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メリトクラシア  作者: Lancer
番外編5
38/88

番外編⑤《影たちの証言》

ご注意ください

本番外編は士官学校同期や審問庁の“外側の視点”から描かれるシリアス寄りの群像劇です。

ジェイド×アイリスのイチャイチャ要素は含まれておりませんが、**“少年を見つめていた影たち”**の物語を楽しんでいただけたら幸いです。

なお、月曜日に緊急イチャイチャ回を投稿予定です!本編とは別に甘々な2人をお届けしますので、ぜひそちらもお楽しみに!


王都の空気は、妙に澄んでいた。

グローリア試験が終わったばかりだというのに、街路を行き交う人々の足取りは、どこか軽やかで、日常の喧騒が戻ったかのように見えた。

 だが、俺の心臓は、どうしようもなく騒がしかった。

 あの日。

 ──俺は見たんだ。

 角を曲がった先、広場の中央。

 茶色の髪が、柔らかな光を弾いて揺れた。

 白いシャツの袖をまくりあげ、黒い上着を羽織った少年。

 ただ、それだけの見た目だった。

 けれど、何かが違った。

(どうして、そんな目をしている?)

 まっすぐで、淀みのない瞳。

 あれは、何を見ている目だ?

 俺たち下層の人間が持つはずのない──冷たさと、決意の光が宿っていた。

 「……レオンハルト、って名前らしい」

 試験場帰りの商人が呟いていたのを、盗み聞きした。

 ジェイド・レオンハルト。

 名前を聞いただけで、胸の奥が熱くなった。

 嫉妬か、羨望か──わからない。

 ただ、声をかけることはできなかった。

 俺のような者が、彼に触れてはいけない気がした。

 気づけば、息を潜め、路地裏の影に身を潜めていた。

 彼の背中が、ゆっくりと人混みに飲まれていく。

(これで、いいんだ)

 名もなき俺と、あの少年は違う。

 手を伸ばせば届く距離だったのに。

 どうしても、その背中を追えなかった。

 ──それが、最初で最後の邂逅だった。

──だが、あの少年を見つめていたのは、俺だけじゃなかった。

 王都の街角で、学院の広間で。

 誰もが無意識のうちに、視線を向けていた。

 「……あいつ、知ってるか? ジェイド・レオンハルトってやつ」

 学院の片隅で、そんな声が囁かれる。

 それは、やがて噂となり──静かに広がっていった。

「おい、聞いたか? ジェイド・レオンハルトってやつ。」

 昼休みの広間、騒がしい談笑の中で、奴の名前が小さく囁かれた。

 同期たちの声は、興味と侮蔑、ほんの少しの恐怖が混ざっていた。

「平民のくせに、よくここまで来られたもんだよな」

「はは、グローリア試験の奇跡ってやつか?」

「奇跡? そんなもん長くは続かねえよ」

 笑い声が弾ける。

 だが──皆が同じことを感じていた。

(……どこか、おかしい)

 訓練場での奴は、滑稽さとは程遠かった。

 体はまだ小さく、動きもぎこちない。

 だが、その一歩ごとに地面がわずかに軋むような、妙な“重さ”があった。

 剣を構えた時、周囲の空気がひりつくような静寂に変わったのだ。

(まるで、訓練じゃなく戦場に立ってるみたいだった──)

「けどよ……あの目、見たか?」

「……目?」

「訓練の時、チラッとこっちを見やがったんだ」

 同期の一人が低く呟く。

 茶化す声が一瞬止まった。

「……まるで、全部わかってるみたいな目だった」

「やめろよ、気味悪いな」

 重たい沈黙が落ちる。

 誰もが笑いながらも、心の奥底で薄く震えていた。

(ジェイド・レオンハルト……あれは本当に、平民なのか?)

 そんな疑念が、誰にも打ち消せない影となって残った。

【記録本文】

当該対象ジェイド・レオンハルトは、グローリア試験および士官学校入学後、

複数の第三者観測者から断続的に視線を向けられる現象が確認された。

観測者の証言は匿名性が高く、以下のような記録が残されている:


【匿名証言抜粋①】

「……奴は、ただの子どもに見えた。けれど、なぜか目を離せなかった」

【匿名証言抜粋②】

「平民のくせに、あんな動きをするとは。笑いものにしてやろうと思ったのに……気づけば、背中が冷えていた」

【匿名証言抜粋③】

「あの少年は何かを隠している。そう思った瞬間、目が合った。

……まるで、俺の内面まで見抜かれたような気がした」


これらは偶発的な好奇心によるものか、もしくは当該対象が持つ特異な精神性・戦闘適応能力によるものか、現時点で断定できない。

本報告は参考記録として審問庁内に保管する。


【記録官注釈|ヴィオラ=スティルネン】

当該記録の重要度は中程度と判断。

監視対象昇格の要件は現時点で満たさないが、継続的な観測は必要とする。

──記録官として冷静であるべきだ。

それでも、私は一度たりとも彼の眼差しを忘れることができない。

あれは、ただの少年の視線ではなかった。

背後に何か得体の知れぬものが潜んでいる──

そう思わせる“異質な光”が、確かにあった。

この記録は官僚的に処理されるべきだ。

それでも、私個人は彼に僅かな興味と、

得体の知れぬ恐怖を覚えている。


【署名】

監視記録管理課 記録官

ヴィオラ=スティルネン

俺たちは、ただの影だ。

 名もなく、記録にも残らない。

 王都の片隅で、

 士官学校の訓練場で、

 審問庁の冷たい記録の中で──

 俺たちは確かに“彼”を見つめていた。


(ジェイド・レオンハルト)

 その名を呼ぶたびに、胸の奥が熱くなる。

 平民のくせに、なぜそこまで歩める。

 いや──きっと、俺たちが恐れていたのは彼じゃない。

 彼が背負う“何か”だ。


 手を伸ばせば、届いたはずだった。

 けれど、誰も彼の背中を追えなかった。

 俺たちは踏み出す勇気を持たなかった。


 それでも、願う。

 ──あの少年が、この国を変えることを。

 そして、俺たち影の存在が無駄ではなかったことを。


 誰かが覚えていてくれるだろうか。

 この街の片隅で、

 かつて少年を見つめた俺たちが、

 確かに生きていたということを。


 俺たちは消える。

 だが、影は決して無意味じゃなかった。

(……ジェイド、お前ならきっと──)



ここまでお読みいただきありがとうございました。

本番外編は、ジェイド=レオンハルトという少年を外側から見つめていた“影たち”の証言をテーマに描きました。

名前も記録も残らなかった者たちの視線の先に、ひとりの少年が確かに立っていた──

そんな群像劇として、この物語があなたの心に少しでも響いていれば嬉しいです。

そして、お待ちかねの皆さまへお知らせです。

次回、月曜日夜22:00に 《甘美なる夜──ジェイドとアイリスの場合》 を投稿予定です!

本編とはガラリと雰囲気を変えた“完全甘々イチャイチャ回”となりますので、ぜひこちらもお楽しみに。

それでは、また月曜日にお会いしましょう──。


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