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断章 空転する少女のパラライズⅤ

 桜花は、電甲杯出場の話に食い下がった。


「……そうだとしても、去年あなたは敗退したでしょう。優勝にはかすりもしなかったと聞いていますが」

「去年はね。でも、あれからあたし、超成長したから。だいじなのは、今のデータをみることなんじゃないの」

「ですが、そうだとしても既存の企画の有益性が否定されるものでは……」

「だから、あたしはその企画自体を否定はしていないんだってば。むしろ、やったらいいと思う。みるっちもシャオ姉も、向いていると思うから――ただし、あたしはQuiet Girlsとして残らせてもらうって言ってんの。で、残ったあたしが事務所に提供できる価値は、あたしのほかに代わりがいないって感じのプロになって、会社の知名度あげるのに貢献して、お金もたくさん稼いでくることだって、そう言ってんの!」


 胸を張り、あまつさえ笑顔まで覗かせる愛莉。いまや余裕さえ窺える表情から、桜花はあからさまに目をそらした。


「――話し合いが長くなりましたね。いったん、お昼休憩にしましょう」


 勝手に、そう《《休廷》》を宣言する。

 詳しくない分野で話を展開されてしまったから、休憩のあいだに可能なかぎり情報を調べて、また反論してくるつもりだろう。

 だが、愛莉にはこの路線で戦えるという確信があった。向こうの言い分は、QGというチームに価値がないという話だったから、価値を創出すると言い返せば、頭ごなしの否定はできないはずだった。




 数時間後に、談義は終了した。


 結局、愛莉の主張は、一時的に勝利をおさめたということになった。

 渋々ながらも桜花が認めた理由は、おそらく、電甲杯を勝ち抜くということの難易度を知ったからだろう。

 ステージに集められるのは、この日本という国全土に散らばる、われこそはという才を主張する若手ゲーマーたち。なんなら、そのなかにはすでにプロとして活動している者もおおいに混ざっているという。

 大会の上位入賞者がプロになるということは、必然、プロレベルの腕前でなければ勝てないということ。


 そして桜花は、娘にその実力《ちから》はないと踏んだようだった。


「Quiet Girls赤城愛莉の移籍にかんしては、いったん保留とします。八月の電子機甲戦杯の結果をもとに、彼女の競技シーン移行にともなうメリットを精査して――」


 そう締めるさなか、桜花はふと思いついたように、こう言い足した。


「そうでした。これは、たしかめるまでもないとは思っておりましたが、ひとつ確認しておきます。あなたの出場希望のゲームは、チームでおこなうものですね。つまり、だれかの手を借りるということも可能という認識で合っていますか」

「……そうだとしたら?」

「あなたの通う高校には、多くのプロゲーマーが在籍しているとのことですが、まさかプロの手を借りて優勝しようとは考えていないでしょうね。なにせこれは、あくまであなたの適性をはかるための機会なのですから」


 ――プロとは組むな。

 そう釘を刺されても、愛莉はうなずかざるをえなかった。

 いずれにせよ、あの鉄の女からチャンスを引き出せたというだけで、戦果はじゅうぶんだ。ほかにも、最低限の配信の頻度は保つようにとか、QGとしての案件はやるようにだとか、いろいろ条件はあったが、それでもかまわなかった。


 会議が終わると、愛莉はわれさきにと退室した。

 そうと決まれば、はやく準備を進めなければ――。


「待って、愛莉ちゃん、待って……!!」


 声がして、愛莉は振り向いた。

 QGのメンバー、みるっちとシャオ姉が、自分を追いかけていた。


「ごめんね、愛莉ちゃん。わたし、なんの事情も知らなくて。Quiet Girlsが、愛莉ちゃんにとってそんなにだいじなものだったって知らなくて、わたしだけ勝手にはしゃいじゃって……!」


 みるっちのほうは、涙目だった。

 普段は澄ました顔のシャオのほうも、今ばかりは浮かない表情をしている。


「あのあと、宇野マネに事情を説明してもらったんだ。まあ、わたしは加入したときに、軽く聞いてはいたことだったけど……」

「わたしとシャオ姉ね、昨日、本社に呼び出されて。それで、移籍に同意するって約束させられて……でもわたし、愛莉ちゃんに協力したくて。きょうのことも、あんな話になるなんて思わなくて……!」

「いいんだよ、ふたりとも。いいの。ほんとうに」


 愛莉は、本心からそう言った。さっきまでの険しい表情は消えて、おだやかな面持ちになっていた。


「えええん、愛莉ちゃぁぁん……」

「なーに泣いてんの。みるっち、ずっとアイドルになりたかったんでしょ? だったら、こういうチャンスを逃しちゃだめだよ。心配しないでも、あたしのわがままでふたりの夢がなくなるってことにはさせないから。今回のことは、やりたいことの方向性が違うってだけで、あたしらずっとともだちだし、ふたりがどうなっても、ずっと応援してるから。ね?」


 体温の高いみるっちを抱きしめながら、愛莉はシャオのほうをみた。


「でも愛莉、さっきの話……電甲杯に勝って、あんた、プロになるって」

「うん。なんか、なりゆきでそーなっちゃった!」

「愛莉がルシオン超強いのは、そりゃずっと組んできたから知ってるけど……でも、正直きびしくない?」

「あたしら、去年だいぶボコられたもんねw 大変だっていうのはわかってるよ。でも、なんとかしてみる。すぐにダウンしちゃうみるっちと組まなくていいしねw」

「もう、愛莉ちゃん!」


 ぐずりながらも、みるっちが肩を叩いてきて、愛莉は笑った。

 そう――みるっちもシャオも、ゲームがひとよりもうまいくらいで、いわば一般人の領域だ。シャオはマスターを踏むくらいは容易にやるが、みるっちのほうは、最後まで上級者と呼べるレベルにはならなかった。

 もちろん、ただのゲーム好きアイドルをやるなら、それくらいでちょうどいい――《《その程度でいい》》。失礼なことだが、愛莉はずっとそう思っていた。


「愛莉くん! 会議、ご苦労だったね」

「あ、社長」


 続いてやってきた吾妻社長に、愛莉は頭をぺこりと下げた。


「さっきは、助け舟、ありがとうございました」

「いいんだ。なんといっても、助けられたのかは微妙なところだし……それより愛莉くん、ぼくが言いたいのはただひとつ――とにかく、きみには事務所をやめないでほしい!」

「や、負けたら素直にやめますよーw なんか、そしたらさすがに引きどきって感じするし」

「そ、そんな……!!」


 なぜだか愕然とする社長に、愛莉は笑いかけた。


「それに、がんばって勝ちます。あんな啖呵切っちゃったし、けっこー自信もありますし。優勝すればあのひとも納得いくみたいだし、うちの学校、そっち方面に強いひとばっかりだから、きっと頼れるチームメイトを探せると思います」

「そ、そうだな。勝てば、いっさいの問題はないということだものな……」


 そうだ――つまるところ、勝てば問題ない。

 プロと組むなだとか、最低限の仕事はこなすようにだとか、条件はいろいろついてしまったが、とにかくそれでも、勝利さえすれば。


 電甲杯に、優勝さえすれば。

 いつか大切なひとにもらったものを、守り抜くことができる――。

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