第37話 副業×廃旅館(24)
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前回の続きです。
神楽を舞い続けている正玄はすでに限界を迎えていた。
体が鉛のように重く感じ、息を吸うたびに気管と肺が痛む。
これまでの酒浸りの生活をひどく後悔した。
激しい雨に体力を奪われていく。
白い布で視界を遮られているため、隣で舞うしずの様子はわからない。
ただ、規則正しく響く神楽鈴の音からしずが変わらず神楽を舞っていることが窺えた。
自分よりも年上で、つい最近までずっと縁側で寝ていた高齢者とは思えない体力に正玄は驚く。
正玄は言うことを聞かなくなってきた体をどうにか気合で動かしている。
この状態で最後まで神楽を舞うことはできるのか。
父はどうやって長時間ずっと神楽を舞うことができていたのか。
『正玄、呼吸を体の動きに合わせろ。力を抜いて流れるように動くんだ。』
父の声が頭に響き、神楽を舞う父の姿が脳裏に浮かぶ。
正玄は呼吸を整え、体の動きに呼吸を合わせていく。
やるしかない。
正玄は再び決意を固め、神楽に集中する。
「我は……我は……」
ユユイノミコトは徐々に不気味な顔から幼い子どもの顔に戻っていく。
同時に先程までの強風は鎮まり、激しい雨もしとしと雨に変わっていった。
「我は…人が好きだった。ほんの短き時ではあったが、人と交わり過ごしたひと時は、なんと尊きものだったことか…。」
ユユイノミコトは正玄としずが舞う神楽を眺めながらつぶやく。
しばらく眺めていたユユイノミコトの瞳から涙がこぼれ落ちた。
「そんな尊きものを…我は壊してしまったのだ…。」
ユユイノミコトは顔を手で覆い、地面に崩れ落ちた。
「我の力を以ってしても失われし命を呼び戻すことは叶わぬ。命を救うこともできず、ただ奪うことしかできぬというのなら…我は、もはやこの世に在るべきものではない。そこの者よ…頼む。我を、殺してはくれぬか。」
懇願するユユイノミコトに和馬は無言で近づき、近くにしゃがみ込む。
「あんたが死んだら、亡くなった人達は戻ってくるのか?」
和馬はユユイノミコトに静かに問いかける。
ユユイノミコトは顔を上げ、和馬を見上げた。
「…我の命を捧げても殺めた命は戻らない…。ならば、我はいかにすればよいのだ…?」
「償うって、自分の命を差し出すことでも、良いことをすることでもなくて、この先、あんたがどう存在していくか、考え続けることなんじゃないかな。確かに、あんたが死ぬことで自分自身の罰にはなるだろうけど、亡くなった人たちの家族には何もならない。残された家族は大切な人が二度と戻ってこない事実と向き合いながら、それでも生きていくんだ。」
和馬の脳裏に父の遺影と泣き崩れる母の姿がよぎり、あの時の悲しみと喪失感が心の中で静かに広がる。
「ユユイノミコト、俺にはあんたがどれだけ孤独だったか、どれだけ苦しかったかはわからない。そのせいで、あんたは今、人を恨んでいる。でも、人が好きで、人との関りを大切に思っていた頃のあんたまで否定しないでくれ。」
ユユイノミコトはその言葉を聞いて、再び神楽を見つめた。
シャン…
神主と巫女は身を返し、白い袖が空中で弧を描く。
シャン…
一歩踏み出す。
シャン…
身を屈め、片足を軸に体を傾ける。
シャン…
腕を大きく振る。
シャン…
シャン…
昔の記憶がよぎる。
温泉に入る人々の笑顔と笑い声。
祝詞の声。
神楽を舞う者たちの姿。
シャン…
あの頃、我は確かに、人の世を愛おしいと感じていたのだ。
その面差しから先程までの憎悪は消えていた。
ユユイノミコトは立ち上がる。
その瞬間、白い狩衣に朱色の袴を着た美しい青年の姿に変わっていた。
ユユイノミコトの本来の姿であろう。
「奪った命は戻らず、我が罪も消えることは決してない。されど…我はもう一度、人を見守りたい。人が我を忘れようとも、祈りを捧げずともよい。この罪を背負い、幾星霜の時を経ようとも人の世を見つめていたいのだ。それが我にできる償いであれば…我の命が尽きるまで、人と共に在ろう。」
ユユイノミコトは目を閉じ、俯いた。
その刹那だった。
―――ゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!
地面が激しく揺れ、木々の枝葉がざわざわと音を出して揺れ始めた。
「な…なんだ!?」
和馬は立っていられず、地面に座り込む。
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