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メリトクラシア  作者: Lancer
★【第4章】《学園編》★ テーマ:階級を超えた友情と成長
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【番外編⑦】君の膝のぬくもりは、夢より甘く

【夢の中で、君のぬくもりに触れた──それは甘い幻か、それとも……】


仮契約の夜。アイリスは、小さな不安と、胸に芽生えたあたたかさを抱えながら眠りにつきます。

夢の中で見たのは、彼女が“誰かに甘える”という、今までにない自分の姿──

そして目覚めたとき、彼の膝の上で……?


本編準拠ながらも、ほんのり糖度高めの番外編となっています。

アイリス視点だからこそ描ける「はじめての安心感」を、ぜひご堪能ください。

静かな夜だった。

 王都の空は雲ひとつなく、屋敷の中庭に面した小部屋の窓からは、淡い月明かりが差し込んでいる。

 その光に照らされた部屋の隅、アイリスは毛布にくるまり、ぼんやりと天井を見つめていた。

(……仮契約、完了……)

 まだ信じられない。

 わたしは、ジェイド様の“研修従者”として──形式上とはいえ、彼の傍にいることが許された。

 あの時、震えながら尋ねた。

 「わたしで、いいのですか?」と。

 ジェイド様は、迷わず頷いてくれた。

 「君がいい。俺が、君を守りたい」って──まるで、夢みたいな言葉で。

(でも……きっと、あれは現実だった)

 この胸の奥に、まだじんわりと残っている。あたたかくて、くすぐったいような、初めての安心感。

 ……それなのに。

(どうして、こんなにドキドキしてるんだろう)

 仮契約の手続きなんて、書類を一枚交わすだけだったのに。

 おかしいな。誰かの“もの”にされたことなんて、一度や二度じゃないのに。

(でも……ちがう。今回は、ちがうんだ)

 “道具”として連れていかれた過去とは、まったく違う。

 わたしのことを“人”として見てくれる人に、初めて出会った。

 ……それが、ジェイド様。

 ……心が、ずっとふわふわしている。

 まるで、熱に浮かされたみたいに。

「……ジェイド様……」

 声に出した瞬間、胸がきゅうっとなった。

 名前を呼ぶだけで、どうしてこんなに切なくなるの。

(あ……ダメだ。眠れそうにない)

 体が熱い。顔も火照ってる。

 足がじんじんしてるのは、今日ずっと緊張で立ちっぱなしだったせいかもしれない。

(ふくらはぎ、ちょっと重い……)

 そう思って、そっと片足を伸ばしたその瞬間──

 ──ぽたり、と何かが落ちてきた。

 涙、だった。

「……わたし、どうして泣いてるんだろ……」

 わからない。

 でも、泣きながら、少しだけ笑った。

 ……このまま、夢の中でもいいから。

 ジェイド様の手に、触れられますように。

 あの温かい声に、呼ばれますように。

 ゆっくりと、瞼が閉じていく。

 世界が、やさしく溶けて──

 そのまま、静かに眠りへと落ちていった。


 ──トン、トン……

 なにか、軽くてあたたかいものが、

 わたしの脚を、優しく叩いている気がした。

 心地よい重みと、ぬくもり。

 まるで、柔らかい掌で包まれているみたい。

(……っ、あ……)

 ふと、目を閉じたまま感じるその感覚に、身体がぴくんと反応する。

 右のふくらはぎ。

 そこを、ゆっくりと、丁寧に──揉まれている。

「や、……ん、っ」

 声にならない吐息がこぼれる。

 脚が、じんわりと熱くなる。

 まるで、ふくらはぎから心の奥まで、あたたかいものがじわじわと満ちていくようで……

(……これ、マッサージ……?)

 思考が追いつかない。

 でもその手の主だけは、はっきりとわかる。

「……ジェイド、様……?」

 目は開けていないのに、

 彼の姿が、すぐそこにあるように感じられた。

 優しい声と、やわらかい指先──

(気持ちいい……、けど……)

 なぜだろう。

 足の先だけじゃなく、胸の奥もドキドキしてる。

 知らない感覚。変な感覚。……なのに、嫌じゃない。

 ふくらはぎから、足首へ。

 再びふくらはぎへ。

 そして、今度は──ゆっくりと、指が上へと滑っていく。

「ん……あっ……♡」

 太ももの、手前。

 スカートの縁すれすれを、指がかすめた。

(だ、だめ……っ、そんな……)

「っ……や、あっ……♡ そこは……っ、ジェイド様……♡」

 反射的に腰が逃げる。

 でも、彼の手はとても優しくて、逃げきれない。

 ふくらはぎを押しながら、まるで心まで解かれていくようだった。

「わたし……変になっちゃいそう……♡」

 頭がふわふわする。

 息が上手く吸えない。

 手足が熱くて、思考が蕩けていく。

「そんなとこ、なでちゃ……ダメ、なのに……♡」

「……ダメぇ……っ♡」

 ぽつり、ぽつりと、甘えるような声が漏れてしまう。

 夢の中だから──だから許されると思っていた。

(わたし、こんなに……甘えてる……)

 彼の手が動くたび、身体が小さく跳ねてしまう。

 でも、やめてほしいとは思わなかった。

 もっと……触れてほしい。もっと……優しくしてほしい。

「……ジェイド様……♡ わたし、あなたに、全部……」


ー現実の世界ー


 「……ジェイド様ぁ……ん……♡」


 その声は、とてもやわらかく、甘かった。

 名前を呼ばれた本人であるジェイドは──


 固まっていた。


(……おいおい……まじか)


