七十八話「拮抗」
前回あらすじ
紅月は自分の視点を振り返りながらウミに現状を伝えた。果たせなかった思いへ心を募らせるウミを連れながら紅月は工房へと向かう。
工房には溢れている避難民の人々に心を痛めながら、会議室へと向かう。
今まさに会議が始まろうとしていたその時……プロイシー現国王ギルバルド・フェインシーが放送を開始、地上全土を『泥』の力によって支柱に収めると大々的に表明した。
──プロイシー城下町・工房(会議室)──
「どう………して。」
部屋の中はその言葉を最後に雰囲気が一変した。全員考えていることは同じだ、まず第一に怒りがくるものがいる、そして次に驚き、次に不安と続いている。無論コレが順序バラバラであったりすることもある、私もその一人であり、憤りを感じているのか、不安を胸に抱いているのか自分自身よくわからなかった。
「──、どうするおつもりでしょうか。メビア様。」
アリスさんは口を開き、変わらない目線をメビアさんへ送り続ける。
「………。」
メビアさんはそれに対して無言で返した。この場において全員に指示をできる唯一の人物である彼女はおそらくここで真っ先に決断をしなくてはならない、だが
「っ、少し一人にしてほしい……かも。」
彼女の年齢がそれに見合うかどうかは一目瞭然である。彼女はそのまま顔を髪で俯くように隠したまま退出した。
「……私はひとまず避難民の様子を見てくる。何かあったら読んでね、紅月。」
そう言い、人魚族の人は部屋から退出した。
部屋には地上人である私達だけが取り残された、部屋の雰囲気は相も変わらずシーンとしていてなんて声を出したらいいかわからない。
「──紅月、あんたはどう思ってる。」
「……、どうも何も止めるしかないだろ。」
「そう、それは信念的なヤツ?。」
「………あぁ、決めたことを無碍にすることは、進んだ道を否定することになる。俺はそれが単に嫌いなだけだ、」
紅月様はどこかを見つめながらそう一人で言った。私に言ったのか、レナ様に言ったのか、お嬢様に言ったのか、紅月様の目はいずれも当てはまらなさそうな言い草だった。
「っ、呆れた。あんたがそんな気持ちじゃ一生あの子の心なんてわからないわよ……、」
(進んだことを否定する……、)
言葉を心の中で復唱する。、私は正直そんなふうに思ったことがない…思えない、そんな強い言葉を使えるほどに──ですが、、
「メビア様を探しに行ってきます。」
「───。ウミさん、」
そう言い残しこもった雰囲気の部屋から出ようとした時、紅月様が声をかけてきた。
「──、メビアを頼みます。」
「、はい……!。」
私は紅月様からの言葉を仕方受け止め。部屋を出た、主人に命じられることが何よりも嬉しいメイドにとってこれほどの幸福感はないというもの、お嬢様の命もさることながら、紅月様の命も私にとってはとても特別だ。
「。。。」
今回私が名乗り出たのは、彼女に少しシンパシーを感じたからだ、多分。メビアさんは紅月様、レナ様、お嬢様、アリスさんのいずれかにも当てはまらないタイプだと思っている…一番近いというならお嬢様だろう、しかし等の彼女は寝ている。
ならば二番目を自負できるこの自分から行くべきだとあの場で思ったのだ。結果的に紅月様もわかってくれていた、彼の方に託されるほどの信頼と勝算が私にはある。胸を張っていこう、私はメビアさんに選択を迫るつもりも、何かを強制するつもりも、何かを促すことをしないのだから。
(ただ彼女と話をする為……)
そして間も無くして彼女を見つけることができた。彼女はベランダの外に出ており、海の向こう側を眺めていた。その光景はまるで何かから今にも逃げようとする少女そのものだった、
「メビア様。」
「──っ!、。」
彼女は私の言葉に反射的に身をすくめた。そして、こちらに振り向くまで自分の腕で顔を2回ほど拭くような仕草をした後、こちらを見た。
「何かな、ウミさん。一応もうしばらく一人にしてほしいんだけど……。」
「、少しお話をしようと思いまして。」
私は彼女の意見を無視してそう口に出す。彼女は別に止めはしなかった、ただその目には何かを諦めたような節がすぐに出てきて何とも歓迎はされていないような様子だった。
「───綺麗ですね。」
彼女の隣に立ち、同じベランダに手をついて向こう側に広がる広大な海洋世界を見る。
感想を述べた私に付け足すように彼女は次のように言った。
