第5話 副業×呪いの人形(3)
前回の続きです。
お風呂から上がった係長はダイニングキッチンに行って、冷蔵庫からキンキンに冷えたビール1缶を手に取ると一気に飲み干した。
浴室での出来事について思い出す。
あれは、ふうさんだったと思う反面、なんとなくモヤモヤする感じが否めない。
あの後、念のため家の中を確認したものの侵入の形跡は見つからなかった。
―――早く寝てしまおう。
ここ数週間近く、夢の中でうなされ、夜中に飛び起きることが続いていた。
寝不足のせいか肩が重く、体のだるさがずっと取れない。
大好きな温泉のもとを使っても改善しない。
春子からは長めに休みを取ってゆっくり過ごしたらと提案されているが、仕事のタイミングが合わず、週休以外の休みは取れずにいる。週休もほぼ1日寝ているが、疲れは一向に取れない。
2階に続く階段を登ると廊下の出窓に人形が何事もなかったかのように座っている。
係長は気に留めず、人形の前を通り過ぎた。
ギョロッ
人形は通り過ぎた係長を目で追う。
布団に入ると、飲んだビールが少しずつ体中を回り出す。
足先や指先がじんわり温かくなっていく。
意識の境界線がなくなっていき、いつの間にか係長は眠り込んでいた。
ふと目が覚める。
部屋の中はまだ真っ暗だった。
手探りで取ったスマホの煌々と光る画面から午前2時だと知る。
係長はスマホ画面の明るさに顔をしかめながら、スマホを元の場所に戻すと、起き上がってトイレに向かう。
廊下に出るとヒヤッと冷たい空気が全身を包む。
秋を通り越して冬のような寒さに感じた。
用を足して、ベッドに入ると、何か硬いものが背中にあたるのを感じた。
―――ふうさんか?
暗がりの中、手探りで背中の硬いものを触って確認すると、人の髪の毛のようなものが手にまとわりついた。
「うわっ!!」
思わず飛び起き、ベッドサイドテーブルにある読書灯の明かりを付けた。
ベッドに例の人形が横たわっている。
「ひぃっ!!!」
係長は凍り付く。
「パパ?どうしたの?」
横で寝ていた春子は眠そうに起き上がる。
「に…人形がある!!!」
「人形?あぁ、ふうさんが持って来たのよ、きっと。」
そう言って、春子は再び布団をかぶると寝息を立てた。
「ふうさんが!?どんなメッセージ性を秘めてるんだよ!!!怖すぎだろ!!!」
当のふうさんは人形を持ってきて寝室から出て行ったのか、隠れているのか、姿が見えない。
係長は改めて人形を見つめた。
夜の薄明りの中で見ているせいか、人形の瞳は意思を持っているかのように輝いている。
―――まさかな…。早く寝ないと明日に響く。
係長は廊下の出窓に人形を元の通り座らせると、寝室に戻り、布団をかぶり眠ってしまった。
――――――
太陽がきらきら輝き、小春日和のような心地よい気候の中、係長は日課のジョギングを楽しんでいる。息切れもなく、走ることが楽しいと感じる程度の速さで近所の土手を走っている。
―――この後はサウナ行って、キンキンに冷えたビール飲む!あぁ、最高!!
しばらく気持ちよく走っていると、段々と息が上がってくる。
そこまで全速力で走っていないのに、どんどん息が上がり、ついに走るのもままならないほどに息が切れて苦しくなった。
立ち止まって、呼吸を整えようとするも、息が吸えない。
助けを求めようにも声も出ない。
今までどうやって息を吸っていたのかも分からなくなってきた。
―――苦しい!!!死ぬ!!!
――――――
「っ!!!」
係長は目を覚ました。
暗闇の中、目の前には小さな黒い人影のような物が胸の上に乗っかり、係長の首を絞めている。
首にかけられている手を払いのけようとするも、うまく体が言うことを聞かない。
―――殺されるっ…!!!
意識が遠のいていくのを感じた頃、黒い塊が横から首を絞めている人影に飛びつくのが見えた。
やっと息が吸えたと同時に体も自由が利くようになった。
くらくらするのを感じながら慌てて起き上がり、読書灯の明かりをつけた。
ベッドの足元の方で何かが取っ組み合う音が聞こえる。
「うぅぅぅぅ!!!」
猫の唸る声が聞こえ、首を絞めている人影に飛びついたのがふうさんだと気づいた。
「ふうか!!」
係長は声のする方に急いで見に行った。
そこには、ふうさんが人形の肩に噛み付き、さらに両手でがっしりと抱きしめながら、後ろ足で連続蹴りを入れていた。
―――あ…遊んでる?
