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63話 意味のある特訓だよ

 俺と翠は、赤城さんの奇行をただ眺めていることしかできなかった。


 赤城さんは鼻歌交じりに、まずはクラスメイトの石上さんの顔写真をPCルームの壁に貼り付けた。

 石上さんの出席番号は、三番。その次に続いた宇津井さんは、四番。

 三番からはじまったのは、一番が赤城さんで、二番が俺だからなのだろう。


 そういえば、一年のときの初期の席配置は出席番号順だったから、俺は少しのあいだ赤城さんの真後ろで授業を受けていた記憶がある。図体がでかくて申し訳なかったから、イヨちゃん先生に言ってすぐに最後尾の席に替えてもらったっけ。


 いや、そんなことはどうでもいい。

 とにかく、赤城さんはクラスメイトたちの顔写真をぺたぺたと貼っていった。半分ほど貼り終えると、次は反対側の壁に向かい、同じことをする。


「赤城さん。これはいったい……」

「ん? ああ、顔写真なら、slackのアイコンから持ってきたんだ! 学校にもらったアカウント、デフォで生徒手帳のと同じ写真だったからさー」

「いや、そういうことを聞いているのではなく」


 そうこう言っているうちに、驚きの手際の良さで、赤城さんはすべてを貼り終えてしまった。

 おかげで、PCルームはいきなり異様なサマへと変わってしまっていた。

 ずらりと並ぶ、クラスメイトたちの顔、顔、顔。

 証明写真から持ってきているせいで無表情だから、やけに威圧感があるというか……いや、シンプルにこえーよ。


「聞いて驚いて、いいんちょくん! これがあたしの編み出した緊張ほぐしの方法――偽ギャラリー大集合法だよ!」


 それは……たしかに、聞いて驚くものではあるな。

 言葉をうしなう俺に、赤城さんは得意げな表情でこう説いた。


「いいんちょくんは……衆目っていうのかな? ギャラリーがいると、とくに普段のちからが発揮できなくなるてことに、あたし気づいたんだよね。だから、まずは注目されることに慣れるのが大事なんだって思って、こうしてみちゃいました」

「こうしてみちゃったのか……」

「どうかな? いいんちょくん、緊張してきた?」

「……どうだろう」


 わからない。

 どちらかといえば、この奇怪な状況に対する困惑のほうが大きい。

 黙々とプレイ準備を進める翠に、俺は意見をたずねてみた。


「この手段は、それなりに効果的ではあると感じる」


 まじかよ。


「緊張をほぐすためには、事前に成功するイメージを強く抱いておくといいらしい。クマの想像力なら、この状況を基に、自分が本番環境のなかで成功している情景に入りこむことは可能だと思う」


 試してみて、と翠にうながされて、俺はがんばって光景を想像してみた。


 電甲杯の本戦。会場の内装は、このあいだのLCパビリオンと大きな違いはないだろう。多くの観衆がいて、カメラが回り、ライブ配信までされている。

 なかには、俺のことを知るクラスメイトたちや、イヨちゃん先生なんかもいることだろう。

 そしてみんなが、俺のプレイに目を向けていて……。


 ……吐きそうになってきた。


「いいんちょくん、顔色悪くなってない? だいじょぶ? 無理はだめだかんね」

「だいじょうぶだ、問題ない」

「ほんとに? それなら、この状況でルシオン潜れる?」

「……よし、やってみよう」


 白状しよう。俺は、どうにか左右の壁から目をそらして、クラスメイトたちのことを忘れて、普段どおりにプレイするつもりでいた。


「じーー…………」


 そうできなかったのは、すぐとなりで赤城さんが俺のことを凝視していたからだ。


「……赤城さん、どうしてこちらをガン見しているのかな」

「あたしも、いいんちょくんのクラスメイトでしょ? だから観戦するの。それに、いいんちょくんのプレイの理解を深めたほうが、今後の連携も取りやすくなる気がするし、一石二鳥じゃん?」