「うぅん。本当は……もっと綺麗なんだ、最近はこんな感じでいっつも曇っているというか、悲しんでいるというか、、」
「………、」
私は彼女がある地点で迷っていると思っていた……しかし今の言葉から感じられたのは"そんなこと"とうにわかっているという感じだった。
自分の父親を討たないのではなく。自分の父親を討つべきかどうかで今彼女は迷っていた、普通なら信じていた相手に裏切られたのなら相当なショックを抱えるはずだ、だが彼女はそれはもう変わらない事実だと受け入れて……プロイシーの王女としての、次の国を導くものとしての命運を見ていた。
強い方だ、本来ならどうしようもないと逃げ出したいところを振り切って進み、その次の最終目標地点のような場所で最後の決断をしようと、涙している。
(この方も。)
私より強い。何倍も強い。私だったら折れている。だが彼女は折れない……なぜなら彼女はこの海を誰よりも愛しているから───。
「…羨ましいですね。」
「え……?。」
「───私はあなたみたいに、強くはありません何度も挫けそうになったところを、噛み締めてそれでいて仕方のないように進んできたんです。
それが最善だと信じることはできなかった……あの人ならそうするだろうという自分の心に偽りを持って今日まで歩んできたのです。あなたを見ていると、自分で決断していたり、何をやるべきだとかを……なんでしょう、、そう──信じきれている人を見ていると。」
「───とても羨ましく感じてしまって。」
私は自分の気持ちを彼女に伝えた……ふとした拍子に出てきた本音、しかし彼女になら…今この時なら…話したいと思った。いつもの私では絶対にしないような行為、口に意外性と違和感を多く含んでいるハズ、───でも心は不思議と穏やかで、落ち着いていた。
「、ウミさんは……弱くなんてないと思うよ。常に誰かを守るために自分を犠牲にしているなんて普通の人ができることじゃないから、だからもう少し自分を誇って……ウミさんはその人を信じて今この場に立って、その人の意思を継いでるって考えれば───それだけでこの場にいる誰よりも、強いから。」
「──────。」
ただの自分語りだったというのに……逆に励まされてしまった。私の言葉に彼女のことを褒めるという意味は含んでいなかった、ただの自分語り、それなのに……無から有を生み出すように彼女は私に希望があると言ってくれた…。
(本人の前では言えませんが、)
彼女ならこれから先に起こるであろう、民をまとめるという王族の責務をもしっかりとこなすことができるそう感じた。もっとも、彼女は王族という身分をあまり好きになっていないようですが………。
「……逆に励まされてしまいましたね。ありがとうございます…そう言ってくださって、───私もお嬢様や、紅月様、レナ様や、、メビアさんのために…、まだまだ頑張らなくてはなりませんから。」
海の向こう側を向きながらメビアさんにそう言う私。
「、一ついい?。」
「…はい。なんでしょう?、」
「────、ウミさんはどうしてメイドになろうと思ったの?。」
彼女は私にそう質問してきた。私は一旦とまり言葉を考え直した、彼女に言う言葉はおそらく『なりたくてなった』だけでは足りないと思った。この問いにはもう一つの意味が含まれていて、私はそれを答えなければならない。
「私の見立てじゃ、多分何にでもなれたと思うんだけど、よりによってメイドをなんで選んだのかって………。」
彼女は続けて言う。彼女の観察眼に少し驚きつつ、私はまとめた言葉を話し始めた。
「…昔から、私はなんでもできました。運動も勉強もその他大勢のことも…。天才というには程遠いかもしれませんが、才女と呼ばれるほどには幅広い範囲で物事をそつなくこなせて、将来も有望視されていました。
ですが…夢はありませんでした。何にでもなれる、何にでもできる私にとって何かを好きになる時間や何かを好きになる暇はなく、、それに対する特別な憧れもありませんでしたから。
そんな時に初めて自分の心を動かしたのがメイドだったんです、初めは本当に今でもそんな存在がいるのか、とか……眉唾物くらいの認識でしたが、知れば知るほど。私の衝動は止まらなくなっていました。」
「それが始まり……?。」
「えぇ、昔から誰かに頼られるというのも悪い気分ではないと思っていましたし……何よりメイドになる前にしっかりとした目的があったもので、私的には人生で2倍頑張ったみたいな時間でしたね。」
