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魔女達のティータイム  作者: こう


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あの日の言葉1

#魔女集会で会いましょうネタまとめになります。


「なんだ、生きてんのか」


 真っ赤に染まった視界は何も映さない。

 夜の森に響く梟の鳴き声も獣の呻きも、木々の擦れる音も聞こえなかった。

 男たちの断末魔を最後に、世界から音は消えたように感じられた。

 自分の呼吸音すら聞こえない……そんな世界が壊される。


 悍ましい惨状から逸らされていた意識が、容赦なく現実を叩きつけられた。


 まだ鮮やかさを失わない大量の血痕。土が吸いきれず、赤い水溜りとなり泥でぐちゃぐちゃになったそこに、誰かの足が突き刺さる。

 ぐちゃっと不快な音を立てて、艶美なヒールが汚れるのも気にせずに、目の前の血溜まりに誰かが立っている。

 日が落ちて久しく、森は闇で満ちている。それでもほのかに周囲を照らすのは木々の隙間から洩れる月明かりだけ―――そのはずなのに、目の前の人影の周囲を飛び交う水晶のような煌めきが、まるで舞台のように森を照らしていた。


 オルテイウス国にある、北の森。

 そこには昔から魔女が棲んでいる。

 

 魔女が使役する魔獣や施された呪いに怯え、国軍ですら進むことを恐れると言われる北の森。

 国境の境にある森は他国の侵入を阻むと同時に、その豊潤な実りを誰にも許さぬ堅牢な砦でもあった。北の森の実りに手を出したものは、魔女の怒りに触れて気が狂うともっぱらの噂だった。


 それでも悪人は恐れ知らずなもので。

 魔女の噂を笠に着て悪事を働いては、憲兵のいない森を越えて国を渡る。艶やかな実に触れて腹を満たし、魔女様々だと嗤う。


 魔女など居ない。居るのは俺たち小悪党だけだと酒を飲んだ男がいた。

 魔女など居ない。だけど魔女の噂がある限り、自分たちは安泰だとあくどい顔をしていた男がいた。

 それらはすべて、先ほどまで、つい先刻まで……確かに自分の前で動いていた。


「こいつらの仲間……にしちゃぁチビだな。攫われてきたのか、買われたのか、意外性でこいつらのガキか……ねーな。足枷ついてるわ」


 キラキラと幻想的な煌めきが照らすのは、黒いドレスを身に纏う象牙色の肌をした美しい女性。

 闇に溶けるような黒のドレスは左右非対称で、右の肩と左の太腿が大きく露出している。豊満な体つきに刺激的なドレスだが、同じ色の黒髪は活発な少年を思わせるほどに短い。目は切れ長で吊り上がった眼光は鋭く、紫水晶のように輝いていた。

 黒いレース付きの小さなシルクハットを被っているだけで装飾品の類は一切身に着けていない。それでもキラキラとして見えるのは、単純に彼女を照らす光があるからか……まるで彼女を彩る装飾品のように、その象牙の肌に真っ赤な血飛沫が飛び散っているからか。


