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59話 カラオケは英語でいうとキャリオキ

 VRゲーム空間から出たあとは、ふたたび赤城さんに案内されて近くのデパートに行き、限定開催中のルシオンのポップアップストアをみることになった。


 こちらも予約が必須だったはずだが、赤城さんが済ませておいてくれたのだった。

 実寸大のウィジットのモデルガン、メレンの特徴的な髪飾り、チェリーパイの箒についているトカゲのストラップなど、さまざまなゲーム内アイテムが販売しており、ファンには垂涎もののラインナップとなっていた。


 赤城さんは目に付くものを次から次へとカゴに入れていったが、俺と翠はとくに買い物はしなかった。理由は単純で、翠は欲しいものがなかったからだし、俺はというと、委員長がこういうときに物を買うのが正しいかどうかわからなかったからだ。

 わからない場合は、なにもしないことが往々にして正解である。

 かくも委員長歴の長い俺とて、いまだに判然としないことは多いのだ。


「はい、これ!」


 だから、レジから戻った赤城さんに、銀の袋に入った小物を渡されたときにも、反応に困った。

 たずねてみると、開けるまでだれが入っているのかわからない、キャラクターのアクリルキーホルダーとのことらしい。赤城さんは自分のぶんに加え、俺と翠にも買ってくれたようだった。


「悪いよ、赤城さん。このぶんは支払おう」

「むー。初めてスタバ行ったときも思ったけど、いいんちょくん、そういう無粋なとこあるよね。プレゼントはねー、すなおに受け取らないとだめだよ!」


 そういうものか。まあ、そうかもしれない。委員長とはいえ、贈り物を受け取ることもあるだろう。

 ただし、これはいつかどこかで借りを返さなければならないという事実を意味する。またいつかメロンフラペでも差し上げるのがよいだろう。

 ちなみにキーホルダーだが、俺がゼファー、翠がベリリウム、赤城さんがドリファスであった。みごとにだれひとり使用キャラと被っていない。

 どうせならメレンが欲しかったが、ガシャガシャとはそういうものだろう。




 結局、赤城さんの言う打ち上げというのはなんなのか聞いてみると、


「えー? そんなの、この三人で遊びたかっただけだけど?」


 と、なにを当然のことを聞いているのかというような目で返されてしまった。


「まあ、半分は翠ぴをおめかししたかったっていうのがあるけどね。ねー、午前も楽しかったねー、翠ぴ♡」

「あなたがどうしてもというから頼みを聞いただけ。こどもがする人形遊びの人形になった気分だった」

「やーん、この塩対応、まったくたまりませんなぁ♡」


 いつみてもふしぎなほどに距離の縮まっているふたりに首を傾げながら、赤城さん曰く「安くておいしくておすすめ!」とのことらしいデパート内部のしゃれたカフェテリアでたらこパスタを巻く俺。

 ゲームセンターに行き、買い物をして、腹も満たした。

 となれば解散かと思いきや、赤城さんにはまだそのつもりはなかったらしく、ふたたび混み合う渋谷の道を行って、俺たちは最後の目的地、カラオケへと至った。




 ――カラオケ。


 得意か不得意かでいうと、もちろん不得意ではある。

 が、これはクラスメイトがごった返している懇親会とは違う。赤城さんという手ごわい相手こそいるものの、三人という小規模なものだし、そのうちのひとりは翠だ。これまでのカラオケに比べたら、ソーシャル・バッテリーの負担は格段に少ないだろう。


 翠にカラオケについて聞いてみると、はじめてとのことだった。


「えーっ、そうなの!? そんなことある!?」


 と、文化圏の違う赤城さんが露骨に驚いた。


「そんなことある。理由は、これまで来る必要がなかったため」

「それなら……ひょっとして、あたしが翠ぴのはじめてをもらうってコト? やだ、なんか嬉しっ」

「言っている意味がわからない。それをいうなら、クマも同時にわたしのはじめてをもらっているといえる」

「……これは天然の発言なのかな。翠ぴって微妙にわかんないとこあんだよなぁ……」


 思案顔になる赤城さんが部屋を通り過ぎそうになったため、俺が声をかけて止めた。408号室、なんの変哲もないカラオケの小部屋に入室する。


「やー、ようやくこいつらはずせるな〜。この帽子とサングラス、ずっとつけてるとなーんか頭重くなってきてさー」


 赤城さんはソファに腰を下ろすと、次々と装備をはずしていった。

 たしかめるまでもなく自明のことだが、本日の赤城さんの服装には、ちょっとした変装の意図があったのだろう。とくにルシオンのポップアップストアは、かなりの確率でリスナーが忍んでいると推察されるから、その判断は正しかったはずだ。


 翠はというと、ふしぎそうに室内を眺めていた。はじめから流れているモニターの映像をみやり、隅のタンバリンに視線をやり、最後にデンモクを手に取った。


 さて、果たしてこの場はどうなるのだろうか。

 意外かもしれないが、俺には持ち歌というものが存在する。中学のときにクラスの催しではじめてカラオケに行くことになったとき、果たして委員長とはどういう歌を入れればいいのだろうかと散々悩んで、いくつか選出したのだった。


 当時の俺が頭をひねって考え出したのは、「古い名曲」だった。いちおうみんなが知っているものではあるが、それはそうとして、かなり時代がずれた曲。

 なんとなく、それが委員長のイメージに合うと思ったのだ。もっとも、俺も詳しくはないためYouTubeでリピートして歌を覚えて、家でひとり練習することにはなったのだが。

 なお、練習の甲斐があったのか、歌そのものの評判は悪くなかった。声変わりしてから安定した低音になっているから、音程をはずさずに歌いきるのは、そうむずかしいことではなかった。


