八十話「交差する心情」
前回のあらすじ
作戦会議を通して。
紅月、ウミ、レナ、メビアは本丸。ルルカ、アリスは囮役を引き受ける形となった。
それぞれの思惑を抱き短い準備期間を経て、作戦はついに決行された。ルルカとアリスが指定通り『泥』との交戦を始める一方紅月達は本丸、王の間への侵入を開始する。
──王の間(別名:本丸)──
[バンッ!!!]
私は勢いよく大扉を蹴り、臨戦状態を維持しつつ室内へ侵入した。第一印象が天井が高いと言わざる終えないほど広大な空間はまさしく王の間という名称に相応しかった。ただ一つ不穏な雰囲気で満たされていることを除けば。
「……アレかッ。」
「お父様……。」
紅月様が声をかけたその先にいたのは王座にただ一人として鎮座する。金の鎧を纏った人魚族の男だった、顔の半分を隠せるほどの大きな冠型の兜は"ただ一人の傲慢"という感想を残さざる終えない。遠目で見ればわかるかもしれないが彼は瞑想をしているかのようにただ目を閉じていた。時を待つように………
「……メビア、」
瞼が開きその赤い瞳がこちら全体をじっと見つめた。背筋に刺すような痛みが同時に舞い込んできて、私は今すぐにでもそれを振り払おうとしたくなった。
(この……プレッシャー。)
"魔眼"をくらった時と同じような感覚だが、それらは全てかの王が放つ覇気によって起こされている現象だと再認識した。
これはどうしたものか……彼が腐っても王だと認めざる負えない、そう思わせてしまう判断材料の一つとなった。
「……っ私と話をしてください。」
メビアさんは少し息を荒くしつつ、落ち着いた嘘で顔を誤魔化しつつ目の前の王に臆せずそう言った。
「──話。お前もあの放送を見たのだろう…?
ならばわかるはずだ、我らは今宵…母なる海から、かの地を沈めにいく。」
言葉の一つ一つに重みを感じる。支配者の波動、傲慢の体現、止まらぬ王心、表現技法をいくら用いれば目の前の王を伝えられるのかすら怪しいと思ってしまう。
端的に言えば格が違う……見ている世界が違うとでも言うのか、、
「……なぜ、なぜそんなことを!!?」
「地上人は長い歴史の中、神に与えられた神秘を人知の結晶だと言った。その時点で我らとは既に袂をわかっていた……神の奇跡を下等なる種族の知恵と申した。、それだけで我々が奴らをこの海の下に沈める理由に至る!、それだけの意味がある。」
「──エゴです!……確かにお父様が言っていることが仮に事実だとしても、我々は裁定者ではありません!。この世界に生きる…彼らと同じ生物(人)なのです!!。」
「否ァ───ッ!!」
メビアさんがそう言った瞬間、脳内が真っ白になるほどの水圧が私たちの全身の力を抜き切るかのように通過した。痛みのない銃弾で体の腱を全て撃ち抜かれたかのような衝撃だった。
「そこにいる雑種どもに脳を焼かれたか──メビアッ!。」
「ッ……っ、人を殺して良い理由などどこにもありませんッ!!。ましてや一方的な侵略など、」
「ふっはははは!!!。そうだとも…!我々は人を殺すのではない───奴らのこの世界(海)に引き摺り下ろす……侵略をするのだっ!。」
高らかにそう笑いながら国王は叫ぶ。かの王から狂気の笑顔は消えない、過半数で"狂っている"そう投票が取れるほど……実に、愚かな行為だった。
「──それは…魚を陸に打ち上げるのと同義ですッ!!。」
「そうだろうっ!だが愚かにも人間どもは姑息な知恵を用いて魚を陸に釣り上げる……!、これの意味が理解できぬ頭ではないはずだメビアッ!。」
奴らは我々を知恵を使い、殺す。ならばその前に我々は奴らを、力を持って殺す。国王が言いたいことはそういうことなのだ、おそらく。
魚が息できず、最後には死に絶えるように……人にも同じように生きできるないまま最後には死に絶えるようにする。
向こうが陸を広げるのなら、我々は海を広げる。
まさしく醜い戦争の幕開けに相応しい始まり方だ。根本的な解決がどちらか片方が死ぬまで、優秀な方を生き残らせて、もう片方をメギドの火にかける。決して再生しないように……、
「だからっ!力でねじ伏せるのですかッ!!
