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37話 さらば青春の闇Ⅲ

 俺の異変に気がついたのは、翠だけではなかった。


「いいんちょくん、なんかいつもと目つきがちがくない?」


 放課後、PCルームにて。

 赤城さんが俺の顔を覗きこみ、そう言った。


「そうかな。まあ、もしかしたら少し疲れ目かもしれないが」

「いや、疲れ目とかいうレベルじゃないでしょ。なんかぎらぎらしてるよ?」


 翠と同じ言い方だ。そんなにまずいのだろうかと心配になって、俺は思わずスマホの画面で自分の顔を確認してしまった。

 自分ではそこまで違いがわからない。こういうの、女子のほうが機微があるものなのだろうか。そうはいっても当人である俺のほうが気づけそうなものだが。


「ねー、翠ぴもそう思うよね?」


 赤城さんが、こくこくと水筒で茶を飲んでいる翠に意見をたずねた。

 ん? 翠ぴ?


「その呼び方、やめて」

「えー? でもどうしても苗字が思い出せなくってさぁ」

「だから、相戸だと教えた」

「そうd……だめだぁ、三文字目が覚えられない」

「あなたはどうやってここまで生きてこられたの……!」


 あれ?

 このふたり、こんな感じだったか?

 満面の笑みで話しかける赤城さんと、牙を剥く小動物のような翠のやりとりの様子は、これまでの俺の記憶にはない。

 いったい、どういうことだ?


「ともかく、いいんちょくんのことだよ。ね、なんか目がアヤしい人みたいだよね? 翠ぴも心配じゃない?」

「……その話はもうした。クマは、たしかに目に負担がかかっている」

「そうなの? いいんちょくん、やっぱりけっこう過密スケジュールだったかな? 夜も練習誘っちゃってたの、問題だった……?」


 ふたりの目線が俺に集まった。

 翠のほうは、若干だけ含みがある目つきだ。説明は俺のほうに任せるといった態度で、黙っている。


 俺は考えた。

 俺が寝る間も惜しんで猛特訓をしていることを正直に告げるのは、あまりよくないだろう。

 たしかに、俺は赤城さんを手伝うことが目的だが、そのために過度な努力をしていると当人に知られるのは、あまり芳しいことではない。俺は恩を売りたいわけでも、心配させたいわけでもないのだ。


「ぜんぜん過密スケジュールではないよ。毎年、夏場は少しだけ寝つきが悪くなるんだ。軽いドライアイになるから、よく目薬を差すようにしているんだが、きょうは切らしてしまっていてな」

「そうなん? あ、じゃあさー、みんなでドラッグストア行く? 裏のコンビニ、併設してあるじゃん」

「それには及ばないよ。せっかくの練習時間だ、翠には少しでも長くルシオンをプレイしていてもらいたい。一、二戦だけ抜けて、ぱぱっと買ってくることにしよう」


 口を衝いて出たにしては、そう悪くない言い訳だった。

 どういうわけか翠が俺に助けを求めるかのようにぶんぶんと首を振っていることを除けば、この場は丸く収まっている。


「ん、わかった! なら、あたしは翠ぴのコーチングしながら待ってんねー」

「ま、待って、クマ。わたしも行く」

「だーめ♡ ちょうどいい機会だし、おねーさんがつきっきりで教えたげる。翠ぴも一回、自分で戦略考えて動いてみなよ」


 赤城さんはつきっきりと口にしたとおり、ほとんど翠に抱き着こうかという勢いで背後にまわっていた。


「すんすん……なんか翠ぴ、いーにおいする。ラベンダー的な?」

「やめて。校内で変質者を発見したら通報しなければならない」

「やーん、ゆるして♡」

「ゆるさない。はやく離れて。呼び方も戻して」


 ……やはり、どうしても変な気がする。それとも、女子というのは俺が想像もできない速度で仲が良くなる生き物なのだろうか。


 いずれにせよ、翠が気楽に話せる相手ができたのなら、それは喜ばしいことだ。

 孤高の天才少女のままでも翠らしいが、翠は俺ごときと違って、もっと交友関係を広く持ち、世界に羽ばたくべき才女だからな。

 女子ふたりの邪魔にならないよう、俺はそっと部屋を出て行った。




 そのようにして、過密な練習の日々が過ぎていき。

 ——終業式。


 一学期は、とうとう最終日を迎えていた。

 今年は学習要項の調整があったとかで、例年よりも期末試験から長めの期間を置いたあとの、ようやくの締めの日だった。


 こうした終業式のような日には、うちの高校がほかの学校よりも、さまざまな面で進んでいるということをあらためて認識する。

 たとえば、LC学園では全体集会の機会はほとんどない。終業式のときも、生徒たちは各教室で大型モニターを眺めて過ごす。

 生活指導の先生による一学期の総括や全体連絡、教頭による夏季休暇の過ごし方のススメ。そのどちらも、与えられた時間は五分までだった。


 すべての理由は、時短のため。

 提唱しているのは、もちろん学園長だ。


『諸君、この世でもっとも無駄なものがなにか知っているかね。それは、校長先生の長ったらしい挨拶に代表される、心からどうでもいい慣例のことだ。光陰矢のごとし! この私の誇る光源たち——頼もしきLC学園の生徒たちには、私はまったくもって時間を無駄にしてほしくない!』


