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第1話 副業×老婆の霊(1-1)

赤字のハーブティ屋の店主が副業で祓い屋をする話です。

祓い屋ではあるけれども、除霊はできず、霊と会話できる能力を活かした、交渉型の祓い屋です。

楽しんでいただければ幸いです。

「さぁ、行くか。」


そう言って、和馬は廃墟と化した豪邸を見上げた。

現在、夜中の2時。今夜は満月。


懐中電灯をつけなくても、月明かりが辺りを照らしてくれている。

日中の蒸し暑さが嘘のように涼しくなり、秋を感じさせるような爽やかな風が和馬の頬を撫でる。


板橋和馬、26歳。

赤字続きの自分の店であるハーブティ専門店を支えるため、今夜も副業の『祓い屋』としての依頼を受けていた。


鬱蒼と茂った雑草をかき分けながら立派な玄関へたどり着く。

持ち主から受け取った鍵をズボンのポケットから取り出し、鍵穴に差し込むも、錆びついているのかうまく回らない。


何度か左右に鍵を動かしていると、鍵が開いた。

扉を開いたタイミングでほこりが舞い上がる。

外の明るさとは違い、家の中は漆黒の闇に包まれ、重たく気持ち悪い空気を感じる。


誰かがこちらをじっと見つめるような視線も感じつつ、和馬は懐中電灯をカバンから取り出し、ゆっくりと中に入る。


ほこりとカビの臭いが鼻をつく。

臭いに耐えながら、一際空気が重く感じる玄関右手のリビングとダイニングキッチンに入っていった。


部屋の家具や食器類、家電は当時のままになっており、誰かが今も住んでいるかのような生活感と床に残されたどす黒い人型のシミが不気味に感じた。


「さて、ここでいいか。」


そうつぶやきながら、リュックから寄木細工でできた古びた手鏡を取り出した。

相当長い年月、愛用されていたことを物語るかのように持ち手部分は濃い飴色になり、手鏡全体に所々傷が入っている。

生前の持ち物として家族から預かったものだ。


和馬は霊を呼び出そうとして、ふと先月の依頼を思い出す。

怨霊になった霊が暴れまわり、和馬も危うくケガをするところだった。

和馬はリュックから塩の入った袋を取り出し、自分の周りを囲むように塩で円を作った。


次に古い手鏡を持ち、「あんたを成仏させに来たぜ。さあ、姿を見せてくれ。」

暗闇に向かって話しかけた。



少しすると周りの空気が冷えていくのを感じ、吐く息が白くなる。



「ああああああああああぁぁぁぁ!!!!!でぇてぇいぃけぇ!!!!!」



叫び声とともに、大きな黒い目の老婆の霊が天井から現れ、和馬に向かって襲い掛かってきた。



しかし塩のサークル内にいる和馬に近づくことができない。

和馬は塩を持ってきてよかったと胸をなでおろした。


「こざかしぃ!!!!」


老婆はそう叫ぶとリビングの窓の鍵を回し、窓を全開に開けた。


「物を動かせるのか!?」


この老婆の霊は相当の力を持っているようだ。

和馬があっけにとられていると、開け放たれた窓から風が吹き抜け、塩のサークルを消していく。


「しまった!」


和馬が気付いた時には、老婆の手は和馬の首を掴んでいた。

そのまま壁に打ち付けられ、思わず和馬は手に持っていた手鏡を落としてしまう。

さらに首を絞めつけられたまま天井近くまで体が浮上していく。


間近でみる老婆の姿は恐ろしく、目だと思ったものは眼球が無くなり、空洞となった眼窩だった。口元の肉はなく、骨と鋭い歯がむき出しになっている。


「あんたにやる金はもうないよ!!早くここから出ておいき!!そしてあたしから奪った金をそっくりそのまま返すんだ!!」


老婆は和馬の首を締めあげながら、叫んだ。

真っ黒な眼窩に吸い込まれそうになる。


「ば…ばあさん…!俺は…あんたの金なんて知らねぇ!」

和馬はなんとか声を絞り出した。


「うそをつくなぁぁ!!!あたしの目はごまかせないよ!!」

老婆はさらに激しくまくし立てる。段々と和馬の意識が薄れていく。このままでは殺される。


「高田…トキコ!」


和馬に名前を呼ばれた老婆は驚き、瞬時に動きを止め、和馬の首を掴んでいた手を放した。


床に落とされた和馬は締め付けられていた首を手で押さえながら、咳込んだ。

死ぬかと思った。この老婆の名前を聞いていなければ確実に殺されていた。


老婆はゆっくりと床に降りてきて、静かに立っている。

和馬は落とした手鏡を拾い上げ、トキコの前に差し出した。

「あんたが大事にしていた手鏡だ。覚えているだろ。」


トキコはそっと手鏡を受け取った。

手になじむ感じがひどく懐かしい。所々あるキズを指でなぞる。

母が使っていた頃、椿油を塗ったばかりの手で触って落とした傷、夫婦喧嘩から母が父を手鏡で殴ったときにできたキズ、息子が遊んでいて、壁にぶつけた時にできたキズ。

1つ1つを思い出し、トキコは涙を流しながら手鏡を抱きしめた。


「これはね、母が生前大事にしていた手鏡なの。私が持っている唯一の母の形見。そして私の大切な思い出。」


そう話すトキコの顔は恐ろしい姿から穏やかな生前の姿に戻り、大事そうに手鏡を撫でていた。


「あんたが1人でここにいるのを家族も心配している。俺がここに来たのは、家族からあんたを成仏できるよう手助けすることだ。」

「家族…?」

「孫の俊彦さんだよ。あんたのことを大事に思っている家族だ。」

和馬は優しくトキコに話しかける。


「孫の俊彦が…」

トキコは涙を流しながら微笑んだ。


「俊彦はね、仕事の忙しい息子夫婦に代わって私が世話をした孫でね。思春期には手が付けられなかったけど、根はいい子で、高校を卒業してから自分で店を構えてね。でも、商売なんてうまくいくばかりじゃないからね、私が時々息子夫婦に黙ってお金を工面してあげてね…俊彦。優しい子だね…俊彦…俊彦…とし…ひこ…?」


先ほどまで嬉しそうに孫の話をしていたトキコだったが、徐々に優しい生前の顔から恐ろしい怨霊の姿に戻っていく。


「俊彦―!!!!!」


元の怨霊に戻ってしまった。

怨霊トキコはきょとんとする和馬の胸ぐらを掴み、壁に押し付ける。


「俊彦はどこだい!!」


和馬が俊彦じゃないことは認識できているようだ。


「どうした?ばあさん!さっきまで大事な孫って感じで話してただろうが!このまま成仏する流れだろ、普通!」


「思い出したんだよ!俊彦が私にした仕打ちをね!」



ここまで読んでいただきありがとうございました。

次回、トキコは無事成仏できるのか。そして、和馬は無事に依頼料をもらえるのか。

続きもよろしくお願いいたします。

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