29 新しい部屋
自分の頭の理解の許容範囲を超えることが続くと、思考は停止してしまうらしい。
この二日間でよく分かった。
私は一人、部屋に立っている。
桐谷さんが空いているから好きに使っていいと言われたのは、ボロアパートよりも百倍キレイな部屋だった。
窓には分厚いカーテンと薄いカーテン、二枚もかかっていて、壁紙は白い。天井には立派な照明がくっ付いてる。
すごすぎる。なんで私、ここにいるんだろう。
ここは会社が入ってるビルの最上階。
社長専用の住居スペースに一部屋借りているらしい。
私なんかの平社員でペーペーの新人には縁のない場所のはずなのに。
立っているのも疲れた。座ろう。
ツルツルなのにあまり冷たくないフローリングにぺたんと座り込む。
広い部屋。ゴロゴロと転がりたくなっちゃいそうな床だなあ、なんて。
・・・やることもないし、なんとなく、いつものように鞄からノートパソコンを開いて、横にも資料を並べてデータの打ち込み作業を始めた。
単純な作業だ。でもミス無く完璧にこなすにはすごく忍耐と集中力がいる。この前、ミスを指摘されたところをまとめたメモも確認しながら。
ページの半分ほど進んだところで、コンコンとドアがノックされた。
「おい、汐崎・・・」
ドアを開けて顔を出した桐谷さんが、床にうずくまってパソコンを打つ私を見て、一瞬目を丸くした。
そして、はあ、とため息をつかれる。
「さっそくやってるのか。しかもそんな姿勢で。
今日くらい休めよ。ほら、スーツも着替えろって。もうどこにも行かないだろ。
色々と説明するから着替えたらリビングに来い」
「は、はあ」
よれよれのワンピースは、ますますこの部屋では浮いて見えた。
まあ仕方ない。
リビングに行くと、キッチンやテレビの説明を受ける。なんでも自由に使っていいと。
そんな、畏れ多い・・。
ついでにお風呂やトイレも。お風呂は憧れの湯船が・・!
広すぎて綺麗すぎて眩しい。入る時、絶対緊張する。
一回りしてリビングに戻ってくると、桐谷さんがキッチンに入る。
慌てて私も後を追った。
「あの、コーヒーでしたら、私が」
「ん。じゃあ頼む。コーヒーメーカーはここ。んで、ここに水をいれて・・。そうそう。
砂糖とミルクはそこだから。俺のは会社の時と同じで。
汐崎は甘いのがいいんだろ。いくついれてもいいからな」
にやっと笑われる。
絶対に見られてる。一緒に飲む時には一個ずつにしてたのに。
どうしてだろ?
テーブルに運ぶと、桐谷さんは大きな缶を持ってきた。
「貰ったけど俺はあまり食べないから、どうぞ。好きなだけ」
ぱかりと蓋を開くと個包装された色とりどりのクッキーが並んでいた。
わあ・・・!
「ほら。食え食え」
ぽいっと手に乗せられる渦巻き模様のクッキー。美味しそう。
なんだろう。ここは、夢の世界かな。
「あの、桐谷さん、・・本当にいいんでしょうか?
イチ社員の私が、桐谷社長の住居に居候して」
「あまり人には言わない方がいいだろうな。煩いことを言ってくるアホな奴もいるだろうし。
・・まあ、汐崎はしゃべって回ることはしないだろうし大丈夫だろ」
「は、はい! 誰にも言いません。すみません、迷惑おかけして」
ぺこりと深く頭を下げた。
こんな謝罪とお礼とではとても割りが合わないと思うけど。
するりと髪を後ろで結っていたゴムが外されて、手渡される。
?
「まあ、なんだ。俺は平日は仕事ばっかで、ここに来るのは寝る時だけだ。
お前もそうだろ?
だったら一人でも二人でもそんなに変わらない。気にしなくていい。
お前はよく頑張ってるからな。ご褒美だと思ってここを使え」
桐谷さんは、私の頭を撫でてそう言ってくれた。
髪を触るのが好きなのかな・・。
撫でてもらう感触が気持ち良くて目を閉じる。
ごほうび。じゃあ、もっともっと、頑張らなくちゃ。
ここに居させてもらうからには、社長のお役に立って、スキルアップして、もっともっと仕事ができるようにならないと。