 では、本日のこの状況だとどうなるのか。

 マイクを渡されたら歌ってもいいが、俺のレパートリーは少ない。

 赤城さんは、きっとなんでもうまく歌えるのだろう。というか、所属しているグループでオリジナルソングを歌っているMVがあるくらいだから、なんなら自分の歌さえ登録されていそうだ。

 それならば、赤城さんが二時間ずっと歌い通して終わるのだろうか? そんな人気ストリーマーの喉を潰すような真似をさせてだいじょうぶなのか……。


 などなどと、俺が素知らぬ顔の裏で悩んでいると、デンモクをピッピッとタッチしていた翠が、


「――すごい。魔女っ娘リンリン・タムの歴代楽曲が、すべて入っている」


 と、感動した様子で言った。


「え? 翠ぴ、今なんて?」

「魔女っ娘リンリン・タム。今から十年前に放送されていた、全二百話の長編アニメーション。ストーリーは、平凡な女子小学生リンのところに、ある日突然異世界から魔法使いの使者がやってきて」

「いやごめん、リンタムの話はわかるよw 当時あたしもみてたし。え、てか翠ぴも好きだったん?」

「……(こくり)」


 その問いに、翠はひかえめにうなずいた。


「うわー、まじ? 超いいよねー! 翠ぴ、だれ好きだった!? あたしはね、もう絶対にショウちゃん!」

「たしかにショウはとても魅力的なキャラクター。多くのシナリオで、リンがひとりではどうにもならない問題をショウが解決してくれる。しかし惜しむらくは魔女ではなく魔装戦士であること。ショウが魔女なら、わたしもほだされていた可能性が高い」

「謎の判定基準w でもたしかに、ショウちゃんだけじみに魔法のエフェクトが違ったよね。あたしもこどものころふしぎに思ってさー、映画みにいってパンフ買ってもらって、それ読んだらショウだけ魔法のルーツが違うって書いてあって、けっこー納得してた! ……って、なにその目?」

「……なかなかやる」


 ほう。翠に認められるとは、赤城さんもけっこうな知識力であるようだ。

 天才肌の翠は、好きなものはとことん詳しくなるタイプ。そして自分であれ他人であれ、にわかオタクには容赦がない。その点でいうと、俺などはよく迂闊な発言をして注意されるほうだ。


 翠はデンモクのページをめくっては、あの曲もある、この曲もある、と目を輝かせていた。おそらく曲の入れ方がわからない翠のかわりに、赤城さんがもうひとつのデンモクをささっと操作してしまった。

 途端に流れ出したイントロは、俺も知っているものだ。今なおコアなファンの多いリンリン・タムの、記念すべき第一期のOPテーマ。


「Ready on(れでぃおん), Tam Berry(たんべりぃ)……!」

「いれちゃった。翠ぴー、かわいい声をおじさんに聴かせてくんない?」

「こうなってはしかたない。歌う」


 翠がマイクを手にした。

 俺は、世紀のイベントに目をみはった――というと言いすぎだが、あからさまに注目してしまった。もう長い付き合いになるが、翠の歌声をきちんと聴くのは、これがはじめてだ。小学校の合唱なんかは、だれがどの声なのかわからなかったし。


「れでぃおん きーかーせーて きみのー 心音《おと》ーを わたしにーだけー」


 これは……!

 ……なんというべきか、いかにも翠らしい歌声だ。

 なにごとにも動揺しない、小柄な体躯にして巨大な堆石を思わせるほどの冷静沈着ぶりをみせる翠の、いつも変わらぬ平坦さが滲み出たような歌声。

 つまり――正直、あまり音程がなかった。


 マイクを持たずにいっしょに小さな声で歌う赤城さんが、やはりというべきかかなりの巧者であるせいで、余計に対比が際立つ。ていうか原曲よりうまくないか? このひと。

 もっとも、当の歌い手である翠が、ゆらゆらと頭を二拍子のリズムで左右に動かしながら歌っている姿はなんとも微笑ましく、歌唱のクオリティなどは些事ではあるといえよう。


「とーけいーの はーりが まわるーとーきー みーんなーの こーえが」


 だがしかし、聴いているうちに俺はいやに自分の心が癒されていることに気がついた。

 なぜだろう――声質のせいだろうか? 翠は、端的にいって美声だ。小さな声でも、かなり聴き取りやすい。音程はともかくとして、その声がマイクによって増幅された結果、ふしぎなリラックス効果を与えているのだろうか。

 これは幼なじみの俺だけにだけ響いている特効なのだろうかと疑問に思っていると、


「……ねえ、めっちゃよくない?」


 と、赤城さんが突然顔を近づけて言うから、俺はかなりどきっとした。

 無論、委員長としての機能は働いていて、表には出なかったが。


「ああ。さすがは翠だ、いつも俺の想像を超えてくる」

「でも、翠ぴが楽しそうでよかった。たくさん歌わせてあげたいなー」


 曲が終わると、赤城さんは翠のほうにすり寄っていった。


「翠ぴー♡ めっちゃよかったよ♡」

「リンタムの曲は歌詞をすべて暗記しているから、自信がある」

「いや暗記は関係ないと思うけどw じゃさー、いっそメドレー入れん? あたしもいっしょに歌いたいし、全曲いっちゃお!」

「歌う」


 よほど歌えるのが嬉しいのか、翠はスキンシップが多めの赤城さんに対して、いつものように怒ることもしなかった。

 すぐさま次の曲が入って、ふたりの女子の歌声で部屋が満たされる。

 そしてそれを、ただひたすらに聴く俺。


 ふたりが楽しんでおり、とくに俺がやるべきことがない。これは百点満点の理想的な状態であるといえて、俺からしても非常に助かる結果となった。

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