「パパ!?」
春子はびっくりして飛び起き、係長の傍まで駆け寄った。
「何があったの?ふうさんがどうかしたの?」
ふうさんは人形を咥えたまま、寝室から飛び出していった。
係長は寝室を見渡すも誰かがいた形跡はない。
「誰かに首を絞められて…いや、そんな気がした。それで、ふうさんが助けてくれたみたいだ…いや、でも…寝ぼけていたのかもしれない。」
係長はくらくらするのを必死で耐えながら、春子に説明したが、途中から事実だったのか、自信が無くなってくる。
確かに、首を絞められた。ただ、人のサイズではなかった。
呼吸が苦しくなった中で見た幻覚かもしれない。
「下で温かいお茶でも飲まない?」
春子は混乱する夫の背中を撫で、優しく話す。
「いや、大丈夫だ。落ち着いたよ、ありがとう。戸締りを確認してくる。ママは先に寝ててくれ。」
寝室を出た係長はまず娘の無事を確認し、家中の窓やドアの施錠を確認したが、やはり侵入の痕跡はなかった。
時刻は午前4時。寝る気も失せてしまい、リビングに向かうと、ふうさんがダイニングテーブルの上で毛づくろいをしていた。
「にゃっ」係長を見ると、ふうさんは挨拶をした。
「ふうさん、たぶん俺の幻覚かもしれないけど、さっきはありがとな。」
ふうさんの近くには人形はなかった。
―――さっきのは本当に幻覚だったのか。それにしてはリアル過ぎた。
首には絞めつけられた時の感覚が今も生々しく残っており、触ると少し痛い。
確認するため、洗面所に行き、鏡を見ると、そこには小さな手の形をした赤紫色の痣が残っている。
――家に嫌なもんが入り込んでるみたいだ。このままじゃ、あんた死ぬぜ。――
昨日警察署で会った若者の言葉が頭の奥で響いた。
――――――
『和馬、この方たちがあなたの中にいる悪魔を祓ってくれるって!私たちを助けてくださるのよ。よかったわね!』
暗闇から母の琴香の声が聞こえ、白い無数の手が伸びてきて和馬を掴んだ。
『母さん!嫌だよ!怖いよ!僕、なんにも憑いてないよ!助けてよ!』
小さな和馬は必死に母に助けを求め、泣き叫ぶ。
そんな我が子を見て、母はうろたえ我が子に手を差し伸べようとするが、横から別の手が母の手を掴む。
『騙されてはだめよ。全部悪魔が言わせているの。あなたはここで貴美子様と一緒に祈りりましょう。息子さんはきっと良くなるわ。』
母とは違う中年の女の声が聞こえ、母を説き伏せている。
『母さん!!助けて!!母さ―――ん!!』
――――――
和馬が目を覚ますと、部屋の中は薄明るくなっていた。
―――寝覚めわるぅ。ったく、いつまで覚えてんだ、俺は。
昨日は疲労困憊過ぎて、店を開けるのが精いっぱいだった。
あの警官のことも気になるが、ここの家賃を工面する期限はあと2日。
―――あの警官、信じてなかったしなぁ。すぐには依頼につながりそうにないし、おやじさんにダメ元で依頼がないか聞いてみるか。
ぐぅぅぅ。
和馬のお腹が鳴った。
昨日は店を閉めてから、何も食べず、気絶したように眠ってしまったのだ。
冷蔵庫をあけるも、すっからかんだった。
―――コンビニでなんか買ってくるか。
和馬はなけなしの小銭をズボンのポケットに入れ、1階の店舗入り口のドアを開けた。
「うわぁっ!!!」
ドアを開けた目の前に立っていたおじさんはいきなり開いたドアに驚いて大声を上げた。
私服を着ていて分からなかったが、よく見ると、あのやばい奴に取り憑かれていた警官だった。
「き…きみ!!!いきなりドアを開けるんじゃないよ!!びっくりするだろ!!」
係長は胸を押さえながら、キレ気味に話す。
「いや、ドアは大抵いきなり開くもんだろ。それより、何かあったのか?」
係長は和馬の問いかけに急に真顔になる。
「あぁ、助けてほしいんだ。」
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
和馬は楠家を救えるのか?
次回も是非よろしくお願いします。




