3話 真に極めし者
「…そ…そうよ、かつての私は美女をはべらすモッテモテのイケメン吸血鬼だったわ…」
ビュートはいきなり野太い男の声で語りだした。
見た目と声のギャップに、カインは危うく剣を取り落とすところだった。
険しい顔で語るビュートの背後に、いつの間にか黒い薔薇が舞っていた。
「その頃から魅了の術をつかって、魔王様に逆らう愚かな人間たちを葬ってきたわ。
だけど! だけどよ、男である私の魅了は女にしか効かなかいのよ。女を魅了したところで、戦力の要である男はバンバン私を攻撃してくるのよ!
女を操ってる分憎しみをこめて攻撃力も上がってバンバン攻撃してくるのよ!!
女を操っても戦況はほとんど変わらなかったのよぉおおお!!」
もはやビュートの周りを舞っていた黒い薔薇は、渦を巻いて天高く巻き上がっていた。
カインのところにも花びらがビシバシと飛んできて地味に痛い。
自分が足りに夢中になっている今がチャンスだとは思ったが、黒い花吹雪に飛び込む勇気がもてずカインは腕で顔をかばいながら様子をうかがった。
「他の魔物からは女誑しの役立たずと馬鹿にされたわ。そこでよ! そんな連中を見返すためによ!」
ビュートはビシィィッとカインに指差した。
間合いを取ろうとしていたカインは、ビュートの剣幕におされてビクッとなった。
「私はいろいろと工事して今の姿になったのよぉぉぉおおおおおお!!」
もはや黒い薔薇の花びらは刃のようにカインに襲い掛かっていた。
カインは焦りながらも的確に剣で打ち落としていく。
「ちなみに下は残してあるから、男も女もいけるのよ。うふふふふふふふふふふふふ」
「…ぐっ!」
わかりたくはなかったがしっかりとその意味を受け取ってしまい、カインは一枚しとめ損なった花びらの直撃を受けてしまった。
鎧に一枚食い込んだ花びらが妖しく黒光りする様を見て、カインはいろんな意味で身震いをした。
そんなカインを見つめて、ビュートは妖しく舌なめずりをしながら微笑んだ。
「つまり、今の私は男にも女にも魅了の術をかけることのできる両刀使いってわけ。ご理解いただけたかしら?」
理解したくはなかった。
だが、カインはしっかりと認識してしまった。
こいつは、この美王は、カインみたいな少年の手に負えるような生半可な変態ではない!!
ゆっくりと獲物をいたぶるように近づくビュートに怖気づき、後ずさりしそうになる脚をカインは懸命に叱咤してその場に必死に踏ん張る。
ここで僕が引いたら、村の皆はだれが守るんだ!!
もはやカインを支えるのはその気持ちだけだった。
「うふふ、その怯える姿もそそられるけど、私はショタには興味がないの。だからいくら命乞いをしても無駄よ」
ビュートのその言葉に、カインは少し勇気付けられた。
「さぁ来いっ! 今度こそ、ぼくが皆を守る!!」
ビュートに向かって剣を構えたとき、カインの叫びに呼応するように剣が熱くなった。
「あっつぅうううう!!」
そのまま手を焼きかねないくらいに熱くなった剣を、カインは思わず振り放してしまう。
持ち手を失った剣は、地面に落ちることなくゆっくりと宙に浮き光り輝いた。
その神々しい光に、思わずカインもビュートも目を細めて見守った。
『己の性癖ひとつも貫き通せないでころころ変えるような半端者に、勇者の鎧を貫き通すことはできないわ…』
不思議な声が厳かに花畑に響いた。
カインは壮絶な変態比べが始まる予感に、固唾をのんで見守った。
ビュートはぐっと痛いところをつかれたように顔をしかめ、忌々しそうに浮かぶ剣に向かって叫んだ。
「わ、私だってできるなら男のまま美女ハーレムに囲まれていたかったわよ! だけど戦力にならないんじゃしょうがないじゃないの!! こうやって工事したからこそ私は魔将軍の地位に上り詰めたのよぉぉぉおおおお!!」
