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69話 JUST EMOTION

 その日――時がめぐるのを、俺は待っていた。


 現在、時刻は11時59分。

 場所は、メディア棟廊下のラウンジ席。

 俺の対面では、少々はやめのお昼を取ると宣言した翠が、よくもまあ毎日飽きもせずに、俺の作ったサンドイッチをかじっている。

 塩を利かせたベーコンをかりかり、昨晩こさえたマッシュポテトをもふもふと。

 俺たちのほかには、ひとっこひとり姿はみえない。


 俺は、腕時計の文字盤に目を落としている。

 57秒、58秒、59秒……。


「――よし、ぴったり正午になった。これから緊急会議をおこなうということでいいな、翠」


 ほんの小さなひとくちを嚥下すると、翠はこくりとうなずいた。


「そういうことでかまわない」

「よし。それなら、さっそくはじめよう。赤城さん《《失踪》》問題解決作戦だ」


 ノリで大仰な言葉を使ってしまったが、あながちまちがいではないように思えた。


 事件の内容はシンプル――赤城さんの音信不通である。

 発覚したのは、あの風変わりな社長とその秘書との夜会の翌日のこと。

 練習日、いつものように赤城さんを待っていたところ、彼女はあらわれず、また音沙汰もないままに閉館時間を迎えてしまった。


 そのさらに翌日は、練習が休みということになっていたため、とりあえず様子見ということで、俺たちは赤城さんからの連絡を待って過ごした。

 もちろんただ待つのみならず、赤城さんの各SNSをチェックして、また彼女の名前でパブリックサーチをおこない、なにかの生放送などに出演していないかも調べた。

 しかし、いずれのメディアにもいっさいの動きはなかった。


 もちろん、まずはじめに疑うべきは彼女の安否であった。

 この現代社会、完全に連絡が絶たれるというのは、相当の状況であるといえる。

 どれだけ重い風邪や病気を患おうとも、ちょっとスマホを開いて軽くなにかを書くということは容易であるはずだ。

 そのスマホを紛失していようともPCがあるし、不運にも同時にPCがぶっ壊れようとも、だれかしらのデバイスを借りればどうとでもなる。

 とくに赤城さんは連絡がマメなほうだから、なおさらである。


 もしも不慮の事故かなにかで意識不明の状態であるなら、ニュースになったり、事務所のほうがアナウンスを出しているはずだろう。

 にもかかわらず、そのいずれも情報がないとなれば――考えられるのは、いったいなにか。


 まずはじめに俺が取り掛かったのは、彼女の知人への連絡であった。

 俺が思いついたのは、このあいだの予選でも少し話したクラスメイトの多々良さんだ。音ゲーマーJKとして有名な、こちらも人気上昇中の配信者だ。

 もちろん、個別ラインではともだちでもなんでもないからコンタクトを取るのは緊張したが、この動機は委員長としては当然のこと、試さざるをえなかった。


 これは、昨晩のそのラインのログである。


俺:多々良さん

 :亜熊だ。急にすまない

 :赤城さんについて聞きたいことがあって、ともだち追加させてもらった


 既読は、すぐについた。


タタ:なんだー?だれかと思ったら委員長かー!

  :あいりについて?

  :いいけど、タダでは教えらんないなー タタだけにな!


 タタというなら、逆にタダで教えてほしいものだが。


俺:わかった。メロンフラペでよければごちそうしよう

タタ:それマ!? すげー、想像の6倍いいもんきた!

タタ:じゃ、しょーがないからおしえたる 大サービスな?

タタ:あいりはー、男前っていうか、筋肉質なのがフツーにタイプだなー

タタ:清潔感かなり重視で ちゃらめのやつはかなりびみょーだって

タタ:あと自分が背高めだから、相手も高いほうがいいかもって昔言ってた!


 ……なんの話をしているんだ? このひとは。


俺:俺が聞きたいのは、赤城さんと昨日からずっと連絡が取れないことについてだ

俺:電甲杯の練習にも来ないから、なにかあったのではないかと思って

俺:それで仲のいい多々良さんなら、なにか知っていないかと

タタ:先に言えよ!!!!!!


 俺が用件を告げる前にべらべら喋り出したのはそちらである。


タタ:待っとけよー!今あいりに聞いてやっからー!


