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33話 魔女っ娘チェリーパイ

 練習をはじめてから、数十分後のことだった。


「ふたりとも、聞いてほしい。わたしは気づいたことがある」

「なんだ?」

「なに、相戸《ソード》サン」


「――このゲームは、むずかしい」


 翠の感想に、俺と赤城さんは顔を見合わせた。

 それから、互いに力なくうなずいた。


「まあ、そうだな。否定はできない」

「ねー? ほんっと、むずいよねー! まあ、だからこそおもろいんだけどさー」


 いわゆるひとつの激しく同意というやつだ。

 ルシオンは、ほかのゲームと比べると考えなければならないことが多い。

 俺が初めてプレイしたFPSはバレルストライクというゲームだったが、ルシオンに移行したときは驚いたものだった。

 いずれかの陣営に分かれて殲滅戦をするだけだったバレストとは違い、二十もの部隊が生き残りをかけるバトルロワイアルというジャンルは、どうしても勝利のためのルートが複雑になりがちだ。


 ゲームがはじまると、ステージの上空を移動するワープポイントから、三人ひと組が次々に降下していく。

 マップの広さもさることながら、ランドマークの多さが大変だ。

 ランドマークというのは、ステージにある数々の拠点のことだ。

 ゲームちゅう、プレイヤーたちは基本的に、どこかのランドマークからべつのランドマークを目指して移動することになる。

 その移動の基準は、徐々に狭まっていくステージの安全エリアによって決まる。


 すべてのプレイヤーが降下すると、カウントダウンがはじまる。

 そのカウントが終わるまでに、プレイヤーたちは、対戦《マッチ》ごとにランダムで決まる安全地帯へと向かわなければならない。

 その安全エリアは、ラウンド1から5までのあいだに徐々に狭まっていく。最後のほうは、広大なステージの百分の一もないくらいの狭い場所での戦いになる。

 そうやってプレイヤーたちが自然と一か所に集まるようになるシステムのおかげで、必然的に戦闘が強いられるわけだ。


 そういうわけで、このゲームは開幕からけっこういそがしい。

 降下が完了したら、今回の安全エリアがどこかなのかを把握する必要がある。

 運よくはじめから安全エリア内にいることもあるが、もしも離れた場所だった場合は大変だ。

 かぎられた時間で長距離の移動が強いられると、そのぶん敵部隊との交戦リスクがあがり、すなわち死亡する可能性も高まってしまう。


 それでいて、安全エリアにすぐに向かえばいいというわけではない。

 バトロワというゲームの性質上、武器を含めた装備はランドマークで拾って集めなければならない。はじめに降下した場所で満足のいくアイテムが集められることはほぼないから、べつのランドマークに立ち寄る必要がある。

 そして、その立ち寄る場所では交戦の可能性が高いから、寄るかどうかの見極めなんかも重要となってくるわけで……とにかく、複雑というわけだ。


 あとはまあ、武器の種類がどうだったり、特殊アイテムがどうだったり、たくさんあるスキルの効果を把握していなければならなかったり――そろそろ割愛しよう。


「だが、俺はやはり翠は飲みこみがはやいと思うぞ。はやくも敵に会ったら銃を取り出して撃っている。基本中の基本だが、そこに至るまでが大変なんだ」

「ね、それ思った! もう普通に撃ち合ってるし、立派なファイトになってるよ! エライ!」


 翠が、こころなしか不貞腐れたような顔になった。


「露骨に褒めて伸ばそうとしている。肝心のわたしの弾はほとんど当たっていないのに」

「褒めるよー、褒める褒める! ダメージなんかどーでもいいって。もー、偉いからチョコもあげちゃう。はい、手ぇ出して」


 どこからともなくチョコボールを取り出して翠の手に振りかける赤城さん。そういえば教室でもよく食べているのを見る気がする。好きなのだろうか。


「PCルームは飲食禁止だよ」


 いちおう俺は注意しておく。委員長だからな。


「うわ、そだった。チョコボールあげるから見逃して?」

「賄賂は受け取らない信条だ」


 俺はチョコボールを返却した。委員長だからな。

 ちなみに、翠は気にせずにもごもごと食べた。それから聞いてきた。


「今のマッチ、敵が銃を持っていないのにやられてしまった。なぜ?」

「ああ、あれは改造人間のベゼスだな。固有アビリティで、ベゼスは弾さえ持っていれば、銃がなくても散弾が撃てるんだ」


 ちなみに、翠の使用キャラクターは現在模索中だ。

 左上から順に使っていってもらって、当人がしっくりくるキャラを探してもらうという方針を採っている。

 まあ、できれば使ってほしいキャラクターとスキルは考えてあるのだが、はじめのチュートリアルのうちは、ゲーム理解のためにもひと通り触ってもらったほうがいいだろうというのが俺たちの見解だった。


「さすがにキャラ数は多くてこんがらがるよねー。前と違ってガチ構成で使えるキャラも増えたし、そもそも今やってるのカジュアルだから、いろんなの出てくるし。まあ、ゆっくり覚えていこ! じゃ、次次!」


