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30話 VSクラスメイト軍団

「ハァ、ハァ……くっ、まずい」


 チームメンバーが決まった日の、翌朝のことだった。 

 俺は、懸命に坂を駆けていた。


 理由は単純に、寝坊してしまったからだ。

 模範的な委員長をめざす者にとって、日常に潜む最大の敵。

 それが、朝寝坊だ。


 もちろん、俺は普段からきちんと対策をしている。

 スマホの時計アプリは五分間隔で鳴るように設定しているし、中学時代から愛用の「やかまし君」という爆音で鳴る特別仕様のめざましも保険でかけている。


 とはいえ、俺も一介のゲーマー。

 ルシオンに少しでも熱中してしまえば、ちょっとした夜更かしのつもりが24時25時まで起きていてしまうこともざらのため、ときおりこうして寝坊してしまう。


 だが、かんちがいしないでほしい。

 俺のいう寝坊は、世間的には寝坊とはいわない。なぜなら予鈴や、まして授業に遅れるなどという論外レベルの寝坊は、俺の委員長システムが許さないからだ。


 俺にとっての寝坊は、あくまで「始業のちょっと前に教室に入ってしまう」程度のこと。

 それも委員長的には立派に遅刻の範ちゅうだと認めてはいるが、それでも年に三回程度そうした遅刻をしてしまうのは仕方がないと判断しているわけだ。


 しかし、今年は事情が異なる。

 風邪ということになっているとはいえ、何日も欠席してしまったあとだ。

 これ以上委員長のイメージを崩さないためにも、あまり情けない体たらくでいるわけにはいかない。


「昨晩は、少々やりすぎたか……!」


 腕時計を一瞥し、思わずくちにしてしまう。

 ひとのせいにしたくはないが、原因は赤城さんだ。

 もうそろそろ寝ようかと思ったときに、ようやく配信を閉じたらしい赤城さんから「一戦だけやんない?」と連絡が来て、一戦だけならと受けてしまったのだ。


 が、それがまちがいだった。

 初心者の翠と組むならああしよう、こうしようと相談しながらのオンラインマッチは、想像よりもずっと有意義で、長く時間がかかってしまった。

 どうにか方針を定めたころには、俺の脳は疲れに疲れきっており、泥のようにベッドに横たわって――めざまし攻撃も効かずに眠りこけてしまったというわけだ。


 学校が近づいてくると、俺は駆け足をやめた。

 旧山手通りを歩くほかの生徒たちに混ざって、息を調えながら校門へと向かう。

 あくまで外見は平静を保つのがたいせつだ。なぜなら、委員長とはそういう生き物だからだ。


 いざ教室の扉を開けるときに一瞬だけ手が止まったのは、なにやら騒ぎ声が聞こえるからだった。


「……?」


 俺は、かなり怪しんだ。

 もしかして喧嘩か? そういうことは、この学校ではほとんどないが……。

 それでも、もし諍いが起きているのなら、そのときは委員長の出番となる。


 意をけっして、俺は扉を開いた。

 やはりというべきか、教室の奥に人だかりができている。

 と、同時に聞こえたのは、


「——どうしてよ、愛莉ちゃん!」


 ひとりの女子生徒の、真に迫った叫び声。


「そうだよ。なんでだよ、愛莉!」

「今回こそ俺たちといっしょに組もうって言っただろ!」

「いや、その前にあたしって話だったから!」


 同級生たちに詰め寄られているのは――まさかの赤城さんだった。


「いや~、困ったなぁ。あはは……」


 当の赤城さんは眠そうに目元を擦りながら、愛想笑いを浮かべていた。

 俺は、なんだか猛烈に嫌な予感がした。あまり俺と無関係な気がしない。

 と思ったのも束の間、赤城さんが俺に手を振った。


「あ、いいんちょくん、おっはよー! あのさ、ちょっとこっちに……」


 と、赤城さんが言い終わる前に、


「委員長だと!?」


 赤城さんを取り巻いていた生徒の何人かが、ぎらぎらした目で振り向いた。


「おい、どういうことだよ委員長……!」

「納得のいく説明をしてもらおうか!」

「そうだよ、ひどいよ亜熊くん。アタシの愛莉ちゃんを奪うなんて!」


 なんだ、なんなんだ!?