 モニターのなかで、学園長は快活な声でそう述べた。

 いつみても信じられない風貌だった。だれかの妹がまちがえて学校に紛れこんでしまったようにしかみえない。

 が、あれこそが有名な資産家にして革命家――そしてわれらが学園長である、西園寺遊夏である。


『始業式や終業式なんて、最低限の連絡事項だけでいいというのに、なぜ世間の者はわざわざ格式ばった儀式にしたがるのか。そんなことに貴重な時間を費やす暇があるのなら、得意としているゲームのエイム練やコンボ練、あるいは学友との有意義な談笑に時間を割いていただきたい! 無論、この私も長々と御託を並べるつもりは毛頭ないぞ――私が言いたいのは、たったひとつ』


 学園長は、その真っ白い指を一本立てると、


『——来たる電甲杯。今年も計五つの部門で開かれる夏の若手遊戯大会だが――LC学園の誇る生徒たちよ、《《輝きたまえよ》》。きみたちの価値、才覚、その光の強さを、この世界に対して、ぞんぶんに示してくれたまえ。私も主催者《チェアマン》として、あるいは一観客《オーディエンス》として、きみたちの活躍をこころより楽しみにしている。以上だ』


 ブツンと画面が切れたときに、静寂を割る拍手がした。

 それは、俺自身の手によるものだった。委員長の生態として、こういう場では真っ先に拍手するようにしている。

 クラスメイトたちも続いたが、それは強制されてのものではなく、ひとえに学園長の人気によるものであるように俺は感じた。

 プロゲームチームLinkedCiel(リンクシエル)のオーナーにして、われらが学園の長。

 生徒たちは彼女の用意した箱庭のなかで伸び伸びとゲームをさせてもらえるうえに、当人はあの人柄だ。俺としても、人気を疑う余地はなかった。


「はいはーい、学園長のすばらしいご挨拶でした~。これにて終業式は終わりです。で、あとの連絡事項はぁ……成績表は、各自の端末にもう送られていると思うので、それを確認してもらって、もしも不備があればですね……」


 学園長の教えを守っているのか、イヨちゃん先生がすぐにホームルームを締めて、それで終わりであった。

 いっきにがやがやと教室内がうるさくなる。

 終業式だろうがなんだろうが、放課後に練習することに違いはない。ただし、PCルームに向かうまえに、先生に挨拶だ。

 俺が教卓に向かうと、イヨちゃん先生はオレンジのような笑顔で、

 

「亜熊くん! 電甲杯、がんばってね。先生、とっても応援しているからっ」


 と、俺の肩に手を置いた。

 俺の委員長マニュアルは、これを部活動を教師に応援されるシチュエーションとみなした。


「はい。誠心誠意、がんばります」

「うふふ、たのしみだわ~。それにしても、あの赤城さんと同じチームなんてね~」

「そういえば、先生、以前は勉強合宿の説明会の手伝いをしてほしいとおっしゃっていたように記憶していますが、あれは問題なかったのでしょうか」


 覚えてはいたが、結局頼まれなかったことだ。

 イヨちゃん先生は、ぶんぶんと手を振った。


「そんな! 電甲杯に出ようとしている亜熊くんに、そんなこと、もうっ、ぜんぜん頼めないからっ」

「そういうものですか」

「そういうものよ。だから、リラックスしてがんばって、できればいい結果を残してね。それを――それを、学園長先生も望んでいらっしゃるから」


 そう小声で伝えて、イヨちゃん先生は去っていった。


 ——学園長。

 反射的に、俺はおととしのことを思い出していた。


 俺をなくした俺を、それでもかまわないと断じた大人。

 あのときの、だれよりも不敵な笑みを、俺は覚えている。


「……ま、俺にはもう、関係ないけどな」


 だれにも聞こえないように言って、俺もまた教室を出た。

 本番前、俺にやれるだけのことはやった。

 あとはもう、全力を尽くすのみだ。



 ——予選開催まで、あと一日。

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