長い歴史の中で得た知恵は人を殺すためではなく、和解のためにあるものです!。」
「妄言を垂れるなァ───!!。幾万幾年の年月がかかり我が魂魄百万暦を経て生まれ変わったとしても──ッ!!彼奴等の愚かさは微塵も変わらぬっ……貴様が証明したのだ、メビアァ!!」
「────────────ぇ、」
狂気の気迫が彼女を襲った。嘘ではない…ウソではない、絶対的な事実性、それがかの王から感じられた。信用に値する言葉を述べているのかと審査が入るはずの私の頭を豪快に破壊し、無理くりその言葉に事実性を纏わせた。一言、彼が王だからか、否。絶対に聞いてはいけない何かが次の瞬間には耳に入る。
塞いだ方が正しい、そうに決まっていると実行に移そうにもすでに体は動かない。かの王の言葉に魅了されていた、
「我が妻、は歴代最高峰の預言者。廃国寸前であった我が国をわずか1世紀の内に建て直し、名実共に……神に祝福された聖女とも歌われた…貴様の母が告げたのだ。
"新たな預言者が現る……未来、現在を見通す千里眼を持ち、この世界を救う稀代なる我が血族の末裔が。しかしかの者は我らの味方ではあらず、世界のため地を歩く者達に導かれて……間違いし歴史と断定された我らを切除する。我々の血を持って、彼女は神に等しい器に至る。"
と………な。」
「────なっ。」
「─、そん……」
私たちは息が詰まった。否定できなかった、すぐさま否定できなかった。なぜならそれが私たちの知らない紛れもない事実だと、かの王が言ったからだ。
たったそれだけ、それだけなのだ……。私たちはその光景を目にしたわけではない、私もその歴史を閲覧しだけではない。だが……何よりもかの王に続いた彼女の言葉が私たちの疑心にトドメを刺した。
「──────────ぁ、う…………、そ。」
彼女の言葉を嘘ではない。彼女は王の言葉を信じた、もちろん父親の言葉だから信じたという理屈が通らなくもない………だがその瞳に映る父の姿に信用という文字は少ない。
つまりは彼女が知っている、私たちが知らない知識に、あの国王が言ったことを"事実"とする材料が十分すぎるほどに入っていたということになる。
私や、紅月様は彼女を信じている……ゆえに、一瞬の気の緩みが私たちの言葉を大きく送らせた。
(("彼女を信じよう"))
彼女が信じた、国王の話を私たちも彼女を信じているから、信じる。
───つまりはあの国王が言ったことを信じることに値する。ふざけている、馬鹿げていると否定できたら、彼女の目から光が失われる前に言えたら、どれだけ未来が変わったのだろうか。
「近い未来……その言葉をどれほど呪ったか。貴様が生まれ…物心つく前に母と大勢の兄弟は次々と急死していった。理由もなくだ、そして貴様が物心つくまですぐ近くで見守っていたたった一人の兄も……貴様の成長と反転したように死んだ。考えたことがあるだろう…、王族という立場で100年以上続いた王国の中でなぜ貴様が第二王女という位で今更生まれたかを………。知りたくなるだろう、好奇心があるお前ならば…、何としても知ろうとするだろう、我々の血を吸った神の片鱗は────。
…………実に哀れだったな、家族の急死を知るための調査の仮定を我が新しきチカラに見立てたのは……杜撰な努力(報告書)など…見るに耐えないものだった。───貴様が行ってきた調査、それは貴様自身が行ってきた呪いの表明によって幕を閉じるのだッッ!!!。」
「───────っぁ…ァっ、、ァゥ。」
彼女の精神は限界だった。わずか数百秒の間に、こうなっていた。理解が言葉に追いつくしスピードは私たちよりはるかに彼女の方が早かった。だからなのだろうか、私達にはまだこの幻惑を断ち切るチャンスがあった。
「ふざけないでください────ッ!。」
止まっていた時が動き出したかのように……心内に溜まった一言をかの王に向けて言い放った。
「─────何?。」
王がこちらに目を向ける。その眼光に思わず身がすくんでしまう。だがそんなことを今更だ、関係ない。
「生まれて……その時から全てに呪われる。そんなことがあるはずありませんッ!!」
「ふっはははハハハハハ!!!!。、何を言う?…予言がそう告げている…歴史に名を刻んみ、幾万の事実を先読みした──最高峰の預言者である我が愛しき妻がそう告げた。もはや変えられぬ運命なのだッ!!メビアを殺し、全てを終わらせるという"事実"を。」
かの王の言い分はもっともなのだろう、だがそんなことあるはずがないのだ最初から。
「それがなんだと……それがなんだというのですかっ!!」