 この位置なら翠ぴのプレイもみれてなんなら一石三鳥だし! と赤城さんは力説した。

 いや、しかし、これは……。

 単純に、赤城さんの位置が近すぎる。どれくらい近いかというと、普段から漂っている香水のかおりが、だいたい三倍マシに感じられるくらいだ。

 赤城さんの息遣いが、産地直送のかたちで俺の耳に届いている。

 この動揺は、クラスメイトにみられているから緊張するとかいうジャンルじゃない、ぜんぜんべつのものだ。


 このひとは、こういうことに無自覚なのか? まさかわざとやっているわけではないだろうが……。

 いくら俺が異性として意識されていないにしても、これは問題だ。


「どしたん? いいんちょくん、設定とロビーを行ったり来たりなんかして」

「あ、ああ、すまない」

「練習場じゃなくてランクマに潜ってよ」

「そ、そうだったな」


 救いを求めて翠に眼差しをやると、翠はコントローラーを握って一生懸命ルシオンをプレイしており、俺にほとんど気を払っていなかった。

 課題を与えられれば集中してこなす翠の性格は尊敬しているが、今だけは俺を助けてくれないか……。


「じーーー…………」


 赤城さんにガン見されてのオンラインマッチがはじまった。

 個人のランクは放置していたからダイヤ程度で、べつに普通にプレイしているときなら半分寝ていても勝てるレベル帯……のはずなのだが。

 開幕、俺はのろのろと漁りを終えたあとに、ゆるゆると仲間についていき、だらだらと射撃戦をして、普通に負けてしまった。

 マナーの悪い味方から「雑魚」と暴言チャットが飛んでくる始末だった。


「じーーーーーー………………」


 そしてコーチである赤城さんは、とくに感想を述べるでもなく、ひたすらにガン見。合間合間で翠のプレイをみて、判断を褒めたり、改善点を教えてあげたり。

 赤城さんの目線に耐えられなくなって顔をそらすと、そこにはずらりと並んだクラスメイト達の写真が俺に視線を注いでいた。

 に、逃げ場がない……。

 ひょっとしてこの練習、思ったよりも過酷なのではないか……?


「どしたのいいんちょくん、次やって、次」


 鬼教官に再戦を要求されて、俺はふたたび対戦へと向かった。

 それからの数時間は、まったくひどいものだった。

 思えば、赤城さんと組んでいるときは、ある意味ではもっともプレイをみられていない状況だったため、きっとなんとかなっていたのだろう。

 だが、こうしてすぐとなりで凝視され続けるとなるとなればべつだ。

 俺のなかの委員長が際限なく増幅されて、なんとも立ち行かなくなってしまった。




「――ん、だいたいわかった!」


 午前の練習が終わり、昼休憩。

 PCルーム前のラウンジにて、赤城さんはそう口にした。


「なにがわかったんだ? 赤城さん。俺の頼りなさっぷりがかな」


 疲労感が隠しきれず自虐を吐いてしまった俺に、赤城さんは首を横に振った。


「んーん、わかったのは状況だよ! とにかく、研究成果の発表するね。まず翠ぴのソロランクマだけど、かなり効果あるっぽいなって思った! その証拠に、きょう一日だけでだいぶ新しい動きが模索できてたし」

「それに意味があるのかわからない。チームにおけるわたしの行動の最適解は、上級者であるふたりの判断に従えばいいように思える」

「そんなことないよ! だって、マクロな部分は教えられるけど、ミクロなところまでは、正直気を回してらんないもん。このあいだの予選で、本番のプレイ中に翠ぴに細かい指示出しができるくらいの余裕はないっていうのもわかったし。だから、翠ぴが自分で判断できる小さい基準が多くなればなるほど、最終的なチームの行動の質が上がるってわけ!」