 この女性は、夜の森に突如現れた。

 自らを小悪党だと自称する男たちの前に、何の前触れもなく。


 魔女など居ないと、男は言った。

 何故なら誰も、魔女を見たことがなかったから。

 だがそれはとても単純な話だった。

 悪党たちには察することの出来ない話だった。


 何故、誰もが北の森を恐れたのか。

 何故、誰もが魔女を恐れたのか。

 何故、恐れる魔女を目にしたことがないのか。

 簡単な、単純な話だった。


 魔女を目にしたが最後。魔女に仇成すものは生きて帰れないだけのこと。


「……うんともすんとも言わねーな。命乞いもなしか。ショックで口が凍ったか?それとも目をあけたまま意識が飛んでんのか? 聞いてんのかチビ」


 森で好き勝手する小悪党の群れを一掃しにやってきた魔女は、悪党たちの亡骸に埋もれる少年に声を掛け続けた。

 問答無用で虐殺したにもかかわらず、呆然と血だまりに座り込む無反応の子供に声を掛け続ける。

 周囲には男たちだった残骸が撒き散らかされ、森は死の香りで満ちている。

 既に様子を伺う獣たちは近づいており、魔女が離れれば男たちの肉塊は彼らの腹に収まるだろう。

 少年がまだ生きているのは、魔女がこの場に留まっているからだ。


「しっかり目が合ってんのに無視とは言い度胸だなチビ。口が凍ったにしてもなかなかだ」


 呆然と見上げたままでいれば、いつの間にか紫水晶が目前にあった。ずい、と身をかがめた魔女が近距離で覗きこんでくる。

 硬質的な、温かみのない眼光が射貫いた。びくりと肩が震えたが、逃げ出すことは出来なかった。

 足枷があるから逃げられない訳じゃない。

 不思議と、逃げるという選択肢は、なかった。


「……はぁー……強盗殺人に幼児誘拐、人攫いの類だったかこいつら。アンタの両親もこいつらに殺されて、アンタはこれから他国の奴隷商人に売り捌かれる所だったと……その前にあたしがこいつら殺したけどなぁ。そろそろうざかったしなぁ。他人様の森で好き勝手してよぉ、動物も植物も虐め抜いてよぉ……そりゃぁ養分にするよなぁ?」


 何も伝えてはいないのに、こちらの事情を把握したらしい声は一人ごちる。どうやら魔法を使われたらしいが何もわからなかった。ただ茫然と、煌めく宝石に見惚れるしかできない。

 同意を求められたが、それに反応することも出来なかった。もとよりそんなものは求めていなかったのだろう。無反応を気にすることなく、魔女は続ける。


「帰る場所も行く当てもねーんだなチビ。可哀想になぁ、可哀想になぁ。可哀想だから選ばせてやるよ」


 面倒そうに、右と左のどちらを選ぶか聞く様に問いかけた。


「死にたいか? 生きたいか?」


 一歩も動かずに悪党たちを虐殺した魔女は、硬質的な目で動かない子供に最後の問いかけをした。


 どちらでも構わないから今選べ。

 

 あまりにも無遠慮な問いかけに、閉ざされていた子供の口がひくりと動く。


 今、すぐに、答えを出さないと。

 声を上げないと、この魔女は消えてしまうと分かったから。


「ぃにっ、し……っ」

「あー?」


 それでも喉は張り付いたように乾いていて、すぐに言葉にならない。

 焦って呼吸も荒くなり、余計言葉が出てこない。喘ぐような声しか洩れず、絶望で背筋が冷えた。


 ―――だが魔女は、待っていた。


 感情の宿らない紫水晶の目で、じっと少年を見つめていた。


「し、たく、な……」


 ガラガラした声が、乾いて空気しかもれないような喉が鳴る。


「しにたく、ない……っ」


 ばきん


 鉄の足枷が、音を立てて砕けた。

 衝撃も痛みもなく、足枷だったものは子供の細い足を解放した。

 子供の目を覗きこむよう身をかがめていた魔女が立ち上がる。紫水晶が遠ざかり、子供は呆然と魔女の目を追って顔を上げた。

 しゃんと背筋を伸ばして立つ魔女が、血溜まりに座り込んだままの少年に顎をしゃくる。


「足に怪我はねーだろ、立てこら」


 言われた意味が分からず、動くのが遅れた。


 すぐに我に返り、慌てて立ち上がる。硬直していた身体はすぐに言うことを聞かず、血で汚れた泥の中に突っ込むよう転んだ。震える手足を奮い立たせるも、凍ったように動かない身体は泥の中をもがいた。

 魔女は手を差し伸べなかった。


「そこで転ぶか。産まれたての小鹿かアンタ」


 だけど、その魔女は。


「ばたつくんじゃねーよ。溺れるわけないだろ」


 子供が立ち上がるのを、悪態を吐きながら……ずっと待っていた。


 ずっと、待っていた。


あの日の言葉は短編として投稿済みです。

ちょっと削ったり足したりしていますがほぼそのまんま。


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