 ~30分後~


タタ:……あいりから、返信こない

タタ:(謎のキャラが泣いているスタンプ)

俺:わかった、ありがとう。もしも連絡があったら、教えてくれると助かるよ

タタ:メロンフラペは?

俺:ああ、二学期に再会したら差し上げよう

タタ:そんときはもう期間限定終わってるっつーの!!


 そこで会話のオチがついたのか、トークが終わってしまった。




 ともあれ。

 彼女のチームメイトである俺と翠は、連絡が途絶えてから二日目にあたる昨晩、これからどうしたものか相談した。

 翠の意見は、このようなものだった。


「なにかわたしたちのあずかり知らないプライベートな事情で連絡ができないだけの可能性も、ありえなくはない。わたしたちがあえて行動を起こすのは、三日目の昼まで待ってからでいいと思う」


 タイムリミットを設けるという翠の提案を、俺は即座に飲むことはできなかった。

 なにせ、もう電甲杯の本戦が間近に迫っているのだ。

 もしもこのまま連絡が取れないまま赤城さんに会えなければ、一も二もなく不戦敗となる。

 ここにきてそんな終わり方は、いくらなんでも無慈悲というものだ。


「しかし、プライベートな事情とはいってもな……」

「可能性は無限大。たとえば、わたしは突然クマが安否不明の状態になったら、スマホなんて気にせずに捜索を開始する。かりに彼女からのメッセージに気がついて、ゲームの練習に来ないのかと聞かれているのを確認しても、きっとろくに返事はしない」


 その例でいうなら、それでも赤城さんは事情くらいは説明しそうだと思ったが、俺は黙っておいた。

 しかし、俺たちが赤城さんのプライベートをたいして知らないというのはたしかだ。なにかこちらが考えの及ばない事情で、この数日だけ連絡が取れなかったということも、ありえなくはない。

 だから即日で行動を起こそうとするよりも、最低でも三日ほど待つというのは妥当であるように思えた。


 だが、それでいて――である。

 今の俺は、彼女のプライベートを、以前のようにほんとうにまったく知らないというわけでもなかった。

 ひょんなことから知ってしまった、少々複雑な事情がある。そしてその事情が、今回の赤城さんの失踪に関連しているのではないかと思えてならなかった。


「さて――ここからは、俺たちにできる範囲で行動を起こそうと思うのだが」

「うん」

「現実的に可能なのは……せいぜい、赤城さんの家に行ってみることくらいか?」

「たしかに、それくらいしかないように思える」


 翠の意見も、同様のようだった。

 ではさっそく――と言いたいところだったが、


「その前に、このあいだ俺が聞いた話を共有しておきたいんだが」


 小首をかしげる翠に、俺は数日前のできごとを語った。

 このタイミングまで俺が話さなかったのは、これが赤城さんのプライバシーにかかわることだったからだ。

 翠には可能なかぎり情報を共有するようにと言われているのは覚えているが、ひとの権利を侵害してまでおこなうべき行為ではないはずだ。


 ――が、それも状況が普通であるなら、だ。

 今回のような非常事態になると、話はべつである。

 俺が事情を話し終えると、翠はあきれたように息をついた。


「クマは、なにかに巻き込まれる天才」

「べつにこれまではそんなこともなかったと思うんだが……電甲杯がはじまってからというもの、こういうことが続くな」

「とにかく、事情はわかった。そういうことなら、今回のあのひとの音信不通は、もしかしたら……」


 翠の言葉に、俺はうなずき返した。

 この一件。もしもだれかが糸を引いているとするなら、その推測は容易であるようだった。

 