 彼の膝の上で、静かに眠っているアイリス。

 その顔は穏やかで、夢の中にいることがよくわかる。


 でも──さっき、確かに言った。

 はっきりとした声で、自分の名を、あんな甘い声で……。


(落ち着け、落ち着け、落ち着け……)


 心の中で何度も唱える。

 表情は変えずに。呼吸も乱さずに。

 けれど、耳の奥がじんわり熱い。


(……っていうか、俺の膝の上で……“あんな寝言”って……)


 ジェイドの内心は、さながら嵐だった。


 そして──そのまま、アイリスはゆっくりと目を開けた。


「……ふぁ……ん……?」


 まだ夢の余韻が残っているのか、まばたきがゆっくりだ。


 そして、自分の頭の下が「膝」であることに気づいた瞬間──


「…………っっっ!?!?」


 アイリスの顔が、ぱぁんっと真っ赤に染まる。


「お、おはよう……アイリス。なにか、夢の中で叫んでたけど……どうしたんだ? 怖い夢でも見てたのか?」


 ジェイドは、あえて何気ない声でそう言った。

 けれど、その表情の端が、どこかぎこちなく見えたのは──

 きっと気のせいじゃない。


(いや……さすがに、“甘い声で俺の名前呼んでた”とか……言えるわけねぇ)


 夢の内容には、あえて触れない。

 ただ、落ち着いた声で言葉を投げるだけ。


 アイリスは、言葉も返せず、ただ小さく「ひゃう……」と震えたまま、

 うつ伏せのまま顔を覆っていた。


(……でもまあ。悪い夢じゃなかった、か)


 ジェイドは目を伏せて、そっとアイリスの髪を撫でた。

 優しく、指先がほんの一瞬だけ、頬に触れる。



 朝の光が、薄くカーテン越しに差し込んでいた。

 まだ誰も起きていない静かな屋敷の一室。


 ソファの上。

 毛布を抱きしめたまま、アイリスはぼんやりと座っていた。

 その視線の先には、目を伏せて座るジェイドの姿。


 ──さっき、彼の膝の上で眠っていた。


 それだけでも十分に衝撃だったのに、

 その間に、自分は──とんでもない寝言を……


(……思い出すだけで……っ)


 アイリスは顔を伏せ、毛布の奥に小さくうずくまった。


(あんな声……出してたなんて……)


 現実感がなかった。

 でも、頬の熱さだけは、疑いようもなく“本物”だった。


「……ごめんな。俺、気づかなくて。

 ずいぶん疲れてたみたいだな」


 静かに、ジェイドが言った。

 声の調子は、いつも通りだった。

 変わらない。優しい。でも──少しだけ、距離を感じた。


(……さすがに、“聞いてました?”とか、聞けるわけない……)


 ほんの少し、視線を上げると、ジェイドの手がすぐそこにあった。


 無防備に、膝の上で。


(もう……ここには……寝ない……!)


 強く誓った。

 ……けれど、心のどこかで、またあの場所に戻りたくなる自分がいた。


「……アイリス?」


「っ、は、はい……!」


「夢の中で、誰かに呼ばれてたような気がして。

 ……怖い夢でも、見たのか?」


「え……」


 ジェイドは、あくまで淡々と聞いてきた。

 その目に、茶化すような色はない。

 ただ、純粋に、彼女のことを心配しているだけ──


(……ズルい。そんな風に優しくされたら、何も言えない……)


 アイリスは、そっと首を横に振った。


「……大丈夫です。夢は……ちょっと、変だっただけで……」


「そうか」


 それ以上、彼は何も聞かなかった。


 沈黙が、少しだけ流れる。


 けれど、その沈黙すら心地よかった。


 膝の感触はもうないのに、まだそこにいるような──

 あの温もりだけが、指先に、残っていた。


(……あれは夢。でも……)


 夢の中で聞いた、あの声。

 触れられた感覚。

 優しさも、恥ずかしさも──ぜんぶ、残ってる。


(“ジェイド様”って呼んで……)


 心の中で何度も名前を呼んで、

 気づけば、またその人に触れたくなっていて。


 夢の中のわたしは、まるで別人みたいだった。


(……でも、それでも──)


 ──現実でも、

 その人の傍にいられるなら、それでいい。


 朝の光が、もう一度、彼女の頬を照らす。


 それは、夢よりもやわらかくて、

 だけど確かに“現実”だった。






最後まで読んでいただき、ありがとうございました!


本編準拠でお届けした番外編⑦「君の膝のぬくもりは、夢より甘く」は、

アイリスが“従者”としてではなく、“ひとりの女の子”としての感情を自覚していく──

そんな一夜の“優しい事件”を描いたお話でした。


普段の彼女は、控えめで自己主張も少ないですが、

今回のように“本当の気持ち”があふれてしまう瞬間を、今後も大切に拾っていきたいと思っています。


なお、今回の夢パートをさらに深掘りした【IF版:夢の中のご主人様】の続編も、

今後「NOTE」の方で公開予定です!(https://note.com/lancer_official)

より“限界甘え”なアイリスを見たい方は、そちらもぜひチェックしてみてくださいね。


それでは、次回の更新でまたお会いしましょう!


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