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第1話 副業×老婆の霊

ハーブティ店主が副業で幽霊を祓い屋をする話です。

怖すぎないホラーコメディを目指しています。

楽しんでいただければ幸いです。

「さぁ、行くか。」


そう言って、和馬は廃墟と化した豪邸を見上げた。現在、夜中の2時。今夜は満月。懐中電灯をつけなくても、月明かりが辺りを照らしてくれている。日中の蒸し暑さが嘘のように涼しくなり、秋を感じさせるような爽やかな風が和馬の頬を撫でる。


板橋和馬、26歳。3か月前、念願のハーブティ専門店を開店させたばかり。ハーブに限らず、アロマオイルの品揃えはどこの店にも負けないくらいこだわったつもりだったが、売り上げは赤字続き。貯金は開店資金に全てつぎ込んでしまい、借金も膨れ上がっている。経営が軌道に乗る気配はなく、生活する上で仕方なく得意分野でとりあえずの生活費を稼いでいる。


和馬の得意分野。それは、『祓う』こと。

幼いころにとある事故に遭ったことをきっかけに、人には見えないものが見えるようになり、時には話をすることもできるようになった。


高校に入ってすぐに始めたアルバイト先が霊が出ることで有名な洋食屋だった。そこで初めて霊を祓ったことで店主のおやじさんに気に入られてしまい、そこから『祓い屋』がいるとおやじさん発信で口コミが広がったことで、依頼が来るようになった。


今夜ここに来たのも、『祓い屋』としての仕事だ。


鬱蒼と茂った雑草をかき分けながら立派な玄関へたどり着く。持ち主から受け取った鍵をズボンのポケットから取り出し、鍵穴に差し込むも、錆びついているのかうまく回らない。何度か左右に鍵を動かしていると、鍵が開いた。扉を開いたタイミングでほこりが舞い上がる。外の明るさとは違い、家の中は漆黒の闇に包まれ、重たく気持ち悪い空気を感じる。誰かがこちらをじっと見つめるような視線も感じつつ、和馬は懐中電灯をカバンから取り出し、ゆっくりと中に入る。ほこりとカビの臭いが鼻をつく。臭いに耐えながら、一際空気が重く感じる玄関右手のリビングとダイニングキッチンに入っていった。部屋の家具や食器類、家電は当時のままになっており、誰かが今も住んでいるかのような生活感と床に残されたどす黒い人型のシミが不気味に感じた。


「さて、ここでいいか。」


そうつぶやきながら、リュックから寄木細工でできた古びた手鏡を取り出した。相当長い年月、愛用されていたことを物語るかのように持ち手部分は濃い飴色になり、手鏡全体に所々傷が入っている。生前の持ち物として家族から預かったものだ。


和馬は霊を呼び出そうとして、ふと先月の依頼を思い出す。怨霊になった霊が暴れまわり、和馬も危うくケガをするところだった。霊はこの世に残る時間が長ければ長い程、心残りが執念となり、結果怨霊となることがある。今回は亡くなってから2年程度と聞いているが、家全体から嫌な気配を感じるため、和馬はリュックから塩の入った袋を取り出し、自分の周りを囲むように塩で円を作った。


次に古い手鏡を持ち、「あんたを成仏させに来たぜ。さあ、姿を見せてくれ。」

暗闇に向かって話しかけた。


少しすると周りの空気が冷えていくのを感じ、吐く息が白くなる。


「ああああああああああぁぁぁぁ!!!!!でぇてぇいぃけぇ!!!!!」


叫び声とともに、大きな黒い目の老婆の霊が天井から現れ、和馬に向かって襲い掛かってきた。が、塩のサークル内にいる和馬に近づくことができない。和馬は塩を持ってきてよかったと胸をなでおろした。


「こざかしぃ!!!!」


老婆はそう叫ぶとリビングの窓の鍵を回し、窓を全開に開けた。


「まじかよ!!」和馬は驚いた。

物体のない幽霊は基本的に物を動かすことはおろか、生きていた頃のように窓を開けることなど絶対にできない。ごく一部の力のある霊は物を意のままに動かすことや人に姿を見せ、話しかけることができる。この老婆の霊は相当の力を持っているようだ。和馬があっけにとられていると、開け放たれた窓から風が吹き抜け、塩のサークルを消していく。


