろしい。

いや、純粋な少年がダークな面に落ちかけるからこそ、穢れのない新雪を踏みにじり泥で汚す背徳感にも似た快感を感じることができると!!


 これは思想的敗北なのか、いや! 新たな境地の開拓である!!



 そんな鎧と剣の邪な想いに気付いたのかどうなのか、カインは己の鎧をひとつ拳で殴りつけると、頭をふってしずくを払い集会所へと戻っていった。

鎧と剣は新たなカインの一面にゾクゾクしていた。






 それから数百年後、港町にはひとつの伝説が語り継がれる。


『伝説の鎧を身にまとい、伝説の剣を携えた勇者がこの港町に立ち寄る。

彼は北に浮かぶ魔大陸の主「魔王」を退治せんがために立ち寄った。

しかし、港町の漁師たちの嘆きを聞いた勇者は、魔王退治を後回しにして海の魔物たちを一掃せり。

これにより、港町は魔王が倒れる前に元の活気を取り戻したり。


漁師たちよ、忘れることなかれ。

この町の繁栄を取り戻した勇者の存在を。


漁師たちよ、忘れることなかれ。

我らは勇者の加護を受けし者たちなり

                                              』




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