5 晴れた日のカフェにて
淡い霧が滲んだ青空には、白い雲がゆったりと浮かんでいた。
光が石畳を白く照らしている。
馬車が通り過ぎていった。
杖を持った紳士たちが、何か話し合いながら歩き、
日傘を差したご婦人たちがすれ違う。
彼は、胸に手を当てた。
――一時間も早く着いてしまった。
今日彼は――
彼女と初めてお茶をする。
そわそわと首元に手を当ててクラヴァットを整え、襟を引いた。
何度目かわからないため息を吐く。
その時――ドアベルと扉の軋む音。
彼は息を呑んで、ゆっくりと振り返る。
小さく息を吐き、椅子を引いて立ち上がった。
――……来てくれた。
入口に佇む、彼女。
アイボリーのアフタヌーンドレスは、まるでエルダーフラワーのように可憐だった。
彼女は彼に気づくと、キャラメル色の髪を揺らして店内の時計を見る。
「あ……。
僕が、早く着きすぎてしまって……」
彼女は、口に手を当てて、花がほころぶように笑った。
彼は、手のひらで顔を覆う。
――……かわいい。
……眩しすぎる。
彼は呼吸を整えると、彼女に歩み寄って手を差し出した。
女性は、それにそっと指先を添える。
彼女は、俯き、わずかに目を伏せた。
――やっぱり彼は素敵だわ……。
……すごく緊張する。
二人は、向かい合って席につく。
彼は、テーブルの上で指を組むと、柔らかく微笑んだ。
「……来てくださって、ありがとう」
彼女も、優しく目を細めて笑う。
「……こちらこそ」
給仕の青年が、二人の前にメニュー表を置いた。彼は、その文字に指を添える。
「レモンケーキ……で、いいですか?」
彼女はきょとんと、彼を見つめる。
彼は慌ててメニュー表を彼女に見えるように押した。
「あ……ち……違うものにしますか?」
「いえ……」
彼女は小さく笑った。
「レモンケーキにします。
ここのお店のレモンケーキが大好きなのです」
「僕も。
――僕も好きです」
彼女の空色の瞳と、
彼の青灰の瞳が交わる。
二人して、ふっと笑った。
「あの……、甘いものはお好きですか?」
彼女がそう問うと、彼の耳が赤く染まる。
「……好きです。
――男なのに……変ですかね」
エルダーフラワーの彼女は、小さく首を振った。
「そんなことありません。
私も、甘いものが大好きなので……嬉しいなって」
「……嬉しいですか?」
「はい」
紳士の彼は、ほっとしたように笑った。
「……今日のあなたは、花のように美しいです。
……エルダーフラワーみたいだ」
「……エルダーフラワー?」
「はい。可憐な上に、シロップにしても良し。素晴らしい花です」
彼女の頬が、じんわりと赤く染まる。
「エルダーフラワーのシロップ……。
お好きですか?」
「大好きです」
空色の瞳の彼女は、ほっとしたように笑った。
「本……、本はお好きですか?」
彼は、口角を上げて、にっこりと笑った。
「好きです。
特に……エリック探偵シリーズが」
彼女は、頬に手を当てた。
「わ……私も!」
二人は、目を見合わせ、頷く。
互いに人差し指をあげた。
「「“僕が全ての真実を言い当ててみせるよ。さぁ、ショーの始まりだ”」」
ふっと笑い合い、
そして、声を立てて笑った。
「……すごく楽しい。
あなたとなら、穏やかな家庭が築けそうだ」
彼がつい、そう言うと、彼女はぱっと頬を染めた。
それを見て、彼はハッと口を手で押さえる。
「……やっちゃった」
ガラス窓の向こうを、馬車が通り過ぎた。
彼女は少しだけ目を伏せて、口元をほころばせる。
花が咲いたように、柔らかく笑った。
「……私も……そう思います」
彼は、頬が緩むのを抑えられず、俯く。
「あの……ご注文は?」
給仕の青年が、二人のテーブル脇に立った。
二人は青年を見上げ、互いに目を見合わせる。
そして、また声を合わせて笑った。
「……注文するのを忘れてた」
「ふふ。本当ですね」
---
帰り際。
彼女の馬車まで、彼は彼女をエスコートした。
店の前で、二人は向かい合って立つ。
「また、会ってもらえますか?」
彼女は自分の胸に手を当てた。
「……はい」
「本を……持ってきます。
おすすめの本……そうしたら……」
彼は、息を呑んだ。
彼女はそれを静かに見つめながら、淡く笑んだ。
「……返すために、またお会いしなければなりませんね」
「そうしたらまた、新しい本を……お持ちします」
彼女は頬を染め、彼は俯いた。
「……はい。
あなたから、たくさん本をお借りしたいわ」
「いくらでも……何冊でも、お貸しします」
青灰の瞳と、空色の瞳が、まっすぐに交わる。
二人は、小さく微笑みあった。
霧に滲んだ青い空。
ゆっくりと渡る白い雲。
ガス灯のガラスが、光を弾く。
石畳は、白くキラキラと輝いていた。
晴れた日は、やっぱり――
とても素敵だ。




