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32話 幼馴染とはそういうもの

 時間は経ち、放課後である。

 俺はメディア棟の二階、広大なPCルーム内の一室で、椅子にぐったりと背を預けていた。

 赤城さんとも利用していた予約制の個室だ。


 電甲杯の前ということもあり予約が取れないかと思っていたが、思ったよりも空いていた。意外に思ったが、よくよく考えると道理かもしれなかった。

 練習をするにせよ、自分の家の慣れた環境でやりがたる層のほうが多いのだろう。


 俺のとなりの席では、翠がパソコンを操作していた。


「クマ、なんだかげっそりしている」

「ああ、そうみえるか」

「疲れているときは猫の画像がおすすめ。癒やされる。今モニターに表示する」

「さんきゅーな……」


 どうでもいいが、俺は犬派だ。


「クマ、なにがあったの」

「いやあ、説明すると長……くもないんだが、今朝はちょっとめんどうなことになってな」


 俺は、朝の事件(?)のことを話した。

 あの騒動よりも、どちらかといえば、そのあとで向けられた好奇の視線のほうが俺には堪えた。

 赤城さんに選ばれた事情はじゅうぶん説明できたつもりだったが、それでも変に勘繰られているのだろうか。あるいは、俺の気にしすぎかもしれないが……。


「有名人と行動するのは大変」

「いやまったく。翠のほうはなにもなかったか?」

「なにも。クラスも違うし、そもそもC組には一般入試組が多いから」


 それもそうかと俺は思った。

 翠の所属するC組は、成績優秀者が多い傾向にある。そして成績優秀者には一般入試組が多い傾向があるわけだ。その点では、翠は特例といえる。


「まあ、疲れるには疲れるが、だからといって弱音も吐いていられないな。ここまでは序の口。本番は、あくまで大会なんだから」


 俺は、そう自分に言い聞かせるように言った。


「……クマ。ひとつ、確認しておきたいことがある」


 翠があらたまって、椅子ごと俺を向き直した。薄紫色の髪の下、色素の薄い瞳で俺をみつめる。


「な、なんだ?」

「クマは、あくまで委員長の役割として、しかたなく彼女に協力しているだけ。理由は彼女がクラスメイトだからで、それ以上でもそれ以下でもない。同意できる?」


 なんだか詰問するような口調だった。


「えぇと……まあ、そうだな、そういうことだ」

「本当に? それ以外に他意はない?」

「ない……はずだ」


 実際に考えてみたが、ないはずだった。

 ふと脳裏をよぎったのは赤城さんの涙だったが、あれは直接的な要因ではないはずだ。


「というか、逆にそれ以外の理由が発生しうるか?」

「しうる」

「たとえば?」

「……彼女は、美人。そして、クマは健康な男児。下心が生じていたとしても自然」


 ははは、と俺は思わず笑ってしまった。

 翠にはユーモアがあるなぁ。


「なにを言ってるんだか。かりに俺がそう思ったとして、俺はロールに入っていないと、お前以外のだれとも会話できないんだぞ。土台からしてありえない話じゃないか」


 翠はマウスホイールをいじいじすると、弱弱しくうなずいた。


「たしかに、そうかもしれない」

「どうして翠がそんなことを心配するんだ?」

「そ、れは……」


 ほんの一瞬、翠は眉をゆがめた――ようにみえたのは、気のせいか。

 顔をあげると、翠はいつもの無表情だった。


「幼馴染として、わたしにはクマのあらゆる行動が適切に舵を切れているのか見定める責任がある。もしもクマがなんであれ新しい環境に身を置くようなことになったときは、適宜わたしに報せるべき」

「そ、そうか。そういうものか」

「幼馴染とはそういうもの。広辞苑にも載っている」


 それは知らなかった。さすがは翠だ……。


「今回は、情報の共有があきらかに遅れており、誠に遺憾だった」

「政治家からしか聞かない物言いだな……」

「でも、とりあえずそれはいい。とにかく、この先なにか変わったことが起きたら、きちんとわたしに教えること。真っ先に。最優先で。わかった?」

「わ、わかった。肝に銘じておくよ」


 翠はむふーと息をついた。なにやら満足げだ。


「ごっめーん、遅れたー! 待ったー??」


 がちゃりと扉が開いて、赤城さんが入ってきた。

 その瞬間に、俺はきりりと背筋を正した。

 委員長システム、オンだ。


「やあ、赤城さん。問題ないよ、もともと十六時集合という話だし……って、だいじょうぶか?」


 赤城さんは、なんだか疲れた表情をしているようだった。


「や~、へーきへーき。ちょっとマネと電話していただけだから。あとちょい寝不足なのもあるけど、まあそれは普段からだし?」

「べつに無理しなくとも。帰って休むことにして、オンラインで合流するのも手だ」

「だめだめ。てか、ありえないから! ほんとだいじょぶだよ、あたしルシオンならぶっ続けで三十時間はできるから。実際、今からやれると思ったらググンと回復してきたし!」


 赤城さんはエナドリを勢いよく飲むと、目をぎらぎらさせて、さっそくマウスの感度設定をはじめた。


「そんで、ふたりは先にはじめていたんだよね? どこまでやったの?」

「ついさっき、チュートリアルはプレイしてもらった」

「とてもクオリティの高いゲーム。これが無料とは信じがたい」


 たしかに、と俺も思う。感覚が麻痺しているが、こういう対戦ゲームがほとんど無料というのはすさまじいことだ。


 翠がコントローラーを取り出した。

 学校で借りられる、PrayStationの正規品だ。


「おっ、パッドじゃん! そっちにすんの?」

「ああ。翠にはそのほうがいいと思ってな」

「ん、あたしもそう思う! キーマウで一からやるってなると超大変だもんねー」


 ルシオンは、プレイに二種類のデバイスが認められている。

 キーボード&マウス、通称キーマウか。

 もしくはコントローラー、通称PAD(パッド)だ。


 どちらにもメリットとデメリットがあるのだが、初心者におすすめなのはパッドのほうだ。

 なんといっても、慣れが違う。ゲームコントローラーを触ったことがないという人間は少ないし、そもそも翠にかんしてはRTAでよく使っているから練度が高い。


「ふたりはどちらもキーボードを使っているの?」と翠が聞いた。


「そだよー。あたしはもぉ、根っからのキーマウ派だね。こっちのほうが強いと思ってるし」

「それで複雑な動きができるなんて信じがたい。すごい技術だと思う」

「えへへっ、それほどでもぉ~、あるかもですけどぉ~?」


 照れる赤城さん。なかなか自己肯定感が強いな。

 射撃練習場でキャラクターを動かしながら、翠が言った。


「ふしぎなチュートリアルだった。キャラクターの動かし方はわかった。銃も撃てた。左下のメーターがなにを意味するのかも理解できた。でも肝心のゲームの勝利条件にかんする部分はわかっていない」


 それもそのはずだ。チュートリアルでは基本操作の説明ばかりで、肝心のバトロワにかんする部分の解説はほとんどないからだ。


「そのあたりは実戦で学んでいくしかないんだ。とりあえずやってみよう」

「いいね、早速やろやろ! とにかくオンラインマッチに潜って潜って潜りまくって、ゲームに慣れよーね! わかんないことあったら全部教えたげるから、なんでもセンセーに聞いてね」

「ん、お手柔らかにお願い」


 パーティホストの俺が操作して、ふたりといっしょにカジュアルマッチに入った。

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