31 (隼一) 起きろ
汐崎は、かわいい。
何にでも一生懸命だ。
俺がコミュニケーションをとれと言ったら、さっそく資料を持って山本に手渡ししに行っていた。
いつも、汐崎は出来上がった資料は付箋を貼ってデスクの上に置いておくのに。
「あ、あの。や、山本さん。これ、昨日の・・えっと」
「昨日頼んだ資料? もうできたの? すごいわ。ありがとう」
「は、はい。あの、三ページ目の・・」
汐崎は手に持ったメモを見ながら、震える声で先を続ける。
いつもなら付箋に書いておく内容だろう。
すべて聞き終えた山本は、質問に答え終えるとにっこりと笑った。
「ありがとう、鈴音ちゃん。いつもより分かりやすかったわ。
質問もすぐに返せるし、解説もしてもらいやすいし」
男共が目をハートにしそうな女神の微笑みを浮かべる山本。
汐崎はほっと胸を撫で下ろし、「それでは」とお辞儀をして席に戻った。
俺もふう、と一息つく。
つい、一部始終を見届けてしまった。
自分の作業を止めてまで他人のことが気になるなんて我ながら驚きだ。
作業を再開しようと椅子を座り直すと、山本と目が合う。
ふふふと意味ありげな含み笑いをされた。
あの女は色々なことを見透かしてそうでコワイ。
*****
朝、いつもの時間になっても汐崎が起きてこなかった。
珍しいな、寝坊か?
他人ならほっとくが、彼女はすでに俺のパートナー。今日の朝イチでの会議には通訳の彼女の存在は絶対だ。
起こしに行くしかない。
コンコン、コンコンコンと強めにドアをノックしても返事はない。
ドアにはもちろん鍵はついていない。
「汐崎・・? 朝だぞー・・」
何故か抜き足差し足でそおっと歩いてしまう。気分は夜這いをかけに来た間男だ。
部屋の真ん中に置かれたモノを見て、俺はしばし動きを止めた。
汐崎は寝ていた。
四つ折りにした布団の中にすっぽり入り込んで、まるくなって、寝ていた。
敷布団なしってこういうことかよ。俺は妙に納得した。
この前も丸くなって寝てたもんな。
かわいい。
しかし、こんな窮屈そうな体勢で寝て、身体が痛くならないのかねえ。
起こすのも忘れて、寝顔を眺めること数分。
もぞりと汐崎が動いたので、俺もハッとした。
何をしてるんだ。俺は。
「起きろ、汐崎。遅刻するぞ!」
思った以上に声が出て、汐崎は飛び起きた。
俺の顔を見て一瞬で事態を把握したのか、「すみません!」と布団から飛び出して頭を下げた。
「いや。勝手に入って悪いな」
「いえ、とんでもないです。ありがとうございました。すぐに支度します」
起きた途端にパタパタ動き出した。すごいな。
俺がいても構わず着替え始めそうな勢いだったので、慌てて部屋を出る。
五分も経たないうちに、いつも通りのスーツ姿の汐崎がリビングに現れた。
女の支度とは思えない早技。
ちなみに、俺とは通訳で話しているが、それはあくまでもビジネス。
資料を直接渡してくれるのも山本がほとんどで、俺はたまに。
単純にデスクワークでは山本の仕事をサポートしていることが多いのも事実だが、同性の方が話しやすいんんだろう。
俺のデスクに付箋つきで置かれているスタイルはまだまだ健在だ。
浩太に至っては、たった一回しか手渡しされていない。
その一回も、見ていて気の毒になるくらいビクビクと震えていた。
いい奴なのに。
浩太・・内心ショック受けてんだろうなあ。
もう少し、なにかきっかけというか機会があれば、浩太の良さを分かってもらえると思うんだけどな。
山本ももっと打ち解けたいようだし。
なにか、機会をつくるか。