「しまった!」


和馬が気付いた時には、老婆の手は和馬の首を掴んでいた。そのまま壁に打ち付けられ、思わず和馬は手に持っていた手鏡を落としてしまう。さらに首を絞めつけられたまま天井近くまで体が浮上していく。間近でみる老婆の姿は恐ろしく、目だと思ったものは眼球が無くなり、空洞となった眼窩だった。口元の肉はなく、骨と鋭い歯がむき出しになっている。


「あんたにやる金はもうないよ!!早くここから出ておいき!!そしてあたしから奪った金をそっくりそのまま返すんだ!!」

老婆は和馬の首を締めあげながら、叫んだ。真っ黒な眼窩に吸い込まれそうになる。


「ば…ばあさん…!俺は…あんたの金なんて知らねぇ!」

和馬はなんとか声を絞り出した。


「うそをつくなぁぁ!!!あたしの目はごまかせないよ!!」

老婆はさらに激しくまくし立てる。段々と和馬の意識が薄れていく。このままでは殺される。


「高田…トキコ!」


和馬に名前を呼ばれた老婆は驚き、瞬時に動きを止め、和馬の首を掴んでいた手を放した。


床に落とされた和馬は締め付けられていた首を手で押さえながら、咳込んだ。

死ぬかと思った。この老婆の名前を聞いていなければ確実に殺されていた。


老婆はゆっくりと床に降りてきて、静かに立っている。

我を忘れて怨霊になった霊は自分の本名を呼ばれると、生前の記憶を取り戻し、正気に戻るのだ。さらに霊を成仏させるには、生前大事にしていたものや思いについて傾聴し、共感すること、霊の思いを代弁するというのが王道の流れだ。


和馬は落とした手鏡を拾い上げ、トキコの前に差し出した。

「あんたが大事にしていた手鏡だ。覚えているだろ。」


トキコはそっと手鏡を受け取った。手になじむ感じがひどく懐かしい。所々あるキズを指でなぞる。母が使っていた頃、椿油を塗ったばかりの手で触って落とした傷、夫婦喧嘩から母が父を手鏡で殴ったときにできたキズ、息子が遊んでいて、壁にぶつけた時にできたキズ。1つ1つを思い出し、トキコは涙を流しながら手鏡を抱きしめた。


「これはね、母が生前大事にしていた手鏡なの。私が持っている唯一の母の形見。そして私の大切な思い出。」


そう話すトキコの顔は恐ろしい姿から穏やかな生前の姿に戻り、大事そうに手鏡を撫でていた。


「あんたが1人でここにいるのを家族も心配している。俺がここに来たのは、家族からあんたを成仏できるよう手助けすることだ。」


「家族…?」


「孫の俊彦さんだよ。あんたのことを大事に思っている家族だ。」


和馬は優しくトキコに話しかける。


「孫の俊彦が…」


トキコは涙を流しながら微笑んだ。


「俊彦はね、仕事の忙しい息子夫婦に代わって私が世話をした孫でね。思春期には手が付けられなかったけど、根はいい子で、高校を卒業してから自分で店を構えてね。でも、商売なんてうまくいくばかりじゃないからね、私が時々息子夫婦に黙ってお金を工面してあげてね…俊彦。優しい子だね…俊彦…俊彦…とし…ひこ…?」


先ほどまで嬉しそうに孫の話をしていたトキコだったが、徐々に優しい生前の顔から恐ろしい怨霊の姿に戻っていく。


「俊彦―!!!!!」


元の怨霊に戻ってしまった。怨霊トキコはきょとんとする和馬の胸ぐらを掴み、壁に押し付ける。


「俊彦はどこだい!!」


和馬が俊彦じゃないことは認識できているようだ。


「どうした?ばあさん!さっきまで大事な孫って感じで話してただろうが!このまま成仏する流れだろ、普通!」


「思い出したんだよ!俊彦が私にした仕打ちをね!あの子は女と遊ぶ金が欲しくて、私に店の経営がうまくいかないって嘘をついて金を騙し取ったんだ!!!くっそぉぉぉ!!ふざけるなぁぁ!!私が貯めてきた金をどこの馬の骨かも分からない女に使うなんて!!!!俊彦――!!!!成仏なんてするもんかね!!!俊彦を呪い殺すまで成仏なんてしないよ!!!!」