「───ふ、貴様如き高々数十年しか生きていない小娘が……否定できるものかっ!!。」
「───できますとも……、なぜなら人は。」
頭に浮かんだ言葉を話す。以前、私が変わったあの日からある決して否定されることのない絶対的な理屈。
「───人は完璧ではないからです……っ!」
「────は。それが、なんの関係に?。」
「関係はあります。あなたの妻が……メビアさんのお母さんが……幾万の預言を口にして、そしてそれが事実通りに起こった。おそらくはたった一度の失敗もなかったのでしょう──、ですが…そんなことはあり得ないのです。」
あぁ、知っている。昔、完璧に近い人がいて完璧を目指そうと自分勝手に思っていた人がいたことを……あまりの完璧ぶりに他者から一方的に嫌悪され、それすらも打ち返してしまうという人間がいたことを……だが、
「───何…?。」
「人に完璧という字はありません。どんなに得意であれ、天賦の才を持っているであれ、どんな叡智を積んだであれ、……この世に何も失敗がなかったという人はいないのです。────つまりは、最高峰の預言者の予言ですら、間違いが必ず一つでもあるのです。」
その人間は自分が知っている限りでは完璧というものではなかった。ただ一つだけ……夢がなかった、そしてそれは完璧に近いだけであって完璧では真になかったのだ。その者が人である以上、完璧という冠は何がなんでも絶対につくことは無い。
「戯言だな。ゆえに最後の予言が"失敗"だとでもいうのか…?、───粗末な。」
「っそれがわからないのは───あなたが今も失敗しているからです……!。」
「っ───貴様。」
王の表情が悪くなっている、だが続けろ。
今の私は止まることを知らない、だから進み続けるしかないのだ……そうであり続けるしかないのだ、誰かの不幸をこの言葉で打ち消せることがもしできるのなら、
「あなたはおそらく信頼していたのでしょう…自分の隣に立つ、最高峰の預言者でありながら、自分の妻である者を………ゆえに失敗というものを知らなかった、外れたことがない運命を信じることを選択した。───ですが、だから不可能で、理不尽で、どうしようもない運命に従うなどという道理には存在しません。」
「──────ッ。」
「きっとあなたは自分には関係のない運命だと、割り切ったのでしょう……"どうせ、自分が生きている間には起こらないこと"だと、だから呪っているのです。自分の娘がそうであった時にも、その運命に従うことを選んで!!抗おうとはしなかった!、自分の娘を……信じることができなかったのです!!、その結果が自らの後始末を力で帳消しにする事……結局は貴方の怠慢が招いた破滅の道であることに変わりません!!!!!。」
「その不愉快な口を閉じろ!!!!!!」
またもや水圧が体を通り抜ける。気力をほとんど持っていかれそうな圧倒的な覇気と殺意、いつ殺されかかってもおかしくはない。
だが……仮にこの身が傷ついても、この言葉を止めることはできない。メイドたるもの、誰かを助けるときには命だって賭けるのです。
「─────私は!、たとえ不可能でも立ち向かいます!!。それがいくら誰かにとって完璧と言われても、世界にとって間違いのない正解だとしても!!!………彼女が呪われて終わる世界を私は────決して望みません!!。」
たとえその先に希望があったとしても、最初から定められて犠牲を出すしかない終わり方なんてものは根底から間違っているものなのだ……彼女を苦しまるのならいくら世界のためであろうと、私は戦う覚悟がある。
誰に命じられるわけでもない、きっかけが紅月様に託された…から始まっているのかもしれないが…
「今…この気持ちは私だけのもの、これは私が決めたことです!!。」
あの時と同じ、メイドになると決めた時と同じ固い決意を持って私はそう言い放った。さながら主人公のような夢のセリフだと私は思っている、だが恥ずべきことだと、愚かなことだと、何より間違ったことだとは微塵も思わない。
「痴れ者がアァァ───!!!。たかだか人間一人の戯言……我が王道を砕けるものかっ!!。」
国王をは乱心したような狂気的な声でこちらを否定した。だが、それは愚かな始まりでもある…この国王はもはや王であらず、ならばするべきことは決まっている。
「私の目の前にいるのは……自分のすべきことを果てせなく。自身を呪い続け、世界を破滅へと導き、そして最後の娘であるメビアさんを信じきれなかった……もっとも愚かな王です──ッ。その愚行を、僭越ながら踏破させていただきますっ!!!。」
