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1話  最北の港町

 


 美王ビュートの撃退をさかいに、カインたち一行を襲う魔物は雑魚ばかりとなった。

(本当に強い魔物を出し切っちゃったんだな…)

カインは魔物をほふりながら順調に北を目指し、とうとうユルル大陸最北の港町スーノにたどり着いた。



 空は雲に覆われて灰色にくすんでおり、海は不気味な静けさが漂う。

カインたち一行は風が運んでくるどこか生臭い潮の匂いを嗅ぎながら、どんよりとした港町を歩いてまわった。


 家や店に人影があるものの静まり返っており、ときおり見かける人たちの顔に生気はない。

潮風にあてられ潮焼けした家々が並ぶ小道を歩いていると、体格がよく真っ黒に日焼けした男たちがぽつぽつと座り込んでいるが、その誰もがうつむき巨体がしぼんで見える。

港に着くと海には舟の姿も海鳥の姿もなく、船着場にところせましと舟がつながれていた。

沖のほうに目を凝らすとなにか巨大な魚らしきものが跳ねているのが見えた。

カインは港町を見るのは初めてだったが、この町の様子がおかしいということはなんとなく感じた。



「ここまで活気のない港町は初めてだな…」

カインの父が顎をさすりながら町並みを見回す。

「わし、ちょっと聞いてくるわ」

村長が一行から抜け出し、集会所のようなところに入っていった。



 こういうのって、僕が聞いてまわらないといけないんじゃないのかなぁ…とカインはそれぞれ話をしはじめた村人たちを見て思った。

マッチョ姫は港町の手前まで輿に乗って運ばれていたが、人目を気にして町に入ってからは自分の脚で歩いていた。

マッチョになって重い筋肉の容量が増えた分体重が増加し、輿を担ぐ貴族の子息たちはつらそうだった。

そんな子息たちも旅のあいだになかなか筋肉がついてきて、マッチョな姫を担ぐ細マッチョな集団に更に筋肉ボコボコ男がそばに追従して、何がなんだかわからないマッチョ集団になっていた。




 やがて村長が戻ってきた。

「魔王が復活してから海に魔物があふれて、舟が出せなくて漁ができなくなったそうだ」

「そんな…舟を出してもらわないと魔王のいる大陸に渡ることができないぞ…」

村の誰かの声に、カインは奮い立つ。


(ここで、勇者である僕が漁師さんたちを説得して舟を出してもらうんだ! よし! 頑張るぞ!!)

心の中でカインは両腕を天に突き上げて気合を入れた。



「あ、大丈夫。もう話はついてるから。明日、舟を出してもらって魔大陸に行く手はずになったから!」

村長さんの声に、心の中のカインも現実のカインもその場に崩れ落ちた。

そんなカインをよそに、村人たちは村長さんを囲んで拍手を送っていた。




 魔大陸に渡る前夜、港町の集会所を住人たちの厚意により貸してもらえることになった。

どんよりと静まり返っていた港町は、勇者の登場でまた漁ができるようになると祭りのようにわきかえった。

宿泊所代わりの集会所には港町の住人が押しかけ、酒盛りや干物や塩の差し入れがあり、村人たちは燻製肉や旅の途中でつくっていた酒を大盤振る舞いして宴を盛り上げた。



 村人や漁師たちはお互いに自分たちの武勇伝を語り合った。

いささか誇張しているようでその話を信じるなら、たくさんの冒険譚がつくれそうであった。

が、カインはなんとなくぜんぶ真実なような気がしてそっとため息をついた。


 無事にこの魔王討伐が終わったなら、僕はいったいどのような英雄譚で語られるのだろう。

本当はほとんど何もしてないのに…。

いや、そもそも魔王に勝てると決まっているわけでもなく、勝ったとしてもどれくらいの犠牲がでるかもわからない。


 カインは宴会に沸きあがる村人たちに気付かれないよう、そっと集会所を抜け出した。

湧き上がる不安で宴会に水を差したくなかったし、明日に備えて瞑想をしようと思った。




 外に出て空を見上げたがあいかわらず雲でどんよりとしており、村で見ていたような満天の星空は見ることができなかった。

だが空気は夜特有の静謐さと冷たさをふくみ、規則的な波の音もくわえてカインの心を静めてくれた。



 暗闇の中に人の気配をふと感じてあたりをうかがうと、集会所の隣の建物の影でイサベラが座って海のほうを見ていた。

イサベラの少し大人びた横顔に、カインの鼓動は早くなった。


 今、この場にいるのはカインとイサベラの二人だけだった。



 カインは自分を落ち着けるように、乾いた口の中を騙しながら唾を飲み込む。

だが思った以上に喉から大きな音がしたような気がしてカインは一人で焦っていた。


「イ、イサベラ…」

しぼりだした声は頼りなく震えていたが、風に乗ってどうにかイサベラにとどいたようだ。

イサベラは少し驚いたような顔をしながらカインのほうへ振り返った。


「…カイン?」

「や、やぁイサベラ。…つ、月が綺麗だね…」

「? 雲で見えないと思うけど…」


 ふしぎそうなイサベラの言葉は、「だけど月よりも君のほうが綺麗だね」とか「僕にとっての月は目の前の君だけだよ」とか「月の女神はイサベラみたいに美しいのかな」なんてセリフが頭の中をぐるぐると回っているカインには届かなかった。



「イ、イサベラ……隣、座ってもいい…?」

「えぇ、どうぞ」

イサベラはにっこりと微笑んでくれた。

その微笑に誘われるようにカインは隣、いや、もう一人が座れそうな間をあけて座った。


 潮風が二人の間を通り抜けた。





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