 雑談しているうちにマッチングが終わって、また次の対戦がはじまった。

 ちなみに、さっきの試合は初動ファイト……つまり、降りた直後の敵チームとの争いであえなく負けていた。

 俺も武器を拾う前にやられてしまったし、残された赤城さんは1vs3の状況で倒されてしまっていた。

 たとえ上級者であろうとも、実戦だとそういう死に方はよくあるものだ。


 なお、今のところはどういう試合結果だとしても、俺も赤城さんも気にしないようにしていた。


「次のキャラは……ん」


 順番にキャラクターを選択していた翠が、ふいに言葉を止めた。


「どうした? 翠」

「この子、魔女帽子をかぶっている」


 画面を覗きこんで、俺は納得がいった。


「ああ、チェリーパイか。いいキャラだぞ、役割がはっきりしていて」

「名前もかわいい。この子は魔女?」

「そういう設定だったはずだ。魔法使いで、少しのあいだなら宙を飛べるんだ」

「このキャラを使ってみることにする」


 翠はふんふんと鼻息を荒くした。

 そういえば、と俺は思い出した。

 翠は昔から、魔法使い系のキャラクターが好きなのだ。いっしょにやるレトロゲーでも、魔法使いがモチーフのキャラがいれば、そいつを選ぶ傾向にある。


「翠、ジャンプボタンを長押ししてみるんだ」


 マッチが開始して地面に降り立つと、俺は翠にそう指示した。

 チェリーパイが箒を取り出して、空を飛び始めた。

 そのあいだ、専用の魔力ゲージが消費されていく。


「すごい。飛べるのはこの子だけ?」

「うーん。厳密にはほかにも似たようなことができるキャラはいるが、自由度が高いのはチェリーパイくらいだな。ちょうどいいから、そのまま魔力塔のところで〇ボタンを長押ししてくれ」


 魔力塔というのは、ステージの各所にランダムで配置されている小さな塔のことだ。

 チェリーパイが塔に接触すると、からだが光りはじめた。

 設定的には、この魔界のバトルロイヤルに参加する際に魔王ルシファーに与えられた、各キャラが持つ生命力の石だそうだ。

 独特のSEが鳴ると、俺たちのマップに次の安全ゾーンが表示された。


「チェリーは飛べるほかにも、所定の位置で次の安全エリアがわかる固有アビリティを持っている。魔法使いの未来予知というわけだ」

「つまり有用なキャラクターということ?」

「かなりな。正直ピックしてもらえると助かるキャラだよ。最終的には勧めるつもりでいたくらいだ」


 それは本心だった。

 翠には、できれば探索に特化している各種キャラクターから選んでもらうつもりでいた。戦闘《ファイト》の性能は高くないが、そのかわりにチームの貢献力に優れたキャラクター群だ。

 ほかにも特定のアイテムを多く持てたりと、荷物持ち(ストレージ)の役割も担ってもらえる利点がある。


「なら、わたしはこのキャラがいい。まだ使っていないキャラも多いけど、できれば」

「いーじゃん、チェリー! 使いたいキャラが決まったら、はやいとこ練度上げに移行するのも大事だと思うし、こっから一択でも全然ありだと思う。ね? いいんちょくん」

「ああ、俺もいい選択だと思う」


 練習を開始してすぐに翠のピックキャラが決まった。

 これは悪くない進捗だ。


 そうなると、こんどは俺たちがキャラクターを決める番だった。

 ルシオンにおいて、フルパーティを組むときは、ある程度のセオリーがある。

 翠がサーチャークラスであるチェリーパイを選んだのなら、残るふたりはアタッカーやサポーターを起用するべきだろう。


「どする? いいんちょくん。結局、IGLは……」


 IGL(インゲームリーダー)。

 すなわちゲーム内のリーダーであり、司令塔を務める人間を指すゲーム用語だ。

 ルシオンの場合は、どこのルートでどのようにして移動し、どこに拠点を作り、どの部隊とファイトするのかを決める、チームの脳《ブレイン》ということになる。

 勝てばIGLのおかげ、負ければIGLのせいと言われるほどに大事なポジションだ。


 俺と赤城さんのどちらがリーダーを務めるかについては、これまでもたびたび話し合ってきた。これにかんする俺の結論は――。


「指示出し(オーダー)は、赤城さんにお願いしてもいいだろうか。これまで組んできた感想だが、赤城さんのほうが大局観があるように思える」

「……ん、わかった。そんなら、いったんあたしがやってみるね。キャラピックは……あ、ダブルアタッカー構成やっちゃったりする? いいんちょくんメレン、あたしマレイユとかでさ」


 楽しげというより、からかうようなにやにや顔で赤城さんが聞いてきた。

 メレンは、たしかに俺の気に入っているキャラだ。

 だが、俺に執着心はないつもりだ。


「いや、勝率の高い構成にしよう――俺がサポート役で、フィラリアを取る」


 サポートキャラの王道、フィラリアを俺は選択した。

 赤城さんは、どうやら気にっているらしいマレイユ。そのマッチで取ったキルの数に応じて移動速度が速くなる、攻めも守りも強い王道キャラだ。


 マレイユ、フィラリア、チェリーパイ。これは、なかなかのガチ構成だ。現在のメタ構成にも耐性があり、さまざまな状況に対応力がある。

 総じて悪くない選択だといえるだろう。


「よっし。じゃ、とりまこのマッチからあたしが指示出ししてみんね」 


 なんとなく、となりに座る赤城さんのオーラが変わったように感じた。

 実際、赤城さんの動きが変わったのは、そのマッチからだった。

 これまでは、毎分のように質問が出る翠と、それに回答する俺に合わせて静観していたようだが、ここからは方針を変えたようだ。


「ちょっとはやめにムーブ取るけど、できるかぎりでいいからついてきてもらえる?」

「「了解」」


 すばやい行動を取る赤城さんに、俺と翠は追従した。

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