「…………。自由でも、不自由なんだ──。。」
私の話を聞いたメビアさんは長い沈黙の末にその答えを出した。彼女の目の奥は先ほどとはまた違った意味で悲しそうであった。
「そうかも知れません。でも、この人生に後悔がないと最後に思えるのなら……それまでの過程は全て無意味ではないと私は思い続けます。」
「───例え、それがどんなに辛くても……どんなに酷いと思っていても?。直前まで、悲しかったとしても…?、」
「─────はい。私はずっと後悔のない人生を……歩んでみたいと今でも思うんです、ですから。こう、ずっと思えたらいいと願っているんです。」
私は次の言葉を一旦考えて、いつも自分に言い聞かせていた言葉を思い出した。
「……どんなことがあっても乗り越える。」
私の第一の行動理念であり、私が現在を生き続ける最大の理由。後悔しない人生の果てを目指すために最後まで使えると考えた効力があるお守りのような言葉、もし自分が最後までこの気持ちを胸に進みきったとしたのなら。
(……──。)
「…、それがウミさんの言葉なんだね。」
「はい、。」
彼女との会話は実に有意義だ、私の胸の内をそっと開いてくれる、そんな暖かな気持ちになりながら自分の辛さや自分の心の底を話せる気持ちになる。
仮に彼女がそういうふうなことを聞くように生まれたとしても、それを執行するのは彼女だ。
すなわち、今この時の話し方も、呼吸も、気持ちも彼女にしか生み出せない無二なもの。
(羨ましい。)
心からそう思ってしまう。でもコレはきっと敬愛だ。人間的妬みでも、欲望でもなく、彼女がそう生きていて嬉しいと心から思う。それが私の「羨ましい」、今となってはこの解釈が一番あっていると思う。
「だから───、私が守ります。」
「───、」
私は彼女の目を見つめて、胸に片手を添えた。
「紅月様がメビアさんに協力するように、私もあなたに最大限協力します。」
「………でも、貴方は───主人がいるでしょ。」
「えぇ。ですが、お嬢様なら私のわがままも聞いてくださいます、きっと……そして貴方の我儘も…。」
そう信じられる。あのお方の娘ならきっとそう言うハズ、私が信じてやまない敬愛せしお嬢様なら絶対にそう言う。昔から自由奔放で誰もを掻き回すのを一番とするようなお転婆娘でも、人の気持ちに誰よりも寄り添って、誰よりも深き理解者になれる。
そんなお方に私は使えているのだから、もっと自信を持つべきだったのかも知れない……この台詞を言えるくらいまで。
私が微笑みながらそう返すと彼女は驚いた表情でこちらをみた。まるで信じられないものを見ているかのような顔だ、私の顔に何かついているのだろうかと、思って顔を変えたくなってしまう。
「────っ。、」
そして少し開いていた口を彼女を閉じて、拳を握った。ゆっくりと深呼吸を一回、瞼を閉じて瞑想をした。
「、私……お父様と話したい。」
彼女答えはそれだった。
「………、何事も話し合ってからじゃないと始まらないと思う…!。私はまだ未熟な王女だし、誰も支えてくれない時が来るかも知れない、そんな時でも胸を張って……みんなを好きでいられる人になりたい……!そんな人になるためにまずは───お父様の気持ちをしっかり聞きたい!!!。」
彼女はこの国にいる誰よりも力強い声で、そう叫び目に決意を漲らせた。彼女気持ちは固まっただろう、そう私は確信した。
「───わかりました。、では行きましょう……メビアさん。」
私はそっと手を出して、メビアさんを誘う。
彼女は軽やかな動きで私の手の平に手を添えた。
彼女を連れて私はベランダを後にし、心強い仲間たちの待つ部屋へと戻っていった。
『topic』
《イレギュラー》:『泥』は対象を模倣、もしくは寄生し、自身の能力の糧として扱う。また、イレギュラー固有スキルの[全として個]を保有しているため、一個体がアップグレードされると全個体のアップグレードへとつながるため、非常に厄介。
対策として相手がこちらの情報を吸収する以前に対象を早期殲滅すれば解決される。
《イレギュラー》:レギオンは『泥』と違い最初から軍隊のように行動しているため、現実の軍とほとんど同じ思考、同じパターンでくるため神出鬼没の割に驚異度は低い、なお成長性に関しては今までのイレギュラーの中で最下位となっている。




