第30話 副業×廃旅館(17)
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
前回の続きです。
「そして神主は次の神主へ口頭でこの事実を伝えていく。」
「だから正玄さんは知らなかったのか。」
「正玄とは折が悪くて、大学進学で家を出てからずっと会っていなかった。」
斎は寂しそうに呟いた。
「定期的に巫女と山に入っていたのもユユイノミコトに祝詞を捧げるため?」
「そうだ。私と側近の巫女であるしずちゃんと一緒に祝詞や供物を捧げていた。私が死んでからはしずちゃんだけで祝詞や供物を捧げていたようだが、ユユイノミコトの祝詞は神主と巫女のペアで舞う必要がある。」
「いつからユユイノミコトは祟り神になったんだ?」
「直接のきっかけとなったのはあの旅館を建設中に祠が壊されたことだ。私が死んだ後もしずちゃんが数年は一人で祝詞を捧げてくれていた。」
「あんた、死んだ後もずっと見ていたのか?」
「ああ、ずっと見ていた。」
斎は遠い過去を見つめるような視線を枯れた森に向けた。
まるで後悔の念と共に取り戻せない日々を思い出しているかのようだった。
「ユユイノミコトが祟り神になったのは、私のせいだ。私がこの捻じれた風習を早々に止めるべきだった。正玄にもこの村にも…申し訳ない。」
「正玄さんとあんたの孫の尊さんは今、この風習を変えようとしている。あんたもその思いがあるのなら、俺たちに協力してくれ。」
斎はしばらく和馬を見つめたが、覚悟を決めたように深く頷いた。
―――天野家―――
「あの土地が禁足地なのは俺が産まれるずっと前からだ。」
芳郎はゆっくり話し出した。
「禁足地について家族から聞いていたことはありませんか?理由とか。」
「古くからこの村を守る朝露神社の神主から村に災いをもたらすからと禁足地に立ち入ることや禁足地のことを外部の者に話すことを禁じられ、村の者は代々それを伝えていった。俺は親父から、親父は爺さん、爺さんは曾爺さんから伝えられていた。それ以上のことは聞いてねえ。」
「お母さんのしずさんは何か神社のことや禁足地のことを話していませんか?」
びしょ濡れの正玄は芳郎に尋ねた。
「お袋は神社の仕事のことについて一切話さなかった。ただ、普段は冷静で肝の据わったお袋なのに、前の神主さんが死んじまった時はかなり動揺していたのを覚えてるよ。」
「そうですか。」
正玄は残念そうな顔をする。
「禁足地については、これまで神宮家に何度も相談してきた。というのも、禁足地と呼ばれている土地はかなり広い。最初は村の奴らと神宮家で土地の利用のことで相談していたらしいが、入るなの一点張り、入り込んで迷子になった子どもを探しに行くのも禁止されてよ。神宮家が助けてくれるでもなく…子どもは諦めろってよ。そのうち行方不明者も出始めて…それでも神宮家は何もしなかった。そうやって朝露神社や神宮家に対して俺らの不信感は大きくなっていった。おまけにお袋まで山に入ろうとして転んで足の骨を折っちまうし。」
「しずさんは神社の関係で山に?」
「本人は話さねえけど、巫女の服を着ていたから、恐らくそうだろうよ。その怪我が原因で入院したら、物忘れがひどくなって…あんなにしゃきっとしていたお袋だったのに…全部、あんたらのせいだ。俺たちはどうすることもできねえし、せめてこれ以上、悪いことが起こらないように禁足地に近づかない、口外しない、その掟を守るしか道はなかった。あんた、このことを全く知らなかったのか?」
芳郎は鋭い視線を正玄に向けた。
「恥ずかしながら…私は神社のことや村のことを知るのが遅すぎました。私は、自分や家族のことしか考えていなかった。父が亡くなった後の神社を切り盛りすることしか考えず、事実と向き合うのをこれまでずっと逃げてきました。その結果、多くの方を犠牲にしてしまった。それはもう取り戻せません。」
芳郎は変わらず正玄に鋭い視線を送っている。
「でも…私は神宮家として、朝露神社の現神主の責任として、この恐ろしい状況を変えていかなければなりません。禁足地に何があるのか分かりません。図々しいお願いになってしまうのは重々承知です。お母さんのしずさんに協力をいただけませんでしょうか?」
正玄は深々と頭を下げた。
「父さん…。」
尊は正玄の姿をみて、何かを決意したように正玄の横に並んで同じく深々と頭を下げた。
「…本当に図々しいお願いだな。この事態を招いたのはあんたらだろ。だったら、あんたらでなんとかするんだな。それに、うちのお袋はもう俺の顔も覚えちゃいないし、あんたらの役には立たないよ。」
そう言い放ち、芳郎は頭を下げる正玄と尊に背を向けた。
すると、家の裏から巫女の姿をした小柄な高齢の女性が勢いよく歩いてくるのが見えた。
「え…?お…お袋!?」
歩いて来たのは、芳郎の母であり、朝露神社の前巫女である天野しずだ。
驚く息子を気にも留めず、まっすぐに頭を下げる正玄のところへやってくると、思いっきり正玄の頭を引っぱたいた。
「いってっ!!!!!!」
思わず正玄は頭を押さえ、顔を上げた。
そこには、仁王立ちして怖い顔をした天野しずが立っている。
「しずさん!!なんで叩くんだよ!?」
「ったく、放浪息子が!!やっと帰って来たのかい!!さっさと準備しな!!」
しずは正玄に向かって怒鳴った。
その瞬間、正玄は幼少期にしずに怒られた場面を鮮明に思い出す。
家の奥から奈美と隼人が小走りでやってくる。
「どうなってんだ!?お袋が…お袋がこんなにしゃきっとしてるなんて…。」
芳郎は神社で働いていた時のしずに戻っていることに驚きを隠せない。
「じいちゃん、ひいばあにこれ試したんだ。」
隼人は持っていたクロモジのアロマを芳郎に見せた。
「クロモジの匂い…。」
「ひいばあはこの匂いを嗅ぐとしゃきっとして神社のことを話してくれたことがあったから、強いアロマを作って嗅いでもらった。そこに奈美がこれまでの経緯をひいばあに話したら急に覚醒したんだ!」
隼人は嬉しそうに話す。
「おじさん、なんでまた濡れてんの?」
奈美はびしょ濡れの正玄に呆れた表情で尋ねる。
「うん、まあ色々あって。」
「しずさん…手伝ってくれるんですか?」
尊はしずの勢いに怯えながらも尋ねた。
「手伝うも何も、これはあたしら神社の人間の責任だよ!だからごちゃごちゃ話してないでさっさと行くよ!!」
「お袋!危ない真似はやめろって!また怪我したら…」
「芳郎!親に指図するんじゃないよ!!あんたはここに残って村の奴らを守るんだよ!!いいね!!」
「わ…わかったよ!!!子ども扱いするんじゃねぇよ!!」
「よし出発するよ!!」
しずは勢いよく家を後にし、正玄と尊、奈美、隼人が後に続いた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
次回もよろしくお願いいたします。