「待て待て!!呪い殺すってなんだよ!?そんなことしたら俺の依頼料が入らないだろうが!!今月家賃支払わないと追い出されるんだよ!こっちは!」


「あたしの知ったことかい!!」


トキコは和馬の胸ぐらを掴みながら、再び天井近くまで浮上する。


「さっさと俊彦の居場所を教えな!!さもないと、あんたを呪い殺すよ!!」


「高田トキコ!!落ち着け!!」


和馬は再度トキコの名前を叫ぶも、トキコは般若の形相を崩さない。


「同じ手は効かないよ!俊彦はどこだい!!」


一度怨霊から元に戻ったにも関わらず、再び怨霊になるとは、余程の恨みに違いない。このまま成仏する気配はなさそうだ。


「分かった…!教えるから…一回落ち着いてくれ!!まずは俺を下に下ろせ!」


トキコは胸ぐらを掴んでいた手を放し、和馬は天井付近から落とされ、床に転げ落ちた。


「ありがとよ、下ろしてくれて…。」


床に転がったまま和馬は言った。


「約束は守ったよ!さあ、俊彦の居場所を教えな!」


陽炎町(かげろうちょう)にあるBar ボンボンにいる。」


「ひゃひゃひゃひゃ!!俊彦!あたしにした仕打ちを後悔させてやるからねー!」


ヒステリックに笑いながらトキコはものすごいスピードで部屋の壁に消えていった。

が、すぐに消えていった壁とは反対側の壁から再び姿を現した。


トキコは驚いた表情をしたが、すぐに最初に消えた壁に再び突進して消えていく。

が、さっきと同じく反対側の壁から出てきてしまった。


「どうなってるんだい!?あんたの仕業かい!?」


トキコは和馬に詰め寄る。


「俺のせいじゃないって。あんた、やっぱり呪縛霊なんだな。」


「呪縛霊…?」


「呪縛霊は、簡単に言うと強い未練が残る場所に鎖で繋がれている存在だ。あんたにとってこの家がその場所だ。そして、あんたの移動範囲は家の中だけみたいだな。」


「じゃあ、あたしは俊彦を呪い殺すこともできず、ずっとここに犬みたいに繋がれているってことかい。」


「そういうことだ。」


自分の状況を初めて理解し、トキコは愕然とした。


このままここで、永遠に孫を恨みながら、誰からも救われず、ただそこにいるだけの存在になる。眼球のない恐ろしい顔であってもトキコがどれほどの絶望感に襲われているかが見て取れる。


強い未練が残る場所…。

トキコは家の中を見渡した。


この家は結婚を機に、両親と同居するために立て直した。いい思い出も悲しい思い出もたくさんある。大事にしていた家具や食器、初めて挑戦したかぎ編みで作ったブランケットも。


そう思い返すトキコは生前の姿に戻っていた。


でも、今はその大事にしていた物たちがほこりを被り、カビを生やして、少しずつ、少しずつ、朽ちていっている。やがて土にかえる物と何も変わらず、ここに存在している自分。自分の心も大事な物と一緒に朽ちていき、孫に対する恨みだけが残る。


そんな未来は望んでいない。


では、孫を許すのか。


店の経営がうまくいかないという孫の話は全部嘘だった。

これまで孫に注いだ愛情はなんだったのか。

嘘までつかれて、お金を取られて…


-許せない。


でも孫が来ない限り、自分にはどうすることもできない。

誰も救ってはくれない…。

怨霊の姿になったトキコは俯いた。


「ただし、俺が連れ出すことはできるぜ。」


トキコは和馬の顔を見上げた。

「できるのかい!?」


「できる。でも条件がある。」


「条件?」


「あんたは孫を呪い殺したいと思うほど恨んでいる。でも殺されてしまっては俺に依頼料が入らない。そこで、折衷案(せっちゅうあん)と行こうじゃないか。これなら俺にも依頼料が入るし、あんたも恨みを晴らして成仏することができる。どうだ、乗るか。」


トキコは迷った。

孫を呪い殺せないのなら、行ったところで仕方がない。

かといって、ここにいても俊彦が来るとは思えない。


「…乗った。折衷案(せっちゅうあん)とやらを聞かせな。」



ここまで読んでいただきありがとうございました。

次回、トキコは無事成仏できるのか。そして、和馬は無事に依頼料をもらえるのか。

続きもよろしくお願いいたします。

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