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51話 戦いの終わりに

 そうして、校内予選のすべてのマッチが終了した。

 本来であれば一日で終わるはずが、サーバーのトラブルで日を跨いだうえに、こうしてオフライン開催となった、やけに大規模な予選が、ようやくの終了だ。


「最終結果を集計するので、みなさんはそのまましばらくお待ちください」


 LCのスタッフのお姉さんがそう宣言して、わずかにフリーな時間を迎える。

 パビリオンのなかが、急に和気あいあいとした空気になった。

 いや、もともと賑わってはいたのだが、いちおうライバル関係として競っていた状況が終わり、みなの表情がやわらかくなったようだった。


「やーーー、さすがにちょい疲れたね! ふたりとも、超GGだったよ!」


 椅子のうえで思いきり背伸びして、赤城さんがグーサインをみせた。


「いやほんとうに、お疲れさまだった。赤城さんには、とても助けられたよ」

「だから、こっちこそだってば! てかこれもう、超ハグ案件なんだけど! ぎゅっといっていい? ぎゅっと!」


 またぞろ赤城さんのハグ癖が出る。

 が、俺がそれを受け入れることは生涯ないだろう。


「俺は遠慮しておこう。かわりに、ここまでついてきた翠を労ってやってくれ」

「クマ、どうしてわたしを身代わりにするの」

「んー、そだね! 翠ぴ、こっちおいで♡」

「断固として拒否する」

「逃がさん!」


 まるで甲賀の忍者と見紛う速度で、赤城さんが翠を捕捉した。

 翠がこれまで聞いたことのないような声を出して嫌がっている姿を、俺は疲れ切った脳みそで眺めていた。

 本日のソーシャル・バッテリーは、電池切れもいいところだ。

 はやく帰ってぶっ倒れたい――それ以外の欲求が一切なくなっている。


 集計は、そんなに時間を取らないだろう。計算がむずかしいものでもなく、何人かで結果を確かめ合えば、すぐに済むはずだ。

 そう思い、俺がLCのスタッフさんたちがいるほうを眺めていると、そこに意外な人物が歩み寄っていくのをみた。


「――学園長」


 ぼそりと口にしてしまった俺の声を、だれかが聞いたということはないだろう。

 おそらくは偶然で、その場にいた生徒たちの耳目が彼女に集まった。

 いや、あるいはそれは、彼女の持つ特異なオーラによる効果だったのかもしれない。

 ここにいるだれよりも小さな背丈。

 それでいて、この場のだれよりも大きな中身を隠している器。


 西園寺学園長が、雛壇にたむろしている生徒たちに目をやった。ただ不敵に笑うばかりで、まだなにも言いはしない。

 かわりに、LCのスタッフの女性になにかを耳打ちした。

 そのあとで、スタッフさんが大きな声でギャラリーに向けて言った。


「え、ええっと……みなさん、よろしいでしょうか。たった今、LC学園内の校内予選の集計と最終確認が完了しました。つきましては、上位5チームの発表をしたいと思います。登録されているリーダーの名前をお呼びしますので、前のほうに来ていただけますか」


 スタッフさんは、そのまま淡々と名前を読み上げた。


「えー、1位から順に呼びます。2年C組、東堂聖人さん。3年B組、嶋和馬さん。2年A組、赤城愛莉さん。2年B組、海谷ララさん。最後に、3年E組、衛藤肇さん。みなさん、こちらへどうぞ」


 99%結果がわかっているとはいえ、緊張のひと時だった。

 赤城さんの名前が出ると、周囲の視線が彼女に集まった。どの目つきも、賞賛しているように見受けられたのは、俺の色眼鏡によるものか。


 ちょっと行ってくんね、と赤城さんが俺たちに小さく告げた。

 その際、「愛莉ー!」「さすがだなー!」「愛莉ちゃーん!」という歓声に送られていったから、どうやら俺の色眼鏡ではなかったようだ。

 いぇいぇい、と周囲にピースを振りまきながら階段を下りていく赤城さんの後姿を眺めていると、自然とse1enの言葉を思い出す。


 ――愛莉の人気は本物だよ

 ――運営も、彼女の人気を使いたがっている


 当のse1enも、おもに女子生徒の黄色い声に包まれながら降りているところだった。あの人気ぶりをみるに、運営もLC学園のドリームチームで組んでもらったほうがおいしいと思っていたのは間違いないだろう。

