第92話 『砂漠の都・アル=ザハール』
砂の海を渡る旅路は、過酷そのものだった。
昼は灼熱の太陽が肌を焼き、夜は凍えるような寒さが襲いかかる。足元の砂は歩くたびに奪われ、まともに進むことすら一苦労だった。
「……やっと見えてきたわね」
セリナが額の汗を拭いながら、遠くを指さした。
砂丘の向こうに、巨大な都市が広がっている。高くそびえる塔、複雑に入り組んだ建物群、そして人々の賑わい。
「アル=ザハール……砂漠の都か」
ユークは目を細めた。
この町は交易の要所であり、商人や冒険者、果ては流れ者や盗賊までが集う混沌の街だ。掟よりも金がものを言い、噂が飛び交い、影の勢力がひしめく場所でもある。
ユークたちは砂塵にまみれながら、ようやく町の門へとたどり着いた。
「おい、そこの旅人!」
門の前には屈強な門番たちが立っていた。彼らは長槍を構え、鋭い視線でユークたちを睨む。
「この町に入るには通行税がいる。銀貨三枚だ」
セリナが眉をひそめる。
「この町って、入るのにお金がかかるの?」
「ここは商業都市だからな。何でも金だ」
ユークは無言で銀貨を差し出し、門番たちはそれを確かめると、あっさり通してくれた。
「ふぅ……ようやく街に入れたわね」
門を抜けた瞬間、活気あふれる市場の喧騒が耳に飛び込んできた。スパイスの香り、果物の甘い匂い、動物の鳴き声、商人たちの威勢のいい掛け声……すべてが混ざり合い、強烈な熱気を放っていた。
「すごい……」
セリナは目を輝かせながら周囲を見渡す。
「こりゃあ、一筋縄ではいかなそうだな」
ユークは肩をすくめた。
その時、ひときわ大きな声が響いた。
「ようこそ! 旅の方々、アル=ザハールへ!」
振り向くと、そこにはふくよかな体型の男が立っていた。
褐色の肌に、大きなターバン。装飾のついた衣装を身にまとい、分厚い金の腕輪をいくつもつけている。
「私は ハミード 、この町で一番の商人さ! いや、世界一と言ってもいい!」
大げさに胸を張る男を見て、ユークは無言で視線を向けた。
(ずいぶんと胡散臭いのが出てきたな)
ハミードはニコニコしながら、ユークたちを見回した。
「おやおや、ずいぶんと疲れているようだね? まずは宿でも取った方がいい。いや、もしかして情報を求めてここに?」
セリナが反応する。
「情報……何か知っているの?」
「フフフ、商人たるもの、この町のすべてを知っていなければならない。だが情報には値段がある」
ハミードは指を擦り合わせる。
「安くしておこう、銀貨五枚でどうだ?」
セリナが思わずむっとする。
「最初からお金の話? そんなの信用できないわ」
ハミードは肩をすくめた。
「ご立腹ですか? では、こうしましょう。まずは“お試し”といきましょうか。銀貨一枚分の情報をサービスしましょう!」
ユークは腕を組みながら、軽く頷いた。
「試しに聞いてみるか」
ハミードはニヤリと笑い、声を潜める。
「……最近、この町の地下で奇妙な現象が起きているらしい」
「地下?」
「そう。アル=ザハールの地下には、古代の遺跡が眠っていると言われている。だが、最近になってそこから奇妙な魔力の波動が観測され始めた」
セリナが息をのむ。
「それって……もしかして、封印の影響?」
「フフフ、それを知るには、もっと金が必要だ」
ハミードは愉快そうに笑う。
「どうだい? もっと詳しく聞きたければ、私の店に来るといい」
そう言って、ハミードは市場の奥へと消えていった。
ハミードが去った後、ユークたちは顔を見合わせる。
「どうする?」
「とりあえず、宿を取った方がいいかもしれないわね。私たち、砂漠の旅で疲れてるし」
「それもそうだな……」
ユークは周囲を見渡した。
そして—— ふと、妙な違和感を覚えた。
「……?」
市場の喧騒の中、 何かが足りない気がする。
賑やかなはずのこの場所に、ほんの一瞬だけ、静寂が走った。
「セリナ、気づいたか?」
「ええ……なんだか、変な感じがするわ」
ユークは小さく息を吐く。
(もしかして、この町自体が何かに飲み込まれ始めているのか……?)
遺跡の異変が、この町の人々に影響を与えているのかもしれない。
アル=ザハールは、まだ何かを隠している。
それは遺跡の謎か、それとも、この町自体に潜む秘密か——。
ユークたちは知らぬ間に、その中心へと足を踏み入れつつあった。
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