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メリトクラシア  作者: Lancer
第6章:紅茶と影の牢獄
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【第50話】★閉じられた舞台★(本編)

喉元に冷たい牙が迫った――息が詰まる。  

終わりだ、と絶望が喉を塞いだ瞬間。

 

白い閃光が闇を切り裂いた。  

耳を裂く轟音とともに影の網が弾け飛び、焦げた匂いが広間に満ちる。  

眩しさに思わず目を細めた俺の視界に、白い霧が流れ込んできた。

 

霧の中から、軽快な声が弾ける。 「ふふッ、そこまでよ♪ 獲物は渡さない!」

悪戯好きが秘密を暴いたみたいな調子。

けれどその声が響いた瞬間、空気は一変した。


 黒猫が尾を打ち、赤い瞳が闇を照らす。

白霧が裾を抱いて流れ、彼女の姿を鮮やかに浮かび上がらせる。

 

――場の支配者は、確かに彼女へと移っていた。



白い光が闇を呑み込み、影の網を一瞬で焼き払った。

 焦げた匂いだけを残し、黒い糸のような残滓は空気に溶けて消えていく。


 ……シャドウの動きが止まった……?

 今のは……デイジアがやったのか?

 何が起きてる……?


 胸の奥に安堵が差し込む。だがその直後、耳に残った言葉が突き刺さった。

 ――獲物は渡さない。


 ……獲物って、なんだ……?

 誰のことを言っている? オレのこと……なのか?


 胸の奥がざわつき、冷たい汗が背を伝う。息を吸おうとしても、肺が浅く鳴るだけだった。


 彼女はいったい、何者なんだ……。

 答えの見えない不安が、胸を冷たく撫でていった。


「貴様、どこから入ってきた!? 邪魔をするなら――お前も消してやる!」

 カールが叫び、影を揺らめかせる。


「あら~? 結構狼狽えているじゃないの」

 デイジアの声は軽やかで、冷ややかに響いた。

「あなたのシャドウって、その程度?」


 広間に張り詰めた空気が走り、次の瞬間を待つ沈黙が降りた。



アイリスの身体が前に崩れ落ちた。

 反射的に腕を伸ばし、その華奢な身体を抱きとめる。


 ずしりとした重み。かすかな温もり。

 ――生きてる。そう実感した瞬間、胸が強く締め付けられた。


「……ジ、ジェイド様……っ」

 掠れた声で名を呼ぶ。

 次の瞬間、嗚咽が堰を切ったように溢れ、俺の胸に縋りついて泣き崩れる。

 震える指先が、必死に服を掴んで離さない。


 俺だって怖い。足は震え、息も荒い。

 それでも――この腕だけは離さない。


「……もう、離さないから」


 涙の温もりが胸を濡らす。

 束の間の安堵を破るように、鋭い怒声が広間を揺らした。


「調子に乗るな、小僧ォ!」


 影が再びうねりを上げ、広間に黒い槍が次々と芽吹いていく――。



カールの怒声とともに、闇が無数の槍となって噴き出した。

 鋭い穂先が雨のように広間を覆い、俺とアイリスを貫こうと迫る。


 抱きしめたまま、動けない。

 足は竦み、心臓は痛いほどに脈打って――それでも――腕だけは離さなかった。


 その前に、白い影がふわりと広がった。

 デイジアだ。裾を靡かせ、赤い指輪をかざす。


 瞬間、白い光が弾け、迫る影を片端から焼き払う。

 轟音と閃光。槍は砕け、黒い粒子が霧となって散った。


 眩しさに目を細めた俺の視界に、赤い光が焼き付いた。

 人のものとは思えない輝き。胸が震え、息が詰まる。


「……デイジア……お前は一体……」

 気づけば言葉が零れていた。声が震えていた。


 デイジアは小さく首を振り、囁くように告げる。

「今は、それ以上、聞かないで」


 カールが最後の抵抗のように影を暴走させる。

 黒い奔流が広間を覆い――デイジアの一閃で霧散した。


 悲鳴を上げる間もなく、カールの身体は吹き飛び、床に叩きつけられる。

 残ったのは、焦げた匂いと沈黙だけだった。



床に沈んだカールは、呻き声を漏らしながらも立ち上がれずにいた。

 影の残滓は砂のように崩れ、広間には焦げた匂いと沈黙だけが漂っている。


「……はは……どうやら舞台から降りるのは、この俺のようだな……」

 かすれた笑みとともに吐かれる言葉は、もう力を失っていた。


 そのとき、背後の扉が軋み、規則正しい靴音が近づく。


「遅れてしまって申し訳ないわ。どうやら私の出番はなさそうね」

 軽やかな声とともにユミナが現れた。

 その背後には、影のようにノウス近衛隊の面々がぞろぞろと並ぶ。


「カール=ベレヒト。あなたを拘束、逮捕します」

 ユミナの冷ややかな宣告に、近衛たちは一斉に動いた。

 彼女たちの権限は学院ではなく、国家そのものに直結している。


「……連れていきなさい」


「はっ!」

 鋭い返答とともに、鎖が光を放ち、カールの身体を縛り上げる。

 抵抗する力は残っておらず、そのまま押さえ込まれた。


 残されたのは、まだ震えるアイリスと、彼女を抱き寄せる俺。

 「……ジェイド様……」掠れた声で名を呼び、アイリスは涙を零す。

 その嗚咽が胸を濡らし、服を掴む指先の震えが痛いほど伝わってくる。


 ふと顔を上げれば、近衛の視線が俺を射抜いていた。

 ただの候補生ではない――そう見られている気がして、心がざわめく。


 広間に残った静けさは、重苦しくも確かに終焉を告げていた。

 ――それでも、胸のざわめきは消えなかった。




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