 赤城さんの発言に、翠はぱちくりと目を瞬いた。


「ずいぶんと理知的な発言。まさか経済学の用語があなたの口から出るとは思わなかった」

「ケイザイ用語なの? ミクロとマクロ? え、あたしずっとゲーム用語だと思ってたんだけど」

「……よかった。あなたらしい発言だった」

「と、とにかく! 翠ぴにかんしては、この方針の練習で成果が出るという判断になりました! で、次、肝心のいいんちょくんだけど――」


 赤城さんに視線をもらい、俺は思わず委縮してしまった。

 ダメダメっぷりを、間近で観察されてしまった。はずかしさもあるが、それ以上に申し訳なさが大きい。


「匿名熊が百点だとしたら、んー……ぶっちゃけ、五点くらいの内容だった!」

「ぐはっ」


 正直なギャルの発言が、俺の胸を刺した。


「フツーに組んでるときはもっと強いのに、やっぱ注目されていると内容が変わっちゃうのはまちがいないっぽいね」

「す、すまない。思ったよりも、うまくできず……」

「なに謝ってんの? いいんちょくん、悪くないのに謝ったりするの、よくないからやめたほうがいーよ!」

「そ、そうだろうか」

「うん、だってこうなるって、正直わかっていたし。そもそも、だからこそよくできるだけよくしようねって話だったし」


 けろっとした顔で赤城さん。

 どうやら、ほんとうに俺を責めるつもりはないようだ。


「それにね、話には続きがあるよ! たしかに、基本は五点くらいの動きだったけど、最後のマッチは――二十点くらいだった! 匿名熊の片鱗が垣間見えた、ってかんじ? いいんちょくんは、自分でそういう自覚ない?」


 そう問われて、俺はさきほどのことを思い返した。

 ……たしかに、一瞬だけ無意識でプレイできたタイミングがあったような気がする。

 頭を使えていたわけではないから、優れたプレイングだったとは口が裂けても言えないが、そのかわり、委員長が出てきて邪魔をすることもなかった。

 いうならば、手癖で動いていたような感覚だ。

 そちらのほうが、マシなプレイになっていたということだろうか。


「だから、いいんちょくんのほうもこの特訓でよくなってくんじゃないかな。電甲杯まで時間があるわけじゃないけど、それでもかなりの頻度で練習できるし、正直めっちゃ未来は明るいっていうか、余裕で優勝狙えるなって結論になりました! ふたりはどう思う??」


 問いかけられて、俺と翠は互いの顔を見合わせた。

 こちら側で会議をするまでもないようだった。


「わたしは、とくに異論はない」

「……俺も、このまま続けるのでいいと思う」


 心配なのは、俺の精神力くらいだ。


「りょ! わー、よかった、ずっと考えてた甲斐があったー!」


 研究発表(?)が終わったからか、赤城さんはようやく白衣を脱ぐと、自分のぶんのサンドイッチに手をつけた。

 ていうか、どこから持ってきたんだろう、この白衣……。

 よくコスプレしているようだから、こういうのをたくさん持っているのだろうか。


「てか、えらそうなこと言ってたけど、あたしにもめっちゃ課題あんだよね。午後のチーム練は、逆にいいんちょくんのほうにダメ出しもらいたいっていうか……って、なにこのサンドイッチうまぁ!!!?」


 突如として大声を出す赤城さん。


「とうとうクマのサンドイッチの魅力にきづかれてしまった……」

「え、これまじでいいんちょくん作ったの!? すごっ、え、超おいしいよ!?」

「そう。クマは将来サンドイッチ屋さんになるべきだとわたしはつねづね思っている」

「まじなれるかも、これ! いいんちょくん、いっしょにワゴン車で売ろーよ!」


 女子ふたりに褒め称えられる俺のサンドイッチ。去年、Youtubeで調べて試行錯誤しながら作った経験が活きているようだ。

 ……サンドイッチ屋か。

 将来の夢もないし、いっそ本当に目指すのもありかもな。

 はあ。


 かしましい声を耳にいれながら、俺は窓の外の晴天に目をやった。

 赤城さんは前途が明るいと言っていたが、俺にはそうは思えなかった。本来の実力が出せないまま、電甲杯の本戦に挑んで、果たしてどうなるのというのだろう。

 もっとも、そのための訓練であるというのは間違いないのだが。

 オフライン環境でのプレイでも、さすがに少しはマシに動けるだろうと勝手に楽観していた、少し前の自分をぶん殴りたくなる。


 ――お前はあのとき、あれほどチームに迷惑をかけたというのにな。


 とはいえ。

 俺などのために策を練ってきてくれた赤城さんのためにも、弱音を吐かずにがんばっていかねばならないのだろう。


 俯きながらも前進することを誓う、夏休みの練習の初日なのだった。

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