 そのあとの時間、俺と翠は作戦会議と前準備をおこなった。

 翠が即席で用意したフローチャートは大変わかりやすく、どういった場合にはどうするということが、俺にも理解しやすいようにまとまっていた。


 作戦決行は、さっそくだが本日ということになった。

 俺は翠といったん解散して、俺のほうにできる仕事をおこなうことになった。



 ひとつは、イヨちゃん先生への連絡。内容は、どうしても夏期勉強合宿の資料が欲しいというもので、先生が用意していた資料をスラックで送ってもらった。

 なお、同時に添えられていたのはこんなメッセージであった。


『亜熊くん。お勉強もいいんだけど、今は電甲杯の練習のほうがたいせつだと思うなぁー? どうしても必要なら送るけど、ゲームに集中したほうが……』


 この世のどこに勉強よりもゲームをしてもらいたがる先生がいるのかと言いたいところだが、どういうわけかわが担任の女性教師がそれであった。

 だがいずれにせよ、安心してほしい。

 合宿の資料が欲しいのは、勉強のためではなく、まさしくゲームのためだ。



 もうひとつは、赤城さんの事務所への連絡だった。

 ……が、正直、こちらはあまり乗り気になれなかった。必須事項だというのに、二の足を踏んでしまう。

 俺が持っているのは、あの変わった社長秘書――黒峰さんの名刺だ。

 あの日はふらふらだったから事態を受け入れてしまっていたが、本来なかなかお目にかかれないタイプの社会人であるように思える。

 俺自身、社会に出た経験があるわけではないから断言はできないが、それにしたって、あれはなあ。


 ……ええい、ままよっ。

 思いきって、俺は名刺に書いてある電話番号にかけた。

 3コールもしないうちに、通話がつながった。


「もしもし。こちら、株式会社セイレーンの黒峰さんの電話番号でおまちがいなかったでしょうか。自分は……」

『(ボンッボボンッ)存じておりますわ。亜熊さまの携帯電話番号でございますね(ズンズンボボボンッ)』


 黒峰さんの声だ。

 ぶじにつながってよかった……のだが、それはそうとして、気になることがある。

 通話から、奇妙な音が響いているのだ。

 なんだろう、太鼓のような音だ。それに歓声のようなものも。

 いったいどこにいるんだ?

 あれ? というか、そもそも……。


「俺、黒峰さんに自分の電話番号を教えていましたっけ」

『フフ。優秀な秘書というのはなんでもわかるものですのよ(ズズズンッ)』


 やっぱりおそろしい、このひと。


『それにしても、あれから数日と経たないうちに連絡をくださるとは、不詳黒峰、大変嬉しく思います――これは、毎日の練習に疲れた亜熊さんによる、プライベートな夜会のお誘いということでよろしいですわね?』

「あの、単純に疑問なのですが、黒峰さんはずっとそういう感じで社会人生活をお送りになっているのでしょうか」

『まさか。毎日のハードな職務をこなすための気分転換に、若い年下の男性と軽い談笑をするのが最適というだけですわ(ドドドドドドドンッ!ウー、ハー!)』


 なるほど。ようは、社外の男をからかってストレス発散をしているということか。

 社会人というのはそれほどに大変ということだろう。俺もいつか似たようなことを、社外の女子高生を相手に……やったら、即座に人生が終わるだろうな。


『それよりも、さきほどからうしろがうるさくて申し訳ございません。じつは、業務圧の限界に達した社長を慰労するために、トンガ王国の伝統舞踊と太鼓が鑑賞できる秘密クラブにお連れしておりまして。今、社長は恰幅のよい半裸の男性たちの輪のなかで合唱を強要されているところですわ』


 それはそれは、一ミリもストレスが解消できないことだろう。

 いや、こんな話をしている場合じゃない。


「黒峰さん。以前、なにかあったときには連絡をするようにとおっしゃいましたね。単刀直入に言いますが、非常事態でして――」


 俺は、赤城さんと音信不通であることを伝えた。

 そして俺が彼女の家に行こうとしているということと、もしも俺の考えが当たっていた場合、事務所のほうにやってもらいたいことを話す。

 みごとなのは、黒峰さんの対応のはやさだった。

 かなりやっかいな秘書だというのが俺の現時点の印象だが、仕事ができるというのはまちがいないようだった。



 用事が済むと、俺は翠のところに戻った。調べものを終えたらしく、すっかり荷物をまとめていた翠をともなって、学園を出る。

 まだ西日にはなっていない。

 夏の日差しのなか、翠とめざすのは駅だった。


「クマと電車に乗るのは、なかなかめずらしい」

「そうだな。まあ、十分ほどで降りることにはなるが――」


 俺は、グーグルマップに登録した住所に目を落とした。

 目的地は、世田谷区自由が丘。代官山駅からは、各駅停車で五駅。


 さきほど聞き出した、赤城さんの自宅がある町だ。

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