 内心、俺はかなり焦った。

 が、待て、落ち着け。こういうときのための委員長ロールだ。

 俺は軽くだけ咳払いすると、顔つきをより正して、スクールバッグを机に置いた。


「やあ、おはよう。桑田くん、舘岡くん、佐山さん。いったいなんの話かな」


 とりあえずいちばん大きく身を乗り出している三人に、俺は挨拶した。


「なんの話もなにも、電甲杯に決まっているだろ!」

「愛莉のことは、俺たちが先に予約していたんだよ!」

「だからアンタじゃなくてアタシが先だってば!」


 口々にそう訴える三人。俺は聖徳太子じゃないんだが。


「はいはい、ちょいごめんね。いいんちょくん、一瞬、一瞬だけ顔貸して!」


 俺は赤城さんに引っ張られた。

 教室の隅っこで、内緒話のかたちとなった。


「これはどういうことだ? 赤城さん」

「いいんちょくん、スマホみてなかったの? 連絡したじゃん、朝!」

「連絡?」


 けさは寝坊したせいで急いでいて、ほとんどスマホを確認していなかった。

 画面をみてみると、いくつかの通知が届いていた。学校の全体連絡で使うスラックと、ディスコードだ。

 手早く通知内容を確認する。


『電甲杯について 校内予選のメンバー一覧』


 どうやらメンバーが確定したのを受けて、学校側がチームを公開したようだ。

 つまり俺と赤城さんと翠のチームも、ここに掲載されているというわけか。

 この騒ぎはそれのせいか?


 次にディスコードを開く。赤城さんから、めずらしく長文が届いていた。すばやく読み解くと、どうやらこういうことのようだった。


『あたしたちがどういう経緯でチームを組むことになったのか、みんなにどう説明したらいいかな? いいんちょくんにも事情があるだろうから、なんか理由を考えておいて!』


 ……なるほどな。俺は合点がいった。俺がこれまで頑として『匿名熊』のことを隠してきたから、赤城さんはこっちの都合を優先してくれたということだろう。

 くそ、困ったことになった。どうすればいいのだろう。


 そういえば、翠からも連絡がきている。

 ひょっとして勘のいい翠が、こうなることを察知して先回りのアドバイスを送ってくれたのだろうか――?

 そう期待して、俺はチャット欄を開いた。


『クマ、これみて。通学路に猫いた。クマみたいな猫。かわいい』


 道端で寝ている猫の写真だった。野良のくせにやけに図体がでかいやつだ。きっと近所のひとたちに餌付けされているのだろう。

 期待はずれにもほどがあった。


「あたし、今回いろんなひとに組んでほしいって頼まれてたんだよね。でもその、言っちゃ悪いんだけど、やっぱ勝てるメンツで大会に出たかったから、まぁやんわり躱しちゃっててさ。たぶん、みんなセレンあたりと出ると思って納得してたと思うんだけど、蓋を開けてみたら違ったから、それでちょっとおこになってるみたいな?」


 なるほど、それもかなり納得する話だ。

 彼らからすれば、ルシオンのプロと組むなら引き下がろうというものの、どこの馬の骨とも知れない委員長と組んでいるのだから、理由が気になって然るべきだろう。


「問い詰められても、あたしなんも言えなくてさ、理由ならいいんちょくんに聞いてって言っちゃったの! ねえ、どーする??」

「ちょっと待ってくれ……! 今、なにか理由を考えるから」

「なんか猫の写真みてない⁉」

「ち、違う。これは関係ないんだ」


 俺は画面を閉じた。


「やい、委員長! お前も愛莉を狙ってたのか! どうやって口説き落とした!」

「そうよ! アタシなんか今回こそ組んでもらうために今年はバレンタインチョコを渡したのに!」

「まさか試験用のノートを人質に取ったのか!」


 まずい、軍団がやってきた。

 というか、リアルに「やい」と言われるのは初めてだな……。あとめちゃくちゃ打算的な人間が混ざっていないか?


 ……いや、待てよ。ノート?

 それだ。


「みんな、聞いてくれ。けさ発表されたように、俺は今年の電甲杯に、赤城さんと同じチームで出ることになった。その理由は――」


 背筋を伸ばした俺の発言に、衆目が集まる。


「「「その理由は?」」」

「――赤城さんに誘われたからだ」


 俺は、堂々とそう答えた。


「ちょっと、いいんちょくん⁉ なんでここであたしに振んの⁉」


 背後から、赤城さんの焦った声がした。

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