私は光焔槍を手に振るいながら出し、戦闘体制に入る。からだ全体に自身の炎を溢れんばかりに滾らせる…手をつたって腕に炎を宿し、迎撃に向けて、光焔槍を自身の背後に構える。
「ッおおアァァァァァァ!!!!」
王は叫び声をあげ、自身の内側から『泥』を放出した。体の至る所から『泥』が溢れてもはやその姿は怪物と成り果てていた。
『泥』が溢れ出し涙の様に垂れるその瞳がこちらを向いた瞬間、背後に蠢いていた触手のような『泥』は一斉にこちらへと攻撃を開始した。
「───彼女は終わらせません!!!この私がいる限り…………ッ。」
その声と共に入れたひとふみでこちらに向かってくる触手を横に切り伏せた。
そして切り伏せた『泥』の背後から強力な触手が針のような勢いでこちらに向かってくる。
「──ッ!。」
離したもう片方の腕を持ち手の部分に再度構えて、切り払おうと準備する。タイミングはギリギリ間に合うはずだ、なんとかもう一切り入れ込めば……
[ジジッバァァーーーーーン!!!]
私の攻撃と『泥』の接触が始まろうとした時…目の前に電撃が突如として現れ、爆発と共に触手を迎撃した。
「───そうだな…ウミさんの言う通り、。」
声の方向を振り向けば、いつもと変わらぬ彼がいた。彼の目は最初となんら変わっていない、この展開になんの感想も持たないような機械的な感覚を覚えると共に、彼の続ける言葉に耳を貸す。
「俺たちはメビアを守るために来たんだ、メビアが進むべき道を照らすためにいる。なら、たとえ父親でも、王様だろうと……ここから通させるわけにはいかない…!。」
彼の言葉には強い意志が含まれていた。私の言葉が紅月様に届いたという事実ですら満足感を感じるというのに、言葉を借りてくれるだけでもはや心強い。
「──はい!。……」
私と紅月様は武器を構えて、王と真正面から相対する。今の目的はただメビアさんを守るということ、その先のことがどうなるかはこと次第だが……どんなに不利でも、負ける気はしない。
「フッ───1人増えたか。加勢するだけに足りえない人形が……、?。そうか、確かにこれならば…ちょうど良いかもなっ!!!」
王が腕を上げると服の下から何やら黒い物体が豪速球の様にこちらに向かってきた。私は瞬間的に迎撃体制に入るも、速度的に武器を振り下ろすまでの時間はなかった。
衝突すると思った時には隣でちょうど鈍い音がし、彼を……紅月を連れ去っていた。
「───ッこいつは!!!」
[ボゴォッッーン!!!]
その言葉を最後に建物の天井を突き破り、紅月様と謎の物体は場外へと放り出されていった。ことの状況が読めない私は我に帰り次第、王の姿に睨みをきかせる。
「その様な顔をするな…、。……すぐに、会えるとも。」
不敵なフフフという笑いと共に王はそう言った。嫌な予感が背を駆けずり回る感覚を覚える、今すぐにでもこの場を離れて確かめに行きたい気持ちを抑え、私は目の前から繰り出される攻撃の迎撃を続けた。
──プロイシー王城・上水中──
ロケットを腹部に食らったようなとてつもないスピードに体を奪われ、俺は王の間から強引に退場させられた。水中をまるでジェットコースターのように連れ回されながら、慣れた時にはこの黒い物体に向けて、突き放すような攻撃を行っていた。
レールクローガンによって突き放された物体はスピードを落としつつ、俺の方へ遠回りしながら近づく。武器を構え、目前にして止まった黒い物体は体から出していた黒墨のような液体の放出を止めて姿を現した。
「………エリア、」
そう口にする頃にはちょうど彼女の顔が俺へと向けられながらあらわになっていた。
体の半分以上は『泥』に侵蝕されており、不気味な姿へと変貌していた。もはや一見するだけでは元の姿とは遠くかけ離れている。部分的に元の名残があるが…直感的にはもう助からないと診断できてしまう。
「久しぶりに感じるな…紅月。」
「……久しぶりだろうさ、もっともこんな形で会いたくなかったけど。」
「…そうか───ッ!」
エリアはどこからともなく禍々しい大剣を取り出し俺へと切り振ってきた。俺は間一髪のところでそれを受け止め、直撃を避ける。
「─ッ(重い───。)」
今まで受けたエリアの攻撃とは正反対の力による圧倒的な重量感、技術だとか技量だとか工夫だとかを一切廃止した。一撃からはその感想がすぐに出てくる。そして何よりこれを片手で繰り出したという事実に俺自身が一番動揺している。
「ま、まて──俺たちが……!」
「戦う理由など……ないと?」
[ドォォン!!!]
