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29話 弱くてニューゲーム

 バタンと扉が閉まる。

 赤城さんが出て行くと同時に、俺の膝がかくりと折れた。

 そのまま、翠専用の座布団に頭を乗せて倒れる。


 俺は、赤城さんが消えていったほうをみながら言った。


「小走りだったな。配信前はいろいろと準備があるんだろうか……大変だな」

「わたしにはクマのほうが大変にみえる。だいじょうぶ?」


 翠はしゃがむと、俺の腰あたりをつんつんと指先でつついた。死んだ虫にやるやつだ。


「きょうはなんだかやけに疲れた。バッテリーが切れたよ、翠……ぎりぎりのところだった」

「クマが限界なのはなんとなくわかっていた。ここでよければ休んでいったらいい。わたしもしばらく休憩する」


 翠はゲーム機の電源ボタンを押すと、ゲーミング座椅子にちょこんと座った。三色コードから電気信号が流れて、ブラウン管テレビの画面が光る。

 起動したのは、シン・ヴァーミリオンⅡのようだった。横スクロールアクションの名作と名高いレトロゲーだ。

 おどろおどろしい雰囲気の館に、剣を持ったドット絵の主人公が立っている。

 翠は空中で回転斬りのモーションをして、その動作の途中でアイテム画面を開いた。そのあとでとある操作をすると、いつの間にか主人公が壁を抜けていた。

 RTAに付き物のバグ技だ。翠はその手の技がとてもうまい。そのゲームをやったことがなくとも感心するほどだ。


「クマは話すべき」


 と、画面から目を離さずに翠が言った。


「なにを?」

「もっと詳しい事情。まさか大会に出ようとするなんて思わなかった。だいいち、お客さんがいるのなら言うべきだった」

「それは悪かった」


 たしかに伝え忘れてしまっていた。突然のことだったから、翠がまだ校内にいるかどうかだけ聞いたのと、ゲームの大会に出てもらうかもしれないと伝えておくに留まってしまっていた。


「大会にかんしては、俺も想像していなかったよ。一週間前の俺に言っても絶対に信じてもらえないだろうな」

「でも、必要なこと。違う?」


 そのとおり、必要なことだった。

 俺は最近のできごとを、あらためて翠に話した。

 俺が趣味のゲーム配信をしていたら、赤城さんに正体がバレたこと。彼女が俺と組みたがったこと。いちどは断ったことによって、俺が委員長に戻れなくなったこと。

 彼女に協力しないと、俺は中卒のゲーム好きニートに成り果てること。


「そういうわけで、ある意味では美人局よりも大変な事態になったんだ」

「それは、わたしでも読めなかった」


 さすがにそうだろう。そこまでわかっていたなら翠はエスパーだ。まあ、たまにエスパーじみた推察を見せることもあるのだが。

 翠がひとつのステージをクリアした。そのまま次にいくかと思いきや、コントローラーを置くと、俺のほうに向きなおした。


「いずれにせよ、わたしはいいことだと思う」

「なにがだ?」

「クマが、そういう大会に出てみること」

「……イヨちゃん先生も同じようなことを言っていたなあ」


 俺は、頭をぼりぼりと掻いた。


「実際のところ、勝ち目はあるの。初心者のわたしを連れて」

「どうだろうな。非常にレベルの高い大会であるのはたしかだが、いちばんの問題は相手や翠よりも、俺自身だな」


 俺はわざと曖昧な答え方をした。が、翠は察したようだった。


「それは、クマが平常心でプレイできるかどうかということ?」

「そのとおりだ。翠はかしこいな」


 ひとりでゲームするのと、大会に出るのとではまったくわけが違うものだ。

 そもそも、現実で知らない人間と組むという時点で俺には厳しいものがあるというのに。


「校内予選はオンラインだと聞いている。が、本戦はオフ開催だ。まともにプレイできなくても、なんらおかしくはない。まあ、それはそれで委員長のイメージとしてはいいかもしれないが、そうすると今度は赤城さんに面目が立たない」

「クマは、ちゃんとプレイして、ちゃんと勝ちたい?」

「理想はな。でも、俺が理想どおりになにかをできた試しなんかないだろ。ああ、先が思いやられる……」


 俺は膝を抱えた。ナーバスな気持ちが濁流のように押し寄せてくる。あまり深く考えないようにしているが、先ほどから気分が落ちこんでいた。

 翠が、ゲームの電源を落とした。


「やめるのか?」

「べつのゲームにする。こんど新しく挑戦するタイトル。協力プレイが可能だから、クマもいっしょに遊んで仕様を確認する」


 翠が古いソフトを取り出した。俺も名前だけは知っているが、やったことのないレースゲームだった。


「お、いいな! ひさびさにやろう」


 俺は乗り気になった。翠はタイムアタックに挑戦する前に、そのゲームをひととおり普通に遊ぶというポリシーを持っている。

 それに付き合うのは、俺が翠にしてやれる数少ない貢献のひとつだ。


「ほんとうにひさびさ。クマは最近、よくわからない理由で、あまりわたしのところをたずねてこなかった。本当はもっと来るべきなのに」

「週末は家に行っているだろ。まあ、先週は行けなかったけど」

「それだけじゃだめ。昼休みはここに来るべき。毎日ちゃんと会う」

「翠断ちのつもりだったんだ。ただでさえ俺は翠に頼りすぎるからな。俺の自立精神を褒めてくれてもいいんじゃないか」

「断たなくていい。ちゃんと来て。RTAのタイマー係りも必要」


 どうやら自立はかなわぬ夢だったようだ。

 結局、その日は最終下校の時間まで、翠とともに部室で過ごした。

 ソーシャル・バッテリーの回復を感じながら、俺はようやく、自分の置かれた事態というものをきちんと自覚していた。


 いよいよ話が進んでしまった。

 メンバーが揃い、予選開催はもうすぐそこだ。


 大会にも出る。がんばって委員長ロールも貫きとおす。両方やらなくっちゃあならないってのが、社会不適合者のつらいところのようだった。

 覚悟はいいかって?

 自慢じゃないが、まったくできていない。


 ――校内予選まで、残り一週間。


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