【第28-1話】★選ばれし机★
※本編は士官学校編へ。
ここから始まるのは、階段を登る者の物語。
ジェイドとアイリスが踏み込む新たな世界では、
階級という名の「見えない壁」が待ち受けています。
彼は、この教室で何を見るのか。
そして、少年の“決意”が試される時が来ます——。
重厚な鉄と木でできた扉の前で、ジェイドは立ち止まった。
扉の隙間から流れ出す空気は、冷たい水の膜のようだった。
一歩踏み込めば、息が詰まる檻の中に囚われる。
扉の向こうからは、低いざわめきが漏れ聞こえる。
貴族生たちの笑い声、椅子が軋む音、そして淡い緊張の気配。
アイリスがそっと袖を引く。
その指先はかすかに震えていた。
「ジェイド様……大丈夫、ですよね?」
振り返ると、彼女は不安げな目をしていた。
この学校では、奴隷であるアイリスの立場も決して歓迎されるものではない。
「大丈夫だ」
ジェイドは短く答え、目の前の扉に視線を戻した。
——ここから先が、俺の“新しい階段”だ。
息をひとつ整え、手を伸ばす。
冷たい金属の感触が、微かに指先に伝わった。
扉の向こうには、どんな景色が待っているのか。
この瞬間、ジェイドはまだ知らなかった。
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ギィィ…
扉がきしむ音とともに、教室のざわめきが一瞬で止んだ。
目に飛び込んできたのは、整然と並ぶ机と椅子。
だが、整然としているのは表面だけだった。
前列は磨き抜かれた机に座る貴族生たち。
彼らの制服は上質な布地に金糸の縫い目が走り、椅子には薄く彫刻が施されている。
鈴のように軽やかな笑い声が響き、香水の香りさえ漂っていた。
だが、その音色は冷たい氷の刃のように後列に降り注ぐ。
対して、後列の机は木目が荒く、椅子も安物のまま。
平民の生徒たちは肩をすぼめ、椅子の背もたれに吸い付くようだった。
誰も視線を合わせようともしない。
「……」
ジェイドは無言で、その光景を見渡した。
これが——階級。
この学校ですら、壁は崩れていない。
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(脳内の声)
「よく見ておけジェイド。
ここは檻の中…餌になるか、飼い主になるか、選べ。」
一瞬、胸の奥がズシリと重くなる。
アイリスが小さく袖を握った。
「ジェイド様…」
その声は震えていた。
ジェイドは視線を外さず、歩みを進める。
前列の貴族生たちが、冷ややかな視線を送ってきた。
「何だ…平民か」
「特例組がここまで来るなんてな…」
——この空気に、飲まれるわけにはいかない。
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ジェイドは一歩、また一歩と教室の奥へ進んだ。
だが、そのたびに周囲の視線が刺さる。
前列の貴族生たちは、まるで見えない壁を作るかのように談笑を続け、
後列の平民組でさえも、彼に近づこうとはしなかった。
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(脳内の声)
「わかるか、ジェイド。
ここはお前が“独り”で戦う場所だ。」
声が、冷たく胸の奥に響く。
アイリスが小さく袖を引いた。
「ジェイド様…この席…」
彼女の視線の先にあるのは、後列の隅。
粗末な机とガタつく椅子。
誰も座りたがらず、まるで“敗者”の象徴のように見えた。
ジェイドは立ち止まり、深く息を吐いた。
——座るために、ここまで来たわけじゃない。
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彼は机に向かって歩み出す。
後列の平民たちが一瞬だけ彼に視線を送り、
すぐに目を逸らした。
貴族生のひとりが低く笑った。
「特例組が一席埋めたか…面白い見世物だな。」
ジェイドは肩越しに睨み返し、無言で椅子を引いた。
座ると、木製の脚がギィ、と不快な音を立てた。
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アイリス(そっと背後に立ちながら)
「……ジェイド様、わたし…ここにいていいんでしょうか…」
ジェイドは答えず、机の上に置かれた教材に視線を落とした。
まだ始まってもいない。
けれど、戦いはすでに始まっていた。
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ジェイドは机の上に視線を落とした。
粗末な木の表面には、何本もの傷跡が刻まれている。
前列の貴族生たちがちらりとこちらを見やり、
鼻で笑ったのがわかった。
「…あんな場所に座るなんて、自らの価値を証明してるようなものだな。」
「特例組が出しゃばるから、こうなる。」
声が小さくても、刺すように耳に入る。
胸の奥が重く、吐き気が込み上げるような感覚。
(……飲まれるな)
拳を握りしめる。
誰も声をかけてこない。
平民組ですら、彼と視線を交わそうとしなかった。
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突然、後列の一角から声が上がった。
「おい…」
低く、しかしはっきりとした声。
発したのはキールだった。
奴隷崩れの名誉受験者と揶揄される彼の視線は、
前列の貴族生を真っ直ぐに射抜いている。
「何か文句があるのか?」
貴族生の唇が吊り上がった。
「文句? 当然だろう。“元”奴隷がここに座る資格はない。」
教室内の空気が凍り付いた。
静寂の中で、椅子の軋む音がやけに大きく響く。
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フィーネが立ち上がり、二人の間に入ろうとした。
だがその瞬間——
**ガタン!**
椅子が倒れる甲高い音が教室に響き渡った。
ジェイドは息を詰め、思わず席から立ち上がりかけた。
(……やめろ。
これ以上、この空気が張り詰めれば——)
だが、貴族生の目に宿る光は明らかだった。
これは、力で“証明”しようとする目だ。
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**To be continued…(28-2へ続く)**
ご覧いただきありがとうございました。
今回描いたのは、ジェイドが初めて体感する“士官学校の檻”。
息苦しい階級差の中で、彼はどのように振る舞い、
何を得ようとするのかがテーマです。
次回【28-2】では、さらに空気が張り詰める展開へ。
キールと貴族生の衝突、そして“下層の反撃”が始まります。
どうか引き続きお楽しみください!