空いているもう片方の手を握り拳にして俺へと突き出す。装甲がモロにダメージを受ける音を耳で聞き取りながら、警報音が俺の脳内へと溢れかえった……、
「ッ───ガ!。」
「ある……あるとも、なぜなら貴様は今、私に刃を向けているからだッ!!」
無表情の中に確かな殺意を感じる。エリアは追撃を入れんばかりに豪速の一撃をもう一度俺へと与え始める。レールクローガン再度防御に回した時には受けたダメージが持続となって後からやってくる。つまりは二撃目は完全にガードできなかった。
[ガァァン!!]
「──っぐ……!。」
レールクローガンで防ぎきれなかった攻撃が胸部と肩部の装甲を切り剥がす。一撃でこの威力ならば、次はないと思ったほうがいい。
そう自分に改めると同時に、もはや…躊躇はできないと理解した。
「魔力放衣──ッ!」
全身にオーラがまとわれる、心臓部の稼働が活発になり機体全体に力がみなぎる。聞こえていた警告音もいっん静かになり、緊張感と一種の準覚醒状態が精神に影響する。
「……いくら隠し手を用意したところで──貴様の敗北は決まっている、紅月っ!!。」
「ッ───!!。」
向かってくるエリアにこちらは防戦一方だ。しかしながらチャンスを見つけてできる限り攻撃を当て続けるしかない"アレ"がくるまでの間は──!。
──プロイシー王城門前──
「第二部隊、撤退!──第三部隊、カバーにまわってください!!。」
『泥』の攻撃はなりやまらず、私たちは防衛戦であるのにも関わらず苦戦を強いられていた。最初こそ安定していた防衛戦も、だんだんと数を増やし続けている。最前線まで張っていた防御壁ももはや跡形もなく破壊され、撤退行動を織り交ぜながら仕切直しを繰り返していた。
「対異生防御壁───対異生魔力砲──っ!!」
[ボッボッボッボボガァァ───!!!]
隙を見て撤退部隊に攻撃する『泥』に対して絶妙な位置に向けて魔法を数回発射させる。1秒でも多く稼ぐこの技がもはや1秒稼げているケースが少なくなるほどの物量で奴らはこちらに向けて進軍し続けている……そしてその光景に恐れ慄くものもいる。
「う、ぅぁあああ!!!」
「対異生反撃魔法ッ!!」
バチンッ!っと小電撃のようなものが『泥』を退け、その隙に自分は浮遊魔法で仲間を救出する。
「あ、ありがとう……、」
「大丈夫、今度から前に出過ぎないで…、!。」
労いの言葉が何かの役に立つと信じて、私は元いた場所へと戻る。魔力自体は無尽蔵にあるものの、こうも長くやっていれば私自身疲労する。何せ魔法の展開自体は少しの調整が命取りになるということもある…常時の抜けない戦闘というものを味わい続ければ、精度も悪くなってしょうがない。
「───っ(それでも、お兄様のためならっ!!)」
これががんばらずにいられる理由になるか、私はずっとお兄様の役に立ちたいと考えてきて、今がその時なら苦しい時であろうとも、本人が今この場に居なかろうと←結構重要。
私はお兄様の助けになるために、頑張るだけ、ただそれだけだっ!!