 問題は――そうした思惑を、あの学園長も抱いているかどうかだった。

 俺には、そこまではわからなかった。


 五人の生徒がパビリオンの中央に横並びとなった。

 みごとなまでに、当初赤城さんが警戒していたチームがそのまま勝ち残ったことになる。


 1位通過。東堂とうどう聖人まさと、プレイヤー名se1en(セレン)、得意遊戯(ゲーム)は〈ルシファー・オンライン〉、プロゲーマー。

 2位通過。しま和馬かずま、プレイヤー名ZZZ(ジジジ)、得意遊戯は〈オートナイツ〉、プロゲーマー。

 4位通過。海谷かいたにララ、プレイヤー名kaira(カイラ)、得意遊戯は〈Revenant〉、プロチームのアカデミー生。

 5位通過。衛藤えとうはじめ、プレイヤー名エッパ、得意遊戯は〈FUBG〉、プロゲーマー。


 そして3位は、いわずと知れた赤城さん。

 プロにまつわるポジションにいないのは彼女だけということになるが、それでも俺は、赤城さんの実力がプロと比べても遜色ないということがよくわかっている。

 このレベルの選手が揃い踏みとなる本戦でも、赤城さんなら戦えるはずだ。


「みなさん、予選通過、おめでとうございます。本来であれば、後日お送りする予定だった、本戦出場のためのとあるアイテムを、今この場で西園寺オーナー……失礼しました、学園長のほうからお渡ししたいとのことです。……学園長、どうぞ」


 うむっ、と元気よく返事して、学園長が五人の前に立った。


「いつもどおり、堅苦しい挨拶は抜きで! 本日はめんどうな業務が多々あり、観戦できずに残念だった。が、すばらしい対戦内容だったと聞いている。突発的なオフライン開催もうまくいったようで、なによりだった。勝ち抜いた五人のリーダーと、そのチームメンバー、および健闘したすべての選手に、みな、拍手――五秒だけ!」


 五秒だけ? と疑問に思いながら、みながまばらに、次いで大きく拍手をした。が、それもせいぜい一、二秒のこと、すぐに学園長が手を挙げて制した。

 まさか、本当に五秒かぞえていたのだろうか?


「さて、今しがた説明があったように、諸君にはとある物を渡したい。とはいえ、去年もやっていたから、察している者が多いだろうが――本戦出場のための、金のチケットだ。昔、私が好きだった児童小説に出てきたものと似たデザインにしてある。これをなくすと出場を認めない決まりだから、各自ぜったいになくさないように!」


 学園長が、五枚のチケットを取り出して掲げた。通常の商品券なんかよりもひとまわりかふたまわりは大きい、やけに立派なゴールドチケットだった。

 各自に渡すと、満足げにうんうんとうなずいて、こう続けた。


「しかし思うに、こういった場所で学園長だの校長先生だのがのこのこ出てきて労いの言葉をかけるというのは、なんと嘘くさいものだろうね。本心で言ったとはいえ、なんだかむずがゆくなってしまったよ。やはり、誠意というものは目に見えるかたちで相手に渡されるべきだ。言葉などという、あやふやで間違いがちなものではなく。みなもそうは思わないかな……えーと、そうだな、赤城愛莉くん」

「はふぇっ」


 突如として名指しされて、赤城さんは奇声とともに跳び上がった。


「うむ、どう思うかね」

「え、えーと。あたしには、学園長の言っていること、むずかしくてよくわかんないことが多くて……スミマセン」

「ふむ! つまり、こういうことだ――きみは、プレゼントをもらってうれしいかね、と聞いているわけだ!」

「え。えっと、そういうことなら、あたしはすっごいうれしいです!」

「そうか、そうか。――きみ、例の件はどうなっている」


 いったいなんの話だろうか?

 学園長が指を鳴らすと、たまに彼女のあとをついている黒服の男が、小声でなにかを耳打ちした。


「ほう、それはなにより、ご苦労。えー、諸君! みなが、せっかくこのクソ暑い日にわざわざオフラインで集まることになったのもなにかの縁だ。この機会を活かすため、僭越ながら、打ち上げと称して、渋谷のカラオケ店の大部屋をいくつか予約させてもらっている! とはいえこの人数、多少は窮屈になってしまうかもしれないが、自由に飲み食いし、学年や得意遊戯の枠を超えて、ぜひ交流していただきたい!」


 学園長の言葉に、すさまじい歓声が沸いた。それも当然の話だろう。選りすぐりのゲーマーたちとはいえ、一介の高校生、しかも夏休みだ。

 高校生が百人いたら、九十九人が喜ぶ催し事だといえる。


 が、もちろん俺は残りの一人のほうだ。

 どちらかといえば、学園長のスケールの大きさに若干引くまであった。

 百人単位に奢るって、いったい何十万かかるのだか……。


「クマ、カラオケだって。どうするの」


 小声で聞いてきた翠に、俺もまた小声で返した。


「俺は疲れたよ、翠。俺個人としても、お堅い委員長としても、ここはおとなしく撤退を選びたい。翠はどうするんだ」

「クマとふたりなら行ってもいい」

「ふたり部屋は用意してもらえていないだろうなぁ」


 というか、翠って歌うのだろうか。

 さすがの俺も、あまりイメージはないが。


「いいんちょくーん、翠ぴー!」


 赤城さんが、笑顔で手を振りながら俺たちのところに戻ってきた。

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