第0話 エピローグ
初めましてサバ缶ちゃんです!この作品は自分の高校演劇作品の、最初で最後の作品の、そのなれの果てです。読んでくれると幸いです。
「ねえ悠真、ほんとにいくの?これ。」
凛がプリントをひらひらさせる。 “戦争体験者への聞き取り調査”。 教師が好きそうな、いかにも真面目な課題だ。
「行くしかないでしょ。単位に関わるし」
僕は気乗りしないまま歩き続けた。 戦争なんて、教科書の中の話だ。 僕らの生活とは関係ない。
そう思っていた。 あの家の扉を開けるまでは。
第一章
6月の朝は、やけに湿っている。
駅からロータリーに出ただけで、制服が肌に張り付くような気がする。
「悠真、遅い」
凛が腕を組み、僕ジトっとした目でこちらを見上げている。
怒っているより、どこか呆れている感じだ。
「いや、未だ集合時刻の10分前だし」
「20分待たされた側の気持ちも考えて」
ため息をつきながら、彼女はプリントをひらひらとさせた。
”戦争体験者への聞き取り調査”。
教師が好みそうな、いかにも真面目な課題だ。
正直、僕はあまり気が進まない。
戦争なんて、教科書の中や、テレビ画面の向こうのはるか遠くの話だ。
僕らの生活には関係がない。
「ほら、行くよ。西田誠さんの家。こっち」
凛に引っ張られるように歩き出す。
古い住宅街に入ると、湿った空気が少しひんやりとした気がする。
その刹那、どこからか風鈴の音が聞こえた。
涼しげなのに、なぜか懐かしいような、
心の奥が妙にざわついた。
「、、、なんか、思ったより古い家だな」
「文句言わないの。行くよ」
凛が戸をたたいた。
だが返事はない。
風鈴だけが、静かに鳴っていた。
「、、、留守とか?」
僕が言うと、凛は首を横に振った。
「先生が言ってた。西田さん、ほとんど家にいるって」
「じゃあ、寝てるとか?」
「昼前に寝るおじいちゃんっている?」
「まあ、いないか」
凛はもう一度、少し強めに戸を叩いた。 古い木戸が、鈍い音を立てて揺れる。
しばらくして、家の奥からゆっくりと足音が近づいてきた。 畳を踏む、乾いた音。 年寄り特有の、重くて慎重な歩き方。
僕は無意識に背筋を伸ばした。
ガラリ、と戸が開く。
「、、、なんだい」
現れたのは、白髪まじりの老人だった。 背は少し曲がっているけれど、目だけは妙に鋭い。 その視線が僕らを一瞥した瞬間、胸の奥がひやりとした。
「西田誠さん、ですよね? 学校の課題で……」
凛が丁寧に頭を下げる。 僕も慌てて続いた。
老人はしばらく僕らを見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。
「、、、ああ。聞いてるよ。入んな」
ぶっきらぼうな言い方なのに、不思議と拒絶の気配はない。 ただ、どこか“覚悟”のようなものが滲んでいた。
靴を脱いで上がると、畳の匂いが鼻をくすぐった。 古い家特有の、少し湿った匂い。 壁には色あせた写真がいくつも飾られている。
「わ、、、」
思わず声が漏れた。 写真の中の若者たちは、みんな笑っていた。 けれど、その笑顔の奥にある“何か”が気になった。
「座りな」
誠さんが指さしたのは、低いちゃぶ台。 僕と凛は向かい合って座った。
誠さんはタバコに火をつけ、ゆっくりと煙を吐き出した。 その煙が、薄い光の中で揺れる。
「で。何を聞きたいんだ」
その声は、思ったよりも静かだった。 けれど、どこか深いところに沈んでいるような響きがあった。
凛がプリントを広げる。
「えっと、、、戦争中の体験を、できる範囲でお話しいただければ、、、」
誠さんは少しだけ目を細めた。 まるで、遠い昔の景色を思い出すように。
「、、、あれは、そうだな。 俺が、まだ十七の頃だ」
その瞬間、風鈴がまた鳴った。 さっきよりも、少しだけ強く。
僕は思わず振り返った。 けれど、軒先にはただ風が吹いているだけだった。
胸の奥が、またざわついた。
誠さんはゆっくりと語り始めた。
「最初に空が変わったのは、六月の終わりだった、、、」
その声は、まるで“記憶の底”から引き上げられたように重かった。
僕は気づかないうちに、背筋を伸ばしていた。
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