「気力上昇── 多重魔法制御、弱点索敵、───いっけぇぇぇ!!!!。」
対異生魔力砲の一斉発射により、溢れかえる『泥』を寸分違わず消し炭にする。あたり一面に溢れかえっていた『泥』はほんの数秒間だけ、目の前から姿を消すことになった。
「ア、対異生防御壁………、」
すかさず空いた前線に新たな壁を構築する。私たちの目的は維持だ。撤退する場所は広ければ広いほどいい……なお城下町に入り込ませない
という条件付きであれば、自分たちの拠点はここ以外にない。
「──っはぁ。、ハァァ……!。」
大きくため息を吐き、向こう側から『泥』の音が聞こえるのを感じ、すぐに気合を入れ直す。
「ルルカさん!、無理しないでくださいね…!。」
「っわかってるよぉ!!。」
そう、そんなことはわかっている……自分でも長期戦が向いていないことくらい、自分でもお兄様がいない戦場がくだらないくらい退屈だということに、だってどうせいるなら…一緒に戦いたいんだもん!!。
でも、今はそうじゃない……ただそれを意識して、目の前の『泥』に集中する。お兄様たちを信じて───。
──プロイシー王城・王の間──
「光焔槍──炎射ッ!!」
槍先から炎の渦が放たれ、こちらに向かって攻撃を仕掛けてくる『泥』を一斉に飲み込む。
焼かれ、炎がついた『泥』は暴れながらこちらから距離を置き、すぐさま攻撃へと転じてくる。通常個体と明確に違い消滅というよりかは不得意という具合で収まっている…あくまで忌み嫌うだけであり無理を通せばこちらに攻撃が通らないわけではない。
すなわち、光焔槍単体であれば迎撃まで限界ということだ。
(彼女を連れて離脱するべきか…、)
こちらもメビアさんを守りながら戦っているせいかひどく消耗が激しい…。息が途中から上がったままもどらない、王は愉悦しつつ私に対しての攻撃をさらに加速させる。
趣味が随分と悪いこと限りなし、できれば見たくもなかったですが…こんな人には早々に付き従いたくないものだ!!!。
「どうした…?手が止まっているぞ。」
「─っく。(煽り文句も言えるほどの余裕…)」
むかついて腹が立ってきました、で戦闘力が上がるならまだしも…それでメビアさんを守れなかったら意味がない、故に………。
「ウミさん…、私のことは。」
「──ちょっと静かにしててくださいっ!!」
開口一番メビアさんが言おうとしたことに私は大きな声でそう返した。どうせそんなことを思って口に出そうとはこちらも予想がついていましたよ!えぇ、ですが……!!。
「あなたは絶対に止まらせませんっ!私がそう言ったのですッ!!。こればかりは───」
[ギィン!!]
『泥』の触手が勢いよくこちらへと突き進んでくる。私はそれを受け流しメビアさんへの直撃コースの軌道をギリギリでずらす……
「お嬢様でも──!」
[ギィン!ギィン!ガゴォン!]
続いて二撃、またしてもメビアさんを狙った攻撃、二つを切り流し…私に向けて放たれた攻撃をステップで回避。
「紅月様でも──っ!」
[ギギギギィッン─ガギャンッ!!]
着地狩りを見逃さない高速攻撃を光焔槍でスンデで受け止め、そのまま無理くり切り伏せる。
光焔槍の炎の勢いが弱くなっていることにはすでに気が付いていた……私の限界というよりは、槍そのもの構築限界だ。少なくともイメージが保てなくなってきているのを感じる──っ
「たとえ貴方でもッ!命令には従えません───!!!」
[ジジ…ブォン───ザジィィィン!!!]