ビュートの激昂を軽くいなすように、剣は光りながら静かに宣言した。
『私は何千年と魔王が誕生したその日から、ショタ&チェリーボーイ命よ…』
「そ、それがどうしたって言うのよ!!」
威勢はよいが、ビュートの心は確実にダメージを受けているのが見て取れた。
『筋肉ムキムキマッチョマンや、人生の甘いも酸いも味わいつくしたダンディな剣士のほうが戦闘力が高いわ。だけど私は決して譲ることなく! ショタ&チェリーボーイを選び続けては魔王を倒してきたわぁあああああ!!』
光り輝く剣の後ろで、ドオォォォォオオオン!と光が爆発したように見えた。
「………」
カインは、戦闘のために自分の身をささげてまで魔王軍に尽くしたビュートのほうを応援したくなった。
っていうか、伝説の剣と鎧が戦闘力の高い人を選んでれば、僕のような戦闘のド素人が苦労することもなかったんじゃ…。
剣に呼応するように熱くなっている鎧を思わず殴り、自分と歴代の勇者に選ばれた少年たちに思いを馳せた。
ビュートに目をやると、もはや息も絶え絶えに花畑にうつぶせに倒れていた。
「ビュートさん、僕はあなたを尊敬します…」
そっと囁いたカインの声は、精神的ダメージに立ち上がれない悲しき元男に届くことはなかった…。
『さぁ、全てを終わらせましょう…』
剣はいっそう光を強めるとみるみるうちに分裂して24本になり、流れ星のようにビュートの身体に吸い込まれ、身体を突き刺した。
「つ、次に復活するときには、美女ハーレムを極めて上り詰めてやるぅ……」
それが、美王ビュートの最期の言葉であった。
カインは万感の思いを込めて悲しき元男の亡骸を見守った。
やがて、光をおさめた剣がそっと寄り添うようにカインの手の中に戻ってきた。
「………」
カインはあふれる感情にまかせるまま、できるだけ遠くへと剣を投げ捨てた。
剣はそっと宙を飛んでカインの元へと帰ってくる。
正気を取り戻した村人たちが声をかけるまで、カインはしばらく投げては帰る、投げては帰るを繰り返していた。
「…カイン」
アイギスト先生がカインの肩に手を置いて、なだめるように首を振った。
「アイギスト先生、なんだか理不尽です…」
「世の中は黒と白にきっちりと分けられるものばかりではありません。そのような理不尽なことを乗り越えて、人は大人になっていくのですよ…」
アイギスト先生はゆったりと微笑んだ。
「先生、僕にはどう考えても、この剣と鎧が悪に見えて仕方ありません…」
「ふふっ、そのまっすぐな思考は若いときしかできない眩しいものです。あなたにはそのまま大きくなってほしいものですね」
なんとなく会話がかみ合っていなかった。
いや、あえてぼかしているのだろうか…。
「カイン殿、操られていたとはいえ、失礼をいたしました…」
背後からかけられた声に、カインは顔を輝かせて振り向いた。
(良かった! 治療が間に合ったんだ!!)
「…………」
申し訳なさそうに立つ姫と岩男を見て絶句した。
岩男はボコボコに肥大した筋肉だらけに、そして姫も、カインの父に負けないくらいの筋肉マッチョマンになっていた。
…母さん、やっぱりアウトだよ……。
カインは今から、城で待つ王にどう言い訳をしようか考えてうなだれた。
「なにやら、治療を受けたあとは力がわいてくるような気がするのです!」
岩…筋肉ボコボコ男は両腕をまげて力こぶを見せながら叫ぶ。
「わ、わたくしもそうですわ! なんだか身体が軽くて、拳で語りたい気分なのですの!」
マッチョ姫も拳を天にふりあげ、盛り上がった筋肉でドレスの裾が裂けた。
「…喜ばしいことですね…」
カインは清々しい微笑を二人に向け、本人たちが喜んでいるならそれでいいや、と心の中で納得した。
こうして少年は、世の中の理不尽なことに折り合いをつけていく術を身に着けていった。