力を振り絞って内にある炎を光焔槍へと流す。最後の煌めきを放ちながら、向かってくる攻撃に対して私は全てを薙ぎ払うかのような勢いで槍を振い、そこにあったすべての『泥』を一斉に焼き焦がした。
「くっ───はぁ、はぁ!。」
「ウミ…さん、」
肩に力が入らない…両腕に宿っていた炎はいつのまにかほとんど消えている…先ほどの一撃で光焔槍ももはや見る影もない、体力を代償にすれば幾分かまだ行けるはずだが……、問題はもう私に構築するだけの余裕がないということ──、光焔槍なしで戦えないわけではないが流石に近接で『泥』に触れるのは最終手段だ、それこそ…巻き込み自爆でも、、
「潮時だ……人間。これでわかっただろう、誰がこの世を統べるべきだということを。」
「ッ───、いいえ。」
「ウミさん。」
私はかの王の言葉を振り切って、足に力を入れて体をしっかりと起き上がらせる。王はこちらを見て心底理解できないような表情を浮かべた、その中には間違いなく不服さを含んでいることはまず違いなかった。
「なぜだッ!!なぜ理解できぬ──!貴様が従える理由はない筈だ、其奴にはもはや利用価値すらない、ただ世界を破滅へ導く終末装置だっ!!貴様とて、犠牲にならないわけではない筈──よもや其奴の贄となりたいのかっ!!」
「………、」
「私は……人間です。決して何かに食べられることも、食べられた先で誰かの一部になることなどありません──、」
これは単純な回答だ…。足はフラフラで、意識は戦意を少しずつ失いかかっている、だがそれでも──私には言うべきとがある。
「最後のチャンスだ。ウミとか言ったな…………貴様ほどの者は他にはいない、故に問おう、我に付く気はないか?。」
「………え!?。」
メビアさんは驚いた口調で王を見ながらそう言った。私も驚きだった…そして道理がいった。
なぜ、先ほどからの攻撃の数々が…私ではなくメビアさんを集中的に狙っていたか、攻撃手段がないメビアさん狙うことよりもどうせなら邪魔してくる私から排除したほうが得策だ。
しかしそれをしてこない、それは私を試していたから、私が光焔槍を出した瞬間から、これは彼にとってただのお遊びだった……変に引っかかっていたトゲが取れたような安心感と、同時にこの国王の何かが見えた瞬間でもあった……
「貴様のその忠義…貴様のその突発した強さ──我が築く新世界に必要だ、、とな。その力、我に預ければ貴様は新たな存在へと昇格できるッ。さぁ!答えを聞かせろ、そのチンケな者と最後の時を過ごすか!、それとも我の物になるか!!。」
「──断固お断りさせていただきますッ!!!」
その言葉を聞いた瞬間、私は反射的にそう叫んだ。
「──貴様ァッ!。」
「──私は…自分の主人は自分で選びます!!。貴方のような人を道具としか見ておらず、力がすべての果てだと心酔している人に付きたくなんかは一っっっっ生ございません!!!!。ましてやッ自分の主人を裏切るなど───私のメイド道からそのようなふざけた理屈は存在致しませんッ!!」
「────…愚かな、実に愚かな言動ッ!!よもやその存在ですら罪深い。我の言葉を仇で返すことも、その醜い心情を語ることさえもッ………いいだろう!!!、貴様の望む通り、主人と最後の時を過ごすがいいっ!!。」
王の背後に群がる触手がさらにざわめき始める。数を増やし先端の形を変え、今度こそ確実にこちらを殺すための意志を感じる……王としての余裕の風格はなく、もはや狂人とかした圧政者。
(防げるとは思わない、だが…意地でも防がなければならないこの命に変えても体に変えても……メビアさんだけはッ!!)
光焔槍を最後の力を振り絞って出現させる。
命を削った一撃、これを以て戦闘を終わらせる……どうせやるなら、防ぐだけでなく…相手を確実に薙ぎ払う一撃を──ッ。
「さぁッ!!防いでみろ──人間っ!!!」
[ピィン────ボゴォッッーン!!!]
王がそう叫び攻撃を始めようとしたその時…ものすごい勢いで何かが私と王の間に墜落してきた。私は衝突の衝撃を腕で受けながら、頭の中で状況を読み込み始める…
「何が──ッ。」
[ヒュ────ッン!!!]
「上ッ、そこかァ──!!!」
国王はそう叫び声を上げながら私に向けて放つ攻撃を空中へと向けて一斉に放った。鎖に繋がれた触手が解放と同時に放たれたような勢いで、穴が空いた天井に向かってまっすぐ水中を駆け、突っ切っていく。
[シュシュシュィィン!!───ザシュッ!!!!]
一太刀。たった一太刀の攻撃によって硬化された触手はバラバラに斬り伏せられた。
すれ違い様にそれだけの斬撃を見せたその姿は半透明な青白いマントを纏った……騎士だった。
『topic』
『泥』は強き者に従う傾向が